6-7 必然 -A chance meeting-

 チャンスの言った通り町の北端にその骨董屋があった。真っ青な屋根のこぢんまりとした店構えだが、古木で出来た素朴な看板と小さなショーウィンドウに置かれた『あなたの心に埋まるもの』というフレーズが俺の心を捕まえて見せた。この店は良い店だ。理屈じゃない。気持ちで分かる。

 メモ教授がドアを開いた。乾いた鈴の音が鳴って、日本のレトロな店の雰囲気を感じさせる。


「いらっしゃい。見た所学者の先生かな? おや? それは……」


 若い少年の声だ。この声、何処かで聞いた覚えがある。俺はメモ教授の横から顔を出して、店主らしき少年を覗いた。


「……あ」


 少し眺めてから気が付いた。髪が長くなって、雰囲気が変わったか? この人を知っている。覚えている。あの人だ。


「……まさか」


 店主らしき少年が俺を見て驚いている。それはこちらも同じだ。


「お久し振りです」


 俺は微笑を湛えて、懐かしい戦友との邂逅を喜んだ。彼だ。剣王だ。


「いや、参ったな。何となく会える予感がしていたんだ。あれから随分と時が経ったのに今朝不意に……はは」


 柔らかい。言葉遣いも気持ちも。あれからどれだけの年月を経たのか俺にはイメージ出来ないが、でも、確実に剣王の心が変化している。


「どうかしたの? あら……貴方は」


 剣王の横から顔を出したエプロン姿の金髪の少女……ああ、何て事だ。


「久し振りだね、お姫様」


 セイヴィア姫。いや、今はお姫様という出で立ちではないな。セイヴィアと呼ぶべきか。


「昔の話よ。今はただの女房」


 話し方が完全に変わっている。人として成熟したと察するには十分。時の流れを感じる。この辺りはかなり変わってしまったんだ。そう伝わってきた。


「今日はちょっとお話を聞きたくて。これ、お宅から盗まれたものでしょう? んああ、私はメモというもので、お察しの通り学者をしております」


「ええ。先日倉庫から。ちょくちょく盗みに来るものだから腕の一本でも、と思いましたが、いや、錆び付いていて、これがまったく」


 はははっ、と自嘲的に笑う剣王。俺はすぐに嘘だと気付いた。セイヴィアとの今の生活のために無闇に剣を抜きたくないからだ。目がそう語っている。


「ご店主、これはカゾの壺で間違いないですか?」


 メモ教授が話を切り出した。剣王は急に神妙な顔になって、壺を見下ろす。


「ええ。ホワイトパレスの宝物庫にあったもので危険なものは私が持ち出して保管していました」


「もしや伝説のレイデスの剣王? いや、失礼。私の専門は考古学でして」


「シドウ殿と一緒に来たなら隠す必要はないですね。私が剣王です」


「やはり! では、奥方はセイヴィア姫?」


「ええ」


「今の話は聞かなかった事にします。で、これなのですが、実はシドウ君が請け負った依頼でどうしても必要でして。一時貸して頂きたくて」


「はあ……差し支えなければその話を教えて頂けませんか?」


「ええ。シドウ君」


 メモ教授に水を向けられ俺はわけを話した。


「ロメウス剣の友会会長からの依頼で、テルンオーズで開催されるオークションで欲しいものがあるというんで、その落札条件の一つがこれなのさ」


「なるほど。で、落札した後で壺を取り戻すって事だね?」


「まあ、そうだね」


「それでか。先日壺の在り処を聞きに来た連中がしつこかったのは」


「俺たちの他に?」


「そのオークション目当てのライバルとか?」


「ああ」


 だからロメウス会長は俺たちに一部を依頼したという事か。武闘派の俺たちに。


「なら、早く行った方が良い。かなり強引な連中だった。こんな名刺を置いていったが」


 剣王に渡された名刺に視線を落とし、俺は背筋が少し震えた。


 『カルンベル・テクニカルサービス 魔術のご相談承ります』


 俺は名刺をメモ教授とリストに見せて、二人が表情を強張らせるのをちらりと見た。


「ところで、そちらのワンピースの女の子は? あら?」


 セイヴィアが入口に立っているエトハールに気が付く。リストの後ろに隠れて、そっと背に摑まっている。


「怖がらないで。きっと今日会えるって思っていたの」


 セイヴィアが金髪を揺らしながら首を傾け、優しく微笑む。エトハールは恐る恐るといった様子で前に出て、ゆっくりと顔を上げた。


「良かった。元気そうね」


 セイヴィアがカウンターから出てくる。花売りの半身と半身。でも、もう別々の少女だ。もはや亡国の魔女の面影は無い。


「あの……私はもう何もしない」


 エトハールは俯いたまま懺悔のように言葉を漏らす。


「そうね。私も何もしない。でも、一緒に語らう時間はたくさんあるわ。時間があったら寄ってね。何時でも歓迎よ」


 そう笑顔で言うセイヴィア。あのお転婆なお姫様が。正直少し感動している。


「ありがとう……」


 エトハールはセイヴィアに礼をして、走って店を出て行ってしまった。


「すまんね。彼女、教師としては優秀だが、まだ人との間に壁を作る癖がある」


「教師? あのエトハールが」


 剣王はセイヴィアと顔を合わせ、目笑を交わした。


「今度話を聞いてやって下さい。これ、お借りしますね」


「ええ。またのご来店をお待ちしております」


 剣王とセイヴィアは並び立って、笑顔で手を振ってくれた。俺は微笑で手を振って、先に出るリストとメモ教授に続いた。


「やれやれ。大変な人脈だな」


 メモ教授は何処か愉快気だ。今度レイデスの剣王伝説について講義を受けてみよう。興味が湧いた。


「エトハールは? どーこに行った? んん?」


 メモ教授が前方に首を伸ばす。そこに黒ずくめの集団ととっ捕まったエトハールがいた。店の前で張っていた? あれはカルンベル・テクニカルサービスだ。全員黒いケープを纏っている。そして、先頭にいる少年には見覚えがあった。あいつだ。

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