【本編前・会話集】彼女がドーナツを作ったら
さて、どうしようか。
戸棚の奥から見つけてしまった、存在を忘れていた消費期限の迫ったホットケーキミックスを前に考える。
早急に消費しなければならないのだけど、普通にホットケーキを作って消費するのは厳しい量だ。そもそもホットケーキは焼きたてがおいしいものだ。冷凍するという手もあるが、ひたすらホットケーキ地獄というのもなんだかなぁ、と思わなくもない。
ここは定番のパウンドケーキか、ドーナツか。
しばらく悩んだ後、なんとなく後者を選んだ。……あるいはそれは、第六感というやつだったのかもしれない。
◇ユズ が あらわれた!
「なんとなく会いたくなっちゃったから来ちゃった! ……あれ、なんかおいしそうな匂いがする」
「ユズさぁ……」
「うん?」
「なんか作った時とか、作ろうとしてる時の出没率半端ないよな。偶然で片付けるにはちょっとこわいくらいなんだけど食べ物センサーでもついてんの?」
「オレ人間だからセンサーとかついてないよ!?」
「じゃあ匂いでも嗅ぎつけてるの?」
「オレ人間! 人間だから!! 普通の人間だから!!」
「普通かどうかはともかくとして、一応人間だよね。人間の皮を被った犬という線は残念ながらないよね」
「今のやりとりの意味は?! ……ん? 残念ながら?」
「まぁ隠し立てする理由も意味もないから、はい」
「? あっ、ドーナツだー!!」
「市販のホットケーキミックスで普通に作っただけだけど、小腹を満たすことくらいはできるから。食べて帰って」
「やったー……あれ、帰ってって言った?」
「うん。相手してる暇ないから」
「ひ、ひどい! ひどいけどおいしい! くやしい!!」
「そりゃこっちの言動とドーナツの味に関連性はないから当然だと思う」
◇ミスミ が あらわれた!
「何やらおいしそうな匂いがしますね」
「直球できたな」
「駆け引きするような場面じゃないでしょう。というわけで、これどうぞ」
「……何?」
「家族が旅行に行きましてね。お土産運搬役を仰せつかったというわけです」
「あんたんとこも本当律儀だよね……」
「始めは旅先から随時直接送ろうとしてたので止めたんですよ。際限を忘れるだろうと思いまして」
「それはありがとう、ミスミ。助かった」
「というわけなのでこれだけは受け取ってもらわないといけないんですよ」
「さすがに突っ返さないから安心しろ。……しょぼいけどこれ持って帰って」
「……? ドーナツですか。手作りですよね?」
「手作りだよ残念なことに。見合うもんじゃないけど、妹さんたちに手作りお菓子振舞う約束してたの思い出したから」
「喜びますよ。ありがとうございます。……ところで私の分もありますよね?」
「一応人数分より多いくらい入れたから好きに分けたら」
「わかりました」
「ちょろまかすなよ」
「ちょろ……。し、しませんよ」
「する価値があるとは思えないんだけど、前科があるから信憑性はないな」
「……あれは出来心だったんです。もうしませんよ。バレますし」
「バレなきゃやるのかっていう突っ込み待ちなのそれ。まぁそうしといて」
◇レンリ が あらわれた!
「……ドーナツ……?」
「なんとなく予想はしてたけど本当に来るとは」
「……?」
「いやこっちの話。というわけで、はいこれ」
「……おいしそう……」
「市販のホットケーキミックスで作っただけだけど。あ、でもシュガーパウダーは頂き物のいいやつだからおいしいと思う」
「ありがとう……大事に食べる……」
「いやそんな大層なものじゃないから。消費期限前に使い切りたいための大量生産後期の産物だから」
「でも、手作り……」
「まぁそうだけど。そこまでレアリティあるわけでもおいしいわけでもないから」
「…………」
「なんでそこで不満そうな顔になるのか理解に苦しむ。……で、なんの用事で来たの」
「そうだった……これ、自信作……」
「……この流れでプロ顔負けレベルのスイーツ差し入れされるとさすがに辛いものがあるわー……」
「……(オロッ)」
「そんな焦んなくてもいいっていうか打ちひしがれた顔するな。良心的なものが痛む」
「…………。………………」
「あー悪かった悪かった。レンリは別に悪気があったわけじゃないもんな。こっちが勝手に凹んだだけだから気にするな」
「き、嫌いに……ならない……?」
「なんで一足飛びにそこまでいくの。ならないから安心しろ」
◇カンナ が あらわれた!
「ドーナツ作ってたって聞いて。僕の分残ってるよね……?」
「うん、まぁ来ると思った。どういう情報網してるのか心底不思議だが」
「残ってるよね?」
「余裕がどっかいってるぞカンナ。落ち着いたら?」
「だって僕だけ君の手作りドーナツ食べられなかったなんてことになったら悔しいから」
「そこ悔しく思うところじゃないと思う。……まぁ一応準備してあるから安心しろ」
「……! ありがとう!」
「……。大丈夫? 疲れてんの? 取り繕えてないよいろいろ」
「まぁ疲れてるのは否定しないけど。僕だって嬉しかったら嬉しいっていう意思表示くらいするよ」
「そうか。……まあいいや、はいこれ。どうせこれから仕事だろうし、お供にでもしなよ」
「……片手で食べやすいようにって棒ドーナツにしてくれた?」
「それを訊くか」
「訊かないと思った?」
「訊かれる可能性は考えた。……まー、好きに解釈して」
「肯定ととるよ?」
「好きに解釈しろって言った」
「じゃ、遠慮なく。……ありがとう」
「どういたしまして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます