1-4 暁の中で -Next leader-
「はははっ! 本当に単独で宇宙まで出たのか? 笑えるジョークだ!」
声を上げて笑う将校に俺はもう何度目か分からない苦笑を返した。
「レナンの不死鳥を撃破するにはそれしかなくて」
少々不愉快ではあるが、丁寧に事実を積み上げる。
ずっとこれまでの二か月の出来事を聞かれて、一つ一つ丁寧に思い出しながら説明を続けている。
どうやら信用出来るか値踏みされているようだが、仕方の無い事だろう。ヴァンシール・レゼルの起動成功という一大事の中心に俺が立っているからだ。
「聖アルベリウス教皇騎士団勲章受勲。こちらに来てふた月で既に勇者を名乗るに相応しい経歴だな」
とんとん、とペン先で書類を叩く将校に俺は笑顔を絶やさない。
この将校、初めからずっと穏やかな雰囲気なのだが、目が笑っていない。
眼鏡の奥の眼光は狼のようで瞬きの少ない目の動きが特徴的だ。尋問専門で場合によっては手酷い拷問までやるといった所か。
「で、その魔剣の所有権は放棄出来ない。そういう事なんだな?」
「ええ。無理ですね」
事もあろうにこの相棒を手放せるか交渉を持ち掛けられている。
ヴァンシール・レゼルの起動キーであると確証を得て、にわかに軍上層部が活気づいていると先程この将校から聞いたのだが、それも俺を懐柔するための布石の一つなのだろう。
「んー……んじゃ、我が軍のパイロットとして入隊する事は可能か?」
「無理ですね。約束があります」
「それ、あれか? あの金髪の別嬪さんの」
俺がこくりと頷くと、将校はペンの頭で額を軽く叩き始めた。しばらくそれは続いたが、その手が止まって、不意に言われた。
「では、我が軍と契約を交わして、大事の際に参戦して貰うって線でどうかな?」
思いもよらない要求だった。
専属契約軍人。
言うなれば傭兵だが、フリーランスではないという点が注目すべき所か。
「もし月に行っていたら駆けつけられないかも知れませんよ?」
俺が条件を出すと将校は愉快そうに笑い出した。
冗談かと思っているのだろうか?
「月まで行く気なのか? 行ってどうする?」
冗談話に少し付き合ってやろうという態度だから、俺は惚けて言ってやった。
「神と悪魔の戦争の終末を見届ける」
そばで立っていた兵たちが口笛を吹いた。
そこまでいかれた話でもないし、クールでもないと思うが、信じられるかどうかは心のあり様によってくるだろう。
したがって、こちらは
「医者に診せなきゃいかんか? いや、多分マジの話だな、こりゃ……。
どうやら大いなる運命って奴を歩んでいく選ばれし者らしい。だからあれを動かせたのかもな……。
よし! 手続きはこっちでやっておこう。自由度の高い専属契約軍人という事で本件は終了、と」
将校が手を振る。兵たちがドアを開けて、出ろ、と俺にあごをしゃくる。
やれやれ、やっと解放だ。もう六時間も拘束されていたから腹ペコだ。
「大佐がお会いになる。失礼のないようにな」
将校が横目で視線を寄越しながら俺に言う。
俺は一瞬ぎょっとして、廊下に出た。
「来い」
兵たちが先導する。
大佐……ソードヘッド大佐か。いよいよこの国の総大将と面会する事になってしまった。
厄介だが、この局面を上手く切り抜けるしかない。
階段を上って、五階へ。
ちょうど廊下の中央に大きな扉が一つある。
その左右に立つ衛兵は見慣れない漆黒のボディアーマーを装着しているが、中の人間の息遣いが聞こえない。気密度の高いマスクの所為だろう。
扉が開かれて、兵たちが入れとあごをしゃくった。
俺は前に歩き出そうとして、衛兵に止められた。
レゼルの魔剣を取り上げようと手を掛けてきたが、俺は頑として譲らず、じっと睨み返す。
「彼は客人だ。手を離せ」
奥から冷然と命ずる声がした。
衛兵は手を離して、もう俺に見向きもしない。
俺は一瞬眉を顰めて、とりあえず部屋に入った。
「ようこそ、我が軍へ」
起立して出迎えてくれたのは白い軍服の長身の人型。
剣の顔を持つあの人は写真で見たソードヘッド大佐だ。
大佐は少年というよりは青年といった体格だが、机を迂回しながらこちらに歩いてくる動作が軽い。
若い。
しかし、関節の音は硬い金属のそれで、不気味と言えばそうかも知れない。
目の前に総大将が立つ。
見上げるような大きさだ。
クリスタルで出来た切れ長の目がこちらを見下ろしている。
「私が怖いかね?」
遠慮もなくそう尋ねられたから、俺は表情を翳らせて首を傾げた。
「正直だな。分からないと答えたのは君が初めてだ」
ソードヘッド大佐は僅かに笑い声を漏らし、優雅な動作で歩く。
俺はじっと背中を眺めて、行く先に何があるかと視線を向けた。
卓上に広げられた地図だ。
俺に見せるつもりらしいからその前まで進んでみた。
「現在の戦況はよくやっていると言いたいが、長くは持たない。意味が分かるかね?」
「食事、ですね」
「実に聡明だ。物価の高騰で兵たちに配給する食事すら追いつかないのが実情だ。では、何故そうなったか、そこは分かるかね?」
「大統領の嫌がらせでしょう?」
俺が遠慮なく言うと、ソードヘッド大佐は満足したように小さく頷き、俺の肩を抱いた。
冷たい鋼の身体を肌で感じる。
「元々折り合いがつかない関係だった。
決定的な決裂は少し前になるが、ささいな事だった。
私は国民の生活と心身の健康を重要視している」
「でも、大統領は夢を見てしまった」
「そこで君たちに白羽の矢が立った。
我々が公に手を貸せば国民感情を逆なでしてしまう。
しかし、大統領に敬意を持っている者たちもまだ少なからずいるのだ」
「板挟みですね」
「我々はインフレの終末を前倒しにする。通貨の廃止を」
言いさして、不意に扉が開いた。
視線を向ければ黒いローブの怪人物がそこに立っている。
闖入者? 違う、こいつは……!
俺は抜き合わせて、投擲された短刀を払い飛ばした。
青白い電光が散り、剣を回転させて調子を合わせれば四方に電磁波の檻が形成される。
即席の防御陣だ。魔法剣が使えなくても小技は事足りる。
「……!」
黒いローブの怪人物は廊下側の窓をぶち破って逃走した。
あの判断の速さ……プロだ。
「お怪我は?」
俺が尻目で見ながら尋ねるとソードヘッド大佐は手を軽く振って大事ないと返答してくれた。
「大事の話の折り暗殺者か。敵の動きも素早い」
少しも動揺した素振りが無い。
幾ら不死者と言えど、ここまで胆が据わるのもやはり武人故か。
堂に入ったものだ。
「シドウ君は少尉に相当させる。
契約軍人という事になるが、ヴァンシール・レゼルの実用化と大統領の夢の成就を約束して貰いたい」
「はっ!」
まるで映画で見た軍人のように踵を打ち鳴らして、姿勢を正した。
「成果を期待する。ロメウス剣の友会の撤収も滞りなくな」
見返りはちゃんと用意する。
ソードヘッド大佐、なるほど人望があると見た。
信じてみるとしよう。
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