1-5 龍人一体 -Harness-
『フェイズサーティーン終了。続いてフェイズフォーティーンへ。テスト機はリニアカタパルトへ移動』
ドクター・モンローの指示が無線越しに聞こえる。
ヘルメット内でやや音が籠るが、対応システムの内蔵でそちらに気を遣う余裕が無かったらしい。
システムの名はハーネス。
ヴァンシール・レゼルのような超古代の遺物を操縦する際にパイロットの意思をより明確かつ鮮明に機体に伝達する補助の役割を負うとドクター・モンローから説明された。
そのためかパイロットスーツを着てからずっとヴァンシール・レゼルを肌で感じられる程親和している。
歩くと考えるよりも先に機体が反応している。
ほとんど反射的に全てが連動して、タイムラグが極めて短い。
まるで自分の身体のように機体が言う事を聞く。
リニアカタパルトにヴァンシール・レゼルの足が載る。
やや前傾姿勢になりつつ、黒い龍が発進体勢に移行する。
『ヴァンシール・レゼル発進』
「了解。シドウ・アツタニ少尉、発進します」
猛烈な加速Gで身体がシートに押し付けられる。
ジェットコースターよりも遥かにスリリングで危険な重さだが、一秒と間を置かずに飛び出した大空の巨大さに圧倒されて、意識はその青さに囚われていた。
ヴァンシール・レゼルが両翼を広げ、その先から光の翼が放出される。
途端に信じがたい程の加速Gが身体をシートに押し付ける。
「ぐっ……ぐぐ」
歯を食いしばる余裕すら与えてくれない。
荒れ狂う出力が俺を振り回す。
『テスト機、予定コースを外れている。アツタニ少尉?』
ドクター・モンローが警告している。
そんな事言われてもな……。
『アツタニ少尉!』
「じゃっかあしいわっ! こんの、じゃじゃ馬ぁっ!」
俺はレバーを引いて、意識でも手綱を引いた。
ハーネスとは馬具を意味するらしい。
つまり身体で制御出来ない分は心で扱えという事だろう。
そこまでしないと操縦出来ない。
そういうマシンなのだ、こいつは。
『レーダーに感。IFFは味方コードを表示していません』
オペレーターが緊張感のある声で話している。
『ちっ! よりにもよって……』
ドクター・モンローが毒づいている。
この機体の事を極力伏せておきたいのだろう。
お気に入りの玩具を壊されでもしたらむかつくだろうしな。
「敵機を撃墜する」
俺がマイクに話すと即座に敵座標が送られてきた。
オペレーターがやってくれたようだ。
『味方機の現着まで二分』
オペレーターが情報をくれる。
それまで持たせろという意味だろうが、二分か……。
それまでに全機を撃墜すれば敵兵の回収作業だけで済むはずだ。
「敵兵の回収部隊を」
『了解。テスト機、攻撃続行』
通信終わり。
「さってと。久々の戦闘だ。怖いか?」
俺がヴァンシール・レゼルに聞くと、不満げな唸り声が返ってきた。
ブランクが十億年も空いているにしては威勢が良い。
そうこなくては。
機体を加速させて、敵機の正面に持ってくる。
レーダーの表示通り三機の戦闘機。
いや、空戦仕様のアクセル・ギアだ。
ヴァンシール・レゼルのカメラ映像が視界にダイレクトに入ってくるが、あれは軍が以前制式採用していたセイレーンという機種だったはずだ。
ペイントが灰色から濃緑色に代わっているが鹵獲機かも知れない。
敵機がミサイルを発射してきた。
三機から計三発。
機体を急上昇させてからツイストさせて急降下。
上空から敵機のアロー編成の間をすり抜ける。
ミサイルは敵機二機を撃墜し、残る一機が変形して人型になった。
こちらに組み付いて、無理やり装甲を引き剥がそうとする。
ドクン。
ヴァンシール・レゼルの怒りがダイレクトに伝わって脈拍が高まる。
そのまま意識が冴えて、脳裏に人型のイメージが走った。
それが機体にフィードバックした。
セイレーンを振り解いて、上昇しながら変形する。
その間コンマ三秒程。
あっという間に人型に変形して見せた。
『変形した!?』
ドクター・モンローの驚嘆の声が聞こえた。
俺は意識が冴えたまま機体を制御して、手の平をセイレーンにかざした。
そのたなごころから数条の光の線が放出され、光芒を残しながらホーミングする。
哀れセイレーンは一瞬で羽を焼き尽くされた。
「全機撃墜。指示を乞う」
俺が冷静に話すと無線の向こうから少女の妖しい嬌声が聞こえた。
ドクター・モンローの声だ。
『テスト機、帰投して下さい。人型を維持したまま、だそうです。ドクターがチェックしますので整備ハンガーへ』
「了解」
俺は白煙を上げるセイレーンの残骸を一瞥して、森に隠れた基地へ進路を向けた。
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