不死の剣士は今日も潜る~ヴァルキリーと無限の塔~
由野 儀習
第一部 月から来た少女
第一章 赤の騎士団
1-1 剣聖の最後の弟子 -The last hope-
時がどんどん浪費されていく。
定例会だと言うからわざわざ騎士団の本拠である城に足を運んだというのに、議題に上がった食糧分配について一向に解決策を打ち出せないまま、赤の陣営の権力者たちの水掛け論を見せられる羽目になった。
俺は黙って会議場を出て行こうと思ったが、目敏い騎士団長殿に見咎められて、仕方なく壁に背を預け直した。
とは言え解決の見えないただの子供の喧嘩を傍観するのは気持ちが良くない。
実際にその権力者たちは子供なのだから。
ここには子供しかいない。
それも宇宙中から集められた千差万別の人それぞれ。
だから偏見も人種差別も毎日嵐のように起こっている。
口喧嘩をしているので特に五月蝿いタコ頭と花頭のひょうきんなのも、円卓を挿んで聞くに堪えない差別用語をぶつけ合っているが、翻訳機を兼ねている腕時計が時折『エラー、翻訳不可の言語を検知しました』と悲鳴を上げるようにセーフサーチを通知してくれる。
俺は逃げるように窓の外を眺めて、近くにそびえ立つ巨大な塔が発光するのを目にした。
また誰か、挑戦者が敗れたらしい。
片目を眇めながら、ご苦労様、と一応祈っておいた。
「では、本件に関する各々の取り分は、前回と同じくという事で。しかし、供給率が前回より三分落ちておりますので、その分の差し引きはご了承下さい」
議長が集会の参加者たちに慇懃に黙礼をする。
参加者たちは各々不満を零しながら、従者を引き連れて会議場から出て行った。
俺もそろそろお役御免と退散しようとしていた。
「待て」
呼び止めたのは、赤の騎士団団長のガブリエルだ。
歳は十六と聞いている。
長い黒髪を中で分けて左右に垂らした容姿が平安時代の貴族を想起させたが、顔立ちも気品と優しさに満ちて、見る者を穏やかにさせる才能のある人だ。
だが、今日は
「俺は別にここの幹部じゃないんだぜ?」
そう強がって言ったが、何しろこちらは十一歳の日本人の小僧だ。
どう見ても貫禄が足りない。
「何処の幹部かという話は問題ではない。
どれだけの腕を持っているか……実際あの有力者たちには何も期待出来んよ」
「はっ」
随分とばっさりと斬るもんだ、と俺は呆れてしまう。
「じゃあ、俺には何を期待するんだ?」
「剣聖フゼの最後の弟子のお前が赤の陣営から去れば、ここの子供たちは皆人喰いに堕ちてしまうだろう」
「だから俺に何をしろって?」
「シドウ、私を困らせるな」
ガブリエルが俺をじっと睨む。
明らかに非難されている。
俺も意地を張る気が失せて、降参、と両手を振った。
「ついては相談だ。玉を集めて欲しい。
青、赤、緑、どれでも構わん。
あの能無し共も、腹を満たせばしばらくは大人しくするだろう」
「そうだと思った。やる事は大体同じさ」
やれやれ、と俺は会議場を出ようとした。
束の間の休息も許されないこの身に、神はご慈悲を下さるだろうか?
なんて洒落た事を考えながら。
だが、ご慈悲ではないものを見舞われてしまった。多分神ではない者から。
チクタクチクタク。
怪しげな音が円卓の下から聞こえる。
俺はガブリエルと顔を見合わせ、互いに瞬時に行動した。
俺は猛然と走り出して、窓を蹴破りながら屋外へ飛び出す。
ガブリエルは議長を抱えて、一瞬遅れて屋外へ飛び出した。
轟音と共に会議場が爆発した。
頭上を炎が通り過ぎ、俺は通路に着地した。
無数のガラスが周囲に落下してきて、異変に気付いた騎士団員たちがぞろぞろと外に出てきた。
「大人しくしてくれなかったね」
俺はガブリエルに笑い掛け、決まりの悪い顔を返された。
「あの馬鹿共、よりにもよって会議場を吹っ飛ばしやがった」
議長は大層お怒りのようで、すっかり顔が茹で上がっている。
こちらもタコ頭なのだが、かなりまともな人らしく、面倒な役職を押し付けられてしまった口らしい。気の毒に。
「容疑者の割り出しについてはこちらでやっておく。お前はお前の務めを果たしてくれ」
「務め、ね」
どうせ迷っている時間は無い。ここにいる誰もがそうだ。
ガブリエルは聡明だから、何時も一番良い選択が出来る。
それなら俺も一番良い選択を。しばし塔に潜るとしよう。
あの巨大な塔に。
見上げればきりがない。天の先まであるように思える。
ここに連れて来られて一か月程経つが、ここの住人であれを攻略出来た者の話を未だ聞いた事がない。
だが、攻略出来ないはずがない、と皆想像している。
いや、そういう希望に縋らないと心が壊れてしまうからかな。
感傷に浸りかけている自分から目を逸らして、俺は通路を走り出した。
塔の入口はざっくりと開けた中庭の先に見えている。
床を蹴って、十五メートルの高さから放物線の軌道の後落下した。
ダンッ、と地面を打ち鳴らして着地。
ここに来てからつい最近まで、ちょっと厳しい師匠の下で鍛えられたから、これくらいの事はお手の物だ。
着地の衝撃で舞い上がった白い花弁の中を俺は進む。
中庭に咲くこの花の名を俺は知らないが、挑戦する自分の心を奮い立たせてくれる可憐さが好きだ。
一輪摘み取って、麒麟血色のジャケットの内側に忍ばせた。
何時もの成功の願掛け。
これをやるとかなりいい感じなんだ。
今日は何かを見つけられる気がする。
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