4-2 雪の鉱山都市 -In to the Fantasy-

 こちらではどんな伝承で語られているのか知らないが、地球で戦乙女と表現されたヴァルキリーはやはりこの世界でも戦いを得意とする種族らしい。輝く赤い鎧を纏うとその足で俺を塔へと導いた。彼女の表情は相変わらず冷たい美貌だったが、俺の手首を掴む手に強い圧を感じる。燃えているな。そう感じた。

 暗黒の幕を通って中へ。塔の一階。何処かの世界に降り立った。瞬間下半身から震えあがって、がくりと顎をしゃくった。寒い……寒過ぎる。白い花がちらりちらりと落下してくるのが見える。雪だ。低く垂れ込めた灰色の雲は日の光を遮って、時折小さな雷鳴を轟かす。雪国かと思って周囲を見渡せば、麓に見える明かりに気が付いた。町のようだ。煙突がたくさん立って、もくもくと煙を上げている。鉱山に寄り添った都市のように見えるが、あまりに寒いのでそれ以上思考が働かない。


「大丈夫です。私は炎のヴァルキリー、この程度の冷気等」


 リストが右手をかざす。その指先から淡い光が炎を纏って照射され、俺の身体を包んだ。足の先からほかほかと温まってくる。まるで風呂に入っているような気分だ。これはいい。


「行きましょう。町で情報を集めて、玉やアイテムを集めねば」


 リストが俺の手を握る。俺はやや恥ずかしかったが、黙って手を引かれた。雪の積もる山道をゆっくりと下っていく。眼下に見える町の明かりが散りばめた宝石のようだが、近付くにつれてどんどん広がっていくように感じてしまう。錯覚……ではない。雪山での遠近感に慣れていない所為だ。こんな白一色では全体がのっぺりと間延びしたように見えて、距離感を上手く掴めない。


「下までは一時間は掛かります。雪山では距離感が狂う」


 リストもそれは分かっていたようだ。月にも雪山があるのだろうか? ふとそんな疑問を頭に浮かべた。


 麓まで下りるのに正確には一時間と十二分掛かった。日がすっかり落ちてしまって、町の明かりは煌々と輝き、人の声があちこちから聞こえる。活気はあるようだ。ここの鉱山はさぞかし儲かるのだろうな、と子供なりに解釈しつつリストの様子を窺う。赤いヘルム越しに看板を見上げていた。ジョッキがペイントされた看板だ。どうも酒場のようだが、情報を集めるならここが一番か。果たして子供が入ってもいいものか? という疑問が浮かぶが、この際遠慮は度外視にしておこう。

 リストが木製のドアを開く。分厚い扉だが、リストは軽々と開けて見せた。ヴァルキリーはかなり力のステータスが高いらしい。リストの脇から中を覗く。


「ビストークのクソッタレ! ドラゴン狩りなんかに出るもんか!」


「そうだ! 明日もここで飲んでやるぞ!」


 イエーッ! と盛り上がる男たち……いやいや待て待て。よく見ると皆少年だ。姿は地球人によく似ている。白人、アフリカ系、中東系、ラテン系の外見の特徴が見られる。残念ながらアジア系はいないようだ。


「あら、いらっしゃい! 旅の方? こんな辺鄙へんぴな所に珍しいわね」


 黒いスカートのウェイトレスがリストに笑い掛ける。


「観光ではありません。この辺りでアイテムや玉を探していて。少しお話を聞けないかと」


 リストは愛想笑い一つ浮かべず、剣呑じゃないだけまだましというものだが。


「あら! ごめんなさい! てっきり新婚の戦士さんか何かだと……いやね、私ったら」


 ウェイトレスはこつんと自分の頭を叩いて見せて、お茶目に笑っている。


「……」


 リストは何も答えない。横から顔を覗くと何時もの冷然とした表情で、首が少年たちの方へ向く。


「ドラゴンとは? 今話していたようですが」


「ああ! ここは金や銀の鉱山なのだけど、大物を掘り当てちゃったみたい」


「それについて少しお話を聞かせて下さい」


「それなら……ねえ! こちらの戦士さんたちがドラゴンの話を聞きたいってよ!」


 ウェイトレスが声を掛けると少年たちがぐるりとこちらを向いた。


「おっ! マブい! いいね! 女戦士か! こっち来て飲めよ!」


 呼ばれてしまった。リストにそんなに気安く声を掛けるなんて……あの手の男性は怖い物知らずな所があるんだろうな。何時落盤で死ぬか分からないし、死んでもまたリスタートするのだろうし。つまりそういう事なんだと思う。ここでも子供を生産しているはずだ。


「どうした? こいつは酒じゃない! だが、良い気分になるんだ! まさか戦士様が臆したのか?」


 はっはっはっ、と少年たちが笑う。リストは悠然と少年たちの前に出て、テーブルの上のジョッキをぐいっと一息で飲み干した。


「おっおっおっおー! いいぞ、姉ちゃん!」


 拍手喝采。少年たちがリストを囲んでジョッキを掲げる。


「女戦士さんに乾杯!」


 イエーッ! とまた飲み始めた。なんて気のいい少年たちだろう。俺は割と好印象だ。


「おい! 坊主! お前もこっち来て飲め!」


 呼ばれてしまった。仕方ない。リストの隣に並んで、ぐいっと一杯頂いた。


「いいぞ、坊主! 一つ面白い話を聞かせてやるよ! このオットー様がドラゴンに踏み潰された話さ! 野郎、俺を頭から踏み付けにしやがって! 無礼にも程があるってもんだ!」


 俺は耳を傾けながらリストの表情を横目で窺っている。


「聞いてるのか、坊主?」


「オットーさんの頭蓋骨が踵と仲良しになったって話でしょう?」


 それを聞いて、少年たちはどっと笑い出した。


「仲良しだって! 仲良しって……はははははっ」


 つぼに嵌まったらしい。そんなに受けるとは意外だったが、まあいいか。


「そのドラゴンはどの辺りにいるのですか?」


 俺はそれとなくオットーに聞いて、ちびちびと飲みながらリストの表情を覗いている。


「お宅等ドラゴンスレイヤーか何か? ちょうどいいや! 俺様が案内してやるぜ! 明日の夜明けにこの店の前で待ってな!」


「おい、オットー。この姉ちゃんたち明日は戦仕事だろう? もう帰してやれよ」


 隣にいる少年がオットーにそっと言う。


「んん。ここから三本頭の山の方角へ五十メートル行った所に青いドアの家がある。俺が前に使っていた家だ。木箱の中に使ってない布団が幾つか入っているはずだ。そら」


 オットーが鍵を一本渡してくれた。


「すまねえな。ここいらには宿がねえのよ。観光地じゃねえからな」


「いえ。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げて、俺はリストの手を引く。


「いいなぁ……俺も一度でいいからあんなべっぴんと付き合いたいぜ」


 なんて冷やかされながら俺とリストは酒場を出た。三本頭の山と言っていたか。右を見て、左を見て、見上げると月明かりに照らされた三本の山の天辺がかすかに見えた。俺は歩き出して、手を引かれるリストの歩調がぎこちない事に気付く。何事かと振り返って、顔色を窺った。

 頬がやや紅潮している。あれ? もしかして……。


「大丈夫です」


 そう言われたが、これはどう見ても。


「大丈夫です」


 二度繰り返した。ああ、これはやっぱり。

 俺は気を遣って、知らない振りで五十メートルリストの手を引いた。青いドアの家は確かにそこにあった。オットーに貰った鍵を使って、ドアを開いた。リストを先に中に入れて、玄関の近くのランプを灯す。ぼんやりと暖色の光が中を照らし始める。リストが赤く光り、外装が解かれた。黒のフォーマルドレスの何時もの格好。さて、明日の夜明け前まで眠らなければ。腕時計のアラームをセットして、ベッドは何処かと探す。部屋の隅に簡素なのが一つ。一つだけ?

 布団は木箱の中との事だったがリストが出して、ベッドの上に敷いている。じゃあ、俺は床で寝るしかないな。やれやれと木箱の中から自分の布団を出そうと手を伸ばす。その手をリストに掴まれて、ベッドの前へ引っ張られた。


「?」


 意味が分からず困惑する俺の前でリストはドレスを脱いで、下着姿になった。


「!」


 知らなかったが、リストは黒い下着を着けていたようだ。俺は鞘のベルトを外して靴を脱いで、自分からベッドに入った。何となく雰囲気で分かった。一緒に寝ろって事だろう。多分リストは酔っているんだ。仕方ない。

 リストがベッドに入ってくる。俺は天井を見上げて、明日戦うかも知れないドラゴンの事を思い浮かべた。ファンタジーの王道だが、現実に戦うとなると少し臆してしまう。どうなる事やら……。と思っていたらそっと手を握られた。

 どきり。胸が高鳴った。俺はリストの方を向いて、彼女がそっと俺の額にキスするのをじっと見ている。身体が硬直。い、今キスされた……リストに!?

 もう一度リストの目を見ようと思って視線を上げるともう寝顔で小さく寝息を立てていた。お休みのキスだったのだろうか? ……大胆でエッチだ。

 俺は悶々として、すぐには寝付けなかったが、この雪国の寒さに身を委ねれば、その熱もそう長くは続かない。リストの熱の加護は既に切れているらしいが、それにしても驚いた。ヴァルキリーも女性なんだな。地球の伝承ではかなりお堅い印象を受けていたが、リストにも(正しくはその本体にも)恋愛感情があるのだろうか? いずれにせよ、地球という不確かな出典を頼りにする己にそれを知る術は無かったのである。

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