4-5 光となりて -Third stage-

 既に町一つを失った。だが、この世界を失うわけにはいかない。俺とリストで何としても止める。止めて見せる!

 稲妻の翼の羽ばたきで一気に超音速へと加速する。ザーヴァの目の前を横切って、注意を引く。まるで顔の周りを飛ぶ蚊のようにうるさく、しつこく、何度も何度も飛び回る。思った通りザーヴァは人間と同じ行動を取った。追い払おうとしたのである。だが、その手は人間のように長くはなく、それ程脅威にはならない。と思っていたら首を振られた。危うく叩き落とされそうになって、俺は距離を取りながら冷や汗を掻いてしまう。


 リストをちらりと見る。雲の上、天高い所で金色の弓を構えて、じっと静止している。チャージに時間が掛かると見た。ならば時を稼ぐ。この命はリストと共にあるのだから。

 俺は一段ギアを上げて、ザーヴァの頭の周りをまたしつこく飛び回る。そして、注意を引いたら思い切り急降下。股の下を潜り抜けて、急上昇。背後に回り込んで、レゼルの魔剣を振り被った。チャージ……ぎりぎりまで溜めて。

 ザーヴァがぐるりと振り返る。まだだ……まだ……。顔の角度がこちらに向き過ぎないぎりぎりの所で……ここ!


雷龍極光閃ライトニングブラストッ!」


 振り抜いて、一撃を食らわせたらヒットアンドアウェイ。どうせ大したダメージも与えられていない。思った通り、一瞬目が眩んだようによろけるだけで、すぐに目が俺を追い始めている。あれでは静電気程度にしか感じていないだろう。人間一人を消し炭に変えるくらいの威力はあったはずなんだが。あれに限ってスケールという言葉は意味を失くしてしまう。途方に暮れる程の事ではないが。


 第三段階。そこに至る事が叶えばあるいは単独でもあれを倒せるかも知れない。たとえ変身が一瞬であっても勝利出来る自信はある。条件さえクリア出来れば……たった一つの条件だ。それは……速度を超える事。即ち単位時間あたりの変位の超越。ここにいて、あちらに移る、という物理法則における常識を破るという事である。簡単に言えば光になる、という事だ。光……稲妻その物だ。あまりにも常識外れであるためイメージ出来ても今まで一度として成功した例はない。どうすれば速度を超える事が出来るか。その答えをこの魔剣を手に入れてからずっと考えてきた。

 何か……掴めそうな、そんな予感はある。また一段ギアを上げて、そこに少し近付けた感覚が俺を……前へ前へと駆り立てる。


 ――ビリッ!


 一瞬脳裏に浮かぶイメージ。光になったそれが見えた……が、動揺する気持ちが心を萎縮させる。まさかと思って、しかしと疑った。自分が光になった姿があまりにも――。


 ――あれは本当に人間なのか?


 黒の外装を纏っていた。鎧……ではなかった。カウルとでも言うのか? 速度を超えるならば確かにああなりもするだろうが、大きな角が生えて、髪まで長く伸びて……白髪だった。


 ――いや、迷っている余裕なんかない!


 その迷いこそがここに自分を縛り付けている鎖なのだと身体が感じている。その鎖を引き千切り、俺は――。


 覚悟が身を奮い立たせる。意識の高まりを維持したまま、何度もザーヴァに雷龍極光閃を叩き込んでヒットアンドアウェイ。リストはまだか? 大きく弧を描きながら上空を見上げる。赤い光が見える。リストが魔力を高めているのを感じる。さあ、合図は来るか? 瞬間炎の気が円環の形で広がり、雪雲が吹き飛んだ。来るぞ! いよいよだ!

 俺は今一度ザーヴァの顔の周りを飛んで、向きを調整した。リストと正面切って向かい合う角度……ここだ!


雷龍極光閃ライトニングブラストッ!」


 ここ一番のきつい一撃を目の前に食らわせた。一瞬視界を奪う事が叶うだろう。その刹那阿吽の呼吸で炎の矢が射られたのを察知した。が、ザーヴァもそれを察知したかのようにベシルの火を吹いた。まっすぐリストに向かっている。炎の矢とベシルの火がすれ違う。しかもザーヴァの首の角度が微妙にずれた。リストは渾身の力を込めて撃ったためか、ぐったりとしたまま降下を始めている。気絶している?


 このままではベシルの火が直撃して……完全に消滅するかも知れない。しかし、ここで炎の矢をザーヴァの額のコアに叩き込まなければ勝利の可能性は潰えてしまう。どちらだ? どちらを選ぶ?


 いや、答えは一つだ。どちらよりも早く先回りしてやる。速度を――超える!


 俺はその時一瞬よりも速く飛び、光になって、稲妻と化した。自分が何者になったのか分からない。既に炎の矢を蹴りにてザーヴァの額のコアに打ち込み、ベシルの火を追い抜いて、リストを抱き抱えていた。ベシルの火は頭上高くを通過し、宇宙の彼方に消えていった。


 大地ではザーヴァが倒れ、舞い上がった粉塵が噴煙のように吹き上がる。確かに決めたぞ、必殺の一撃を。最早あの古竜から魔力の反応は感じられない。完全に沈黙している。


「ん……」


 リストが目を開く。俺は笑い掛けて、すぐに苦々しい顔で視線を逸らした。その……自分の姿があまりにも異様ではないかと……卑下してしまう。


「シドウ君……ああ、良かった」


 リストは俺の頬を撫でて、安堵したように微笑してくれた。俺はリストを見つめ直して、微笑み返してあげる。こんな姿でも俺に笑ってくれる。その気持ちだけで俺はもう何も怖くなかった。


 地上へ降下を開始する。下は一体どうなってしまったのか? 町の人はどうなった?


 心配で心配で心が痛み、生き残りを探そうと目を凝らす。やがて人の大きさを視認出来るまで降りると声が聞こえた。歓声だ。町の人たちだ。皆手を振っている。リスタート機能がちゃんと働いている。


 俺はほっと安堵し、この騒動の顛末を話すために爆心地への着陸コースに入っていった。

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