1-2 夢の果て -This is new real-

 俺は夢を見ていた。長い夢を――。


 子供なら誰もが夢を見る。


 特撮のヒーローになりたいとか、漫画やゲームの主人公のように強くありたいとか、有り触れた妄想の類のあれ。


 俺はどちらかと言えばそれ程登場人物に感情移入出来ないタイプで、表面的な事にしか興味を示せない冷めた子供だが、やはり感情表現に乏しかったらしく、学校では大概浮いている存在だった。


 何となく本を読んでいた。


 テレビゲームには憧憬に近い念を抱いていたが、親の教育方針もあってか縁遠いものとしてしつけられ、毎月四冊から五冊程度の小説を買い与えられ、これを読む毎日。


 正直最初は嫌だったし、ピカレスクに興味がありそうだと態度に出したら、その手の小説ばかり買ってくるものだから馬鹿かと頭に来る事も多々あったのはよく覚えている。


 でも、何となく分かっていた。


 自分が社会性に乏しい脳みその持ち主で、その事で両親が酷く心を痛めているのだろうな、と。


 だから自分が消えてしまえばそれで楽にして上げられるかと思い悩む事も多かった。


 それが――今思い出しても恐ろしいが、小学校から何時も通り通学路を通って帰る途中だった、高架下の坂道の所だったと思うが、光が迫ってきて、気が付いたら森の中にいた。


 つまりはここの外縁に当たる森の中にだ。


 俺は誘拐された。


 誰に、とさらった相手を定める事は未だに出来ないが、何かにここに連れて来られた。


 それは俺を置き去りにしたまま何処かへ消えたようだったが、幸いな事に近場の六番区の見回りにすぐに保護され、シェルターなる場所へ移送された。


 シェルターは言わば初心者向けの教室で、講師役の少女が丁寧にこの幽世の森の知識を説いてくれたが、俺はただ浮かない顔で白ける事しか出来なかった。


 考えてもみれば自分が消えれば、という悩みは恐らく長く夢見ていたもので、ようやくその果てに願いが叶ったのだろう。


 ただ、連れて来られた先がちょっと洒落にならん場所だったから、そこに大きな不満があった。


 正直――腐りそうになっていた。


 自棄を起こすなんて初めての経験だったから、自分でもわけが分からなくなって――思い切って自殺してやろうと決意した。


 それを止めてくれたのが先生だった。


 フゼと名乗っていたが、本名は知らない。


 剣の事しか知らんと高笑いする所が印象的な変な少年だったが、俺は割と好きだった。


 弟子は俺の他に五人。皆熱心で良い意味で剣術馬鹿の類だったと思う。


 彼等の口癖――今でもよく思い出す。


 声を掛けるのは、才のある者だけよ――と。


 その……稽古が苛烈に過ぎ、血反吐を吐いては死んでを繰り返す日々の中で祈るように俺に語り聞かせてくれたから。


 事実あれは地獄が霞んで見える程の過激な進化の秘法だった。


 百キロ走った後で素振り十万回を毎日こなせとか……何度衰弱死した事か。


 その稽古を一か月耐えた後に皆伝を認められたが、兄弟子が言うには異例の速さであったという。


 というのも皆伝の条件が『塔の中で相応しい剣を手に入れる』というものだったからだ。


 どうもこの辺りに兄弟子たちの言っていた才のある者しか弟子に取らないという理由があったらしい。


 つまりは運の良さ。


 ここでは運命力というステータスらしいが、腕時計で確認すると自分のは255くらいある。


 兄弟子の話では一般的に80もあれば奇跡に近い事が多々叶うらしい。


 それ故にそれ以上の事が叶ってしまった。この背負っている漆黒の魔剣の事だ。


 レゼルの魔剣と言う。姿は曲剣、限度を知らず、変幻自在で雷光を纏う。


 これを塔の三階でたまたま見つけ、襲い来るグレーターゴーレムの手が届く前に緊急脱出を試み、首尾よく入手に成功した。


 その足で獲物を飼い主に見せびらかしに行く猫のように先生に魔剣を見せに行った。


 先生は笑って、よくやった、と褒めてくれた。


 そのすぐ後で先生は姿を消した。


 失踪だという話だが、旅に出た痕跡もない。


 旅に出るなんてあの人に限ってないだろうし、恐らく上に行ったのだ。


 この塔の上。未だ誰も到達し得ない領域に。


 それから俺は上に行く事を考え出した。


 俺にとっては唯一の救い主。


 弟子に取って導いてくれた礼の一つも言わなければ気が済まない。


 そういう事情でここ数日上に行く機会を窺っていたのだが、抜かった事にあの騎士団長殿の情報網に引っ掛かってしまった。


 引き止め工作を幾つも用意してくれて、お蔭でもうしばらくここにいる羽目になりそうだ。


 六番区には多少なりとも恩があるし、束の間奉仕に当たるのも悪くない。


 そういった事情を赤の騎士団員たちは噂程度に聞いているらしいと人伝についこの間聞いた。


 それ故に赤の騎士団では食客ではあるが、一目置かれている……ようだ。


 一部幹部に快く思われていないのは薄々感じているが。


 だから実力、結果だけでそれ等を黙らせなければいけない。


 今回の塔への潜入でどれ程の成果を出せるか一つ試してみよう。


 塔に入る。暗黒の幕を通って一階へ。

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