3-9 颶風雷迅 -Cross Fire-

 激しい剣戟が眼前で繰り広げられている。風を纏う剣王が暴風を伴った剣でエトハールの赤い光の剣を打つが、両者の力は拮抗しているように見える。俺はちらりとセイヴィア姫を見て、彼女が青ざめた顔で震えているのに気付いた。もしかしたらだが、セイヴィア姫はエトハールと自分が花売りの半身である事を覚えていないのではないか? そして、剣王はその事を哀れに思って、永遠に眠っていられるように封じてあげて――。

 ならば、剣王の想い、遂げさせてやるのがせめてもの罪滅ぼしってものだ。俺の所為だからな。横合いからカマイタチの一撃を見舞う。


「猪口才な!」


 エトハールが赤い光の剣でカマイタチを打ち消す。媒介を基に放出した魔力を剣の形に維持している? 初めて見るが、凄い技術だ。敵ながら天晴れと胸中で賛辞を贈ってしまう。それと互角に打ち合う剣王もやはり見事。あれ程の域に達するのにどれだけの研鑽を積んできたのか。この六百年、ずっと剣の道に励んできたのかも知れない。何のために? 花売り(エトハール)を封印するためだ。誰のために? それは多分――。

 愛って人に偉大な事をさせる。そういうの嫌いじゃないぜ。


 テンションが上がってきた。電磁誘導の稲妻のリングをエトハールとの間に多数設置する。前方に電磁バリア展開。エトハールがこちらをちらりと見る。回避する気だ。なら、これならどうだ?

 稲妻のリングをランダムに設置して、加速コースの予測を遅らせる。透かさず俺を発射! 超音速の人間弾頭と化した俺がレゼルの魔剣で一太刀浴びせた。が、これをエトハールは凌いで見せた。


「!」


 驚いた。剣の腕が予測より上だ。一発入れるどころか逆にこちらが軽く貰っている。頬を僅かに切られていた。俺はにやりと口元で笑う。


「何がおかしい?」


 エトハールが俺を尻目に睨む。剣王が間髪入れずに剣を打つのを軽く捌きながら俺をじっと見ている。


「その調子でもっと打て」


 俺が挑発するとエトハールは剣王を蹴り飛ばして、猛然とこちらに飛び掛かってきた。俺は一太刀目を軽くかわし、続く二の太刀もかわして、猛然と来た突きを何とか捌いたが、腕を軽く斬られた。剣の軌道は――これくらいの深さで、癖も分かってきた。


「余裕をかましていられるのも今の内だぞ?」


 エトハールは怒りの剣幕で俺を挑発するが、こっちの手の内を読めなくて焦っているのが見え見えだ。そうやって俺に手の内をイメージさせて、香りで判別するのがお前の手だろ? その手は食うか!


「くっ! 改良された品種か! 思考を読めない!」


 思った通りエトハールは思考を読もうとしていたようだ。こっちはついひと月前にロールアウトした新型だ。改良されていて当然だろ? 後、被ダメージが入ったんで、レゼルの魔剣が本領を発揮するぜ?

 黒の曲剣が稲光を強くさせ、その形を変えていく。変形だ。スライドした刀身の先から青白い光の刃が放出される。


「何だ、それは……?」


 エトハールが愕然とした面持ちでレゼルの魔剣を見つめる。これを見せるのは先生に奥義を教わった時以来だ。あの時の感覚が蘇ってくる。気が高まっていく。力が充満して、体から立ち昇り始める。レゼルの魔剣が放出する雷光が俺の気と融和して、逆立ち、荒れ狂い、安定すると剣の周囲に集束していった。


「剣王! 決め技の一つくらいあるんだろ? 時間稼ぎをしてやるぜ!」


 今回はあちらに花を持たせるのが筋ってもんだ。喜んで露払いをしてやるぜ! 剣王が構えを取って溜めに入ったのを見て、俺は悠然とエトハールに近付く。


「舐めるな!」


 エトハールが猛る。赤い光の剣を担いで、一瞬姿を消して、懐に飛び込んできた。凄まじい速度だ。だが、第三段階準備に入った俺は後の先でも十分対応出来る。エトハールの一閃が俺の胴体を真っ二つに切り裂いた。


「ははっ!」


 いかれた笑みで顔を歪ませるエトハール。だが、すぐに顔色が変わる。俺の残像を斬ったに過ぎないと知ったからだ。本体はこちら。頭上から振り下ろす剣で一直線。


「そこかっ!」


「遅い!」


 一瞬早く俺の剣の方が深い軌道を描く。これで決まれば御の字といった所だが、そうはならないと直感が告げている。案の定、エトハールは想定外の防御技で俺の度肝を抜いた。何と、赤い光の剣を巨大な玉へと変化させたのだ。線ではなく面の防御。


「やるっ!」


 俺は胸が躍ってしまい、距離を取って、腹を押さえながらけらけらと笑ってしまった。


「貴様! 何故笑う?」


 エトハールは今の一手に自信があったのか顔色が悪い。俺にしてみればそう怒る事ではないのだが、やはりこういう独特な感覚って他人に伝わり難いものなんだろうな、と痛感してしまう。記憶ではちょっと自閉症を患っていた事になっていたから今の性格や行動もこうなってしまって、それを理解して貰えないというこの状況が少しおかしい。全部仕組まれていた事なのに何でそんなに本気になってしまうのか……人生って見方次第で笑えるし、泣けるんだよね。俺は笑えるタイプなんだけど、あちらさんはどっちだろ? ちょっと興味あるぜ。


「知りたいか? 自分で掴んでみな!」


 悪いが俺はちょっと辛いぜ。さあ、亡国の花売り、一曲踊ろうぜ!


「ふざけるな!」


 エトハールが赤い光の玉を大斧へと変化させて振り被る。俺は予測軌道の少し下を潜って、頭上を通り抜ける轟音に満足気に笑ってしまう。それから五連撃、一瞬早く俺はエトハールの攻撃をかわして見せた。まるで流れる水のような動きに見えているだろうが、布是流の体術の一つだ。


「強い!」


 エトハールは顔を歪ませ、大斧を別の形へと変化させる。あれは拳銃か?


「食らえ!」


 怒声からのつるべ打ち。俺は高速移動で打つ直前にその場から消えて、残像を引き連れながら徐々に立ち位置をずらしていく。エトハールを中心に丁度いい角度になるように――ここだ!

 ぴたりと止まって、左手を右手首に添えて、体を左に捻る。チャージは少し浅いが、止めは剣王のものだ。少し隙を作れればいい。後は剣王がタイミングを合わせてくれればだが、心配要らないだろう。行け!


雷龍極光閃ライトニングブラストッ!」


 振り抜いた瞬間、レゼルの魔剣からまばゆいばかりの閃光が放出され、エトハールに直撃した。


「ぐっ!」


 それでもエトハールは赤い光の剣で受け止めて見せる。やはりこの程度のチャージでは少し隙を作る程度しか叶わないようだ。だが――十分なチャージを終えた剣王が満を持して必殺に一撃に踏み込んだ。


風之龍尾薙ドラゴンテイルッ!」


 魔力を帯びた長剣から繰り出される圧倒的な暴風。エトハールに直撃するのを俺は見つめ、その風の中で龍が踊り狂って尾を振るうのを目撃した。エトハールが雷を帯びた暴風と共に天に昇っていく。塔の天井が崩れ、ぼきりと折れた上階がゆっくりと谷底に落ちていく。俺は呆然と空を見上げ、薄日を作る雲が吹き飛ぶ様を見届けた。

 空から何かが落ちてくる。エトハールだ。派手に床に叩き付けられて、糸の切れた人形のようにぐったりと倒れている。


 終わったようだ。剣王は――あの大技で少々消耗したようだ。やや動きがぎこちない。セイヴィア姫はおろおろして、どちらの側に立てば良いか分からないようだ。

 それはそうだ。ここから先は二人の問題だ。でも、センリンの団員たちの事はどうするか。その事だけが気掛かりだった。

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