6-6 夏の幻想 -Private summer-
「あははははっ」
陽気に笑うエトハール。下着姿で水浸しだが、周りの目等お構いなしに楽しんでいる。俺とメモ教授も声を上げて笑っている。洗車用のホースですっかり糞が落ちたエトハールはさっきの『何時もの事』をすっかり忘れてしまったようだ。良かったな。
おかしくて俺は笑いが止まらない。リストに腕時計で『洗車場にいる』とメールを打っておいたので後は来るのを待つだけだ。今は楽しもう。
――二十分後。すっかり遊び尽くした感が出て、俺たちは古ぼけたベンチに座って空を眺めていた。
「この壺、本物かなぁ?」
エトハールが壺を持ち上げて、怪訝そうに目を細めている。
「そう見えるがね。どちらにせよ、骨董店の店主に話を聞かないとな」
メモ教授は気分良さそうに顎をしゃくって、目を瞑る。髪から滴り落ちる水滴がベンチに落ちるのをちらりと見て、俺は近付いてくる人物に目を向けた。
「考えましたね。確かに湯屋では門前払いだったでしょう」
リストだ。手に白い紙袋を提げて、うっすらと汗を掻いている。かなり頑張ってエトハールの着替えを探してきてくれたようだ。俺は炭酸飲料のビンを差し出した。リストは受け取って、ぐいっと飲んだ。ごくごくごく、ちゅぱっ。一息で飲み干した。あの雪の鉱山都市でもそうだったが、このヴァルキリーのお姉さんの飲みっぷりには男らしさを感じる。生来強気な女性なのだろう。
「どういうのなんです? どういうのなんです?」
エトハールが興味ありげに紙袋の中を覗く。リストは中身を取り出して、両手で広げて見せた。真っ白なワンピースだ。
「「おお~」」
俺とメモ教授は拍手を送った。意外とリストって……こういうの理解あるみたいだ。エトハールは紙袋と白いワンピースを持って、向こうへ走っていく。一旦トイレに行こうとしたみたいだが、すぐに方向転換して、雑木林に入っていった。
十分後。白いワンピースを着た少女が雑木林から出てきた。少し厚底のサンダルに慣れていないのか歩き方がぎこちないが、それがかえって少女らしさを演出出来ているように感じる。
「「……」」
俺とメモ教授は黙ってその少女を見つめている。
「あの……何かコメントとかありません?」
麦わら帽子の下からか細い声で聞かれる。
「コメントっていってもね?」
メモ教授が俺に聞く。
「いいんじゃないかなって思いますけどね」
俺はメモ教授と目笑を交わして、二人ではははっと笑ってしまった。
「もうっ! 何です!? 何です!? 人がせっかくお洒落してみたのに!」
白金の髪を揺らしながらエトハールが憤慨する。
「怒らせちゃった」
「だってねぇ……素材が良すぎて何も言えないですし」
そう本心を告げるとエトハールは後ろを向いて、しゃがみこんでしまった。
「さってと……そろそろ行こうか」
メモ教授が壺を持って立ち上がる。俺も立ち上がって、ゆっくりと歩き出す。ちらりと後ろを見るとリストがエトハールの手を引いて歩いているのが見えた。正直リストがいて助かったと思う。あれを着こなす女の子は尊い。恐れ多くて、俺にはエスコートは務まらないわ。
町の北端に向かって歩きながら俺は空に浮かぶ入道雲を眺める。夏ってこういう感じだったと思う。日本で経験した四季の移り変わり。その幻想の一節を俺はしばし遊歩した。
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