1-6 ベルドリッジの使い -Yellow lamp-

 結論から言うと俺はこの話を受けた。


 ガブリエルが出した条件がかなり良かったのと、リストが俺を指名したものだから空気を読まざるを得なかった。


 住まいは六番区の中頃にあるボロアパートで月々の家賃も破格と呼べる程安かった。もっと他に良い物件があるだろうにリストは頑なにここに拘った。多分気を遣っているのだろうが、リフォームされた風呂に目を輝かせていたのは微笑ましかった。


 そんな訳で唐突に綺麗なお姉さんとの同棲生活がスタートしたのである。


「家具を幾つか購入する必要がありますね。ここでの仕事は主に玉集めと魔物狩りだそうですが、私は出てはいけないのでしょうね……」


 畳の上でリストは憂鬱そうに表情を曇らせている。


「いいんじゃない。腕は確かなんでしょ?」


 年下なりに気を遣って、気楽に接してみる。


「ええ……実は弓が得意で国の代表選手に選ばれた事もあります」


 リストはちょっと誇らしげに微笑して、すぐに冷めた顔になってしまった。


「弓、自前のはあるの?」


 俺は話題を振って、リストの元気を誘う。


「え? ああ、あります。ここに入れてあるんです」


 黄色の玉に指を突っ込んで、手首まで入れてしまう。


 どういう仕組みなんだか、取り出されたのはかなり大型の金色の弓で、ゲームでよく見る西洋のロングボウに形が近い。ちょうど鳥打あたりに祈る女神の装飾が施されていて、芸術品としても鑑賞に堪える逸品だ。


「へえ……綺麗だね」


 素直にそう言える物を見たのは背中の魔剣を発見して以来だ。


「塔で拾ったんです。あ、月にある塔の事です」


「え?」


 俺は面食らって言葉が続かない。塔? 今塔と言ったか?


「月にも塔があるんです。他の月に行くのと別の場所に行くの。私は別の場所に行く塔の途中でこれを拾いました」


「別の場所? それはこっちに繋がっているという意味?」


 リストは首を横に振った。


「そうなると……凄いな。外宇宙まで繋がる塔もあるって事か」


 考えが甘かったと思い知らされた。てっきりここの塔を上り切ればそれで何かの答えが出ると予想していたのに、続きの続きの更に続きもあって、もしかしたら果てなんてものは無いのかも知れないと奇妙な好奇心が湧いてきてしまう。


「伝説によると宇宙の全ては塔で繋がっているみたいです。話を伝えた旅人たちが赤の月に辿り着いた時出発から三万年は経っていたとか」


「はははっ」


 もう笑うしかない。参ったね、こりゃ。冗談に聞こえない。


「不死であるが故の現実です。ここはあまりに驚異に満ちている」


 確かに……言えていると俺は思った。ここには伝説級の魔剣も実践的な魔術もあって、でも、それだけではない。


 月にも行けるし、宇宙も旅出来ると今知った。実はここは外れの外れに当たるど田舎で一応の終着点なのかも知れない。何のためのかは知らないが。


「でも、不思議なんですけど、ここは気持ちが落ち着きます」


 リストは大きな胸に手を当てて、嬉しそうに微笑している。


「そりゃ……良かったね」


 俺は釣られて微笑してしまった。不思議だが、リストといると心が和む。


 コンコン。


 不意に心の平穏を妨げる不躾なノック音。


「誰?」


 俺は出ようとするリストを止めて、玄関に出た。ドアを開けて、隙間からちらりと外を覗く。


「どうも! わたくし、こういう者なんですけど!」


 名刺を挿し込まれた。俺は一瞬煙たそうに目を細めて、名刺を受け取った。名刺にはこうある。『ベルドリッジ商会 いつも心に笑顔を』。


 うわぁ……怪しー……。


「何かのセールス? 悪いけど」


「月から来た少女の話をお聞かせ願いたい」


 俺が言い終わる前に一方的に要求を出された。俺はドアを強引に閉めて、鍵を掛けた。


「……情報だだ漏れじゃないっすか」


 どうしようっかな……ガブリエルの側から漏れた情報じゃない。となればあの場に居合わせた誰か……多分あの五人の内の誰かの差し金か。他を出し抜こうって腹なのは察しが付くが。


 コンコンコンコン。


「シドウさーん! 開けてくれませんかぁ? さもないと大声でばらしますよぉー」


 脅迫された。あーあ、もうこれ確定的にまずい状況って奴。俺は観念して鍵を開けた。がちゃりとドアが開いて、満面の笑みのサングラスの少年が入ってきた。地球人の白人だ。


「誰です? あの……」


 リストが暖簾の間からこちらを窺っている。


「おーっ! 貴女が! お目に掛かれて光栄です。わたくし、ビラーノと申します。大変失礼と存じますが、我が主に会って頂きたく、ご足労を願いたい」


 恭しく頭を下げるビラーノ。歳は十七くらいか。それにしては何というか、こう……擦れている。かなりまずいタイプの人間だ。こういう人裏社会に多そうなイメージがある。


「……私には貴方のお願いを聞く理由がありません」


「おお……どうかそう仰らずに。我が主はこの町の筆記者なのです」


「筆記者?」


「はい。この村で起こった出来事、この世界の有様を綴るのが生業なのです」


「その方」


「ベルドリッジです」


「ベルドリッジさんは月の話を聞けば満足なさるのですね?」


「出来ればここへ至るまでの物語も」


「……分かりました。話せる範囲でなら」


 リストは着の身着のまま玄関に下りて、ブーツを履き始めた。


「貴方も……剣聖フゼの最後の弟子シドウ。我が主は貴方にも興味があります」


 ビラーノは胸に手を当て、軽く礼をする。言われなくてもそうするさ。こっちは護衛なんだぞ?


 俺はさっさと靴を履いて、通路に出た。


「では」


 ビラーノが先に行く。俺はふとリストの方を向いて、ある事に気付いた。黒のフォーマルドレス。でも、聊か飾り気に欠ける。良い物がある。麒麟血色のジャケットの内側から一輪の花を出して、リストに差し出した。


「私に?」


 リストは意外そうな表情で白い花を受け取って、香りを嗅いだ。


「お守り。幸運を運んでくれる」


 何を隠そう縁結びの効果ありだ。


「ありがとう」


 リストは可憐に微笑し、俺に手を引かれる。


 状況はやや危険だが、まだレッドランプには至らない。剣を抜かずに済めばいいが……しかし、俺にも興味があるとは、ベルドリッジなる人物は一体何者なのか? 


 筆記者なんて存在聞いた事も無いが、先生に関する手掛かりも聞けるだろうか? 何となく聞ける気がする。俺の予感は割と当たる。

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