ティアーリロード・オーケストラ(更新中止・没作)
柴見流一郎
第1話 火種の影・微風
9月を迎えた今朝は残暑などを押しのけ、薄暗く曇る空から冷ややかな風をなびかせていた。
換気のため空けておいた窓を閉めた。薄暗い外のせいか室内も薄い蚊帳をかぶせられたように見えた。
簡素な仏壇を前に正座する少女は深く息をついた。腹式呼吸の、体に喝を入れる準備運動だった。眠気などとうに消し飛んでいるが、日常的な行動となれば自然と体は動く。
今は、その日常が揺さぶられている。
ぶん……と、マナーモードにしたままのスマートフォンがうなりをあげる。
側に置いたスマートフォンを見て、正確には誰がかけてきたのかと分かると、小さなため息をこぼした。
『やあ、ししね。おはよう。今朝は冷えるね。ああそうそう、昨日も一人出たってね、犠牲者。やっぱり一連の通り魔かなあ』
なれなれしく軽快な口調で話す少年は、世間話に「犯罪行為」を口の中で回して言った。
『まあどうせ『
不幸をネタに、少年は饒舌になり声に色つやを出していく。
『ほぼ人間業じゃなかった。これは警察もその線で動いているけど、完全に『スティグマカバー』の力を使っての犯行だとみてる。なんか今、そんなニュース多いよねえ。流行?』
少女は何も返答しない。続きは勝手に再開される。
『今この街で暴れてる犯人は『
放っておけばますますこの少年は言葉をつなげていくだろう。だが、少女はそれに何も言わなかった。静かに耳を傾けている。
『過去、そして伝説の戦士、勇者や神々を『スティグマカバー』と称し、自らの肉体に「インストール」させる契約の鎖『デヴォイド』……それらを統括し、技と知識を磨き、対戦を再現させるハード『インデックスレコード』。これらを使って行うスポーツ格闘技は様々な魅力を持ち惹きつける競技だ。それが『オーケストラ・リプレイ』……さてはて通り魔はどんな歴戦の勇者を宿してるんだろうね』
話しが一息ついたのか、少年の声がしばし途絶える。その間隙を、少女の小さな言葉が埋めた。
「あなたは、どうするの?」
しばし沈黙が落ちる。電話口の少年はまさか言葉をもらえるとは思ってもみなかったのだろう。
『俺、ねえ……どーすっかねえー。あ、ところで今部活どうなってんの? この学校の『オーケストラ・リプレイ部』、略して『オケリプ部』。全国大会予選まであと二ヶ月だけど……今のところキャプテンのあんたと我らが唯一の後輩夕日ちゃんだけじゃん』
「『
『え、俺? なんで。俺が行きたい時にいけばいいっしょ? 逆になんで俺の拘束時間決めつけるのさって聞きたいよ』
こっそりと、スマートフォンに当たらない程度に息をはいた。
『街も物騒だし、またアレやらないの? 前みたいな自警団ごっこ』
「……」
『はは、さすがに不謹慎かな? それならあやまるよ。でもあんた。
「火種がくる」
さして語気を強めたつもりも、吐いた息を強くしたつもりもなかった。だが、声はこの仏間に透き通るよう流れ、空気の中に四散していく。
「新しい火種がくる。その火種はこんな街の乾いた風に流れればどうなるか。風に倒れるどころかあっという間に火柱へと変貌する」
電話口が停滞している。珍しい、と頭の片隅で若干の驚きを持ってしまう。
「火にあぶられたくなくば、悪質な遊びを控えた方がいいわ」
『ふうん……そうか。より美味しそうな話じゃないか。この
甲高い笑い声とともに通話は終わった。
もう一度仏壇に向き直り崩れた正座を直し、深い息をつく。
「お許しを。
指をそろえ深々と頭を下げ、少女は祈りの声をささやいた。
「火種が来ます。私は自らの毒で火種に海をみせることを。火種が、空を知ること。きっかけに過ぎず始まりであることの光栄を」
ゆらり、とろうそくに灯がともった。風も吹かず畳もきっちりそろえられ、少女……咎原ししねはだだ顔を上げただけであった。
□□□
「えっと……うん、『インデコ』は異常なし」
まだ届いた引っ越しの荷物も適当に、藤崎大護(ふじさきだいご)が真っ先に開いたのは自分が『宝物』とするものだった。
「で……『スティグマカバー』のインストールOK」
小柄な体躯の少年、大護はイヤホンに似た装置を耳から取り外す。耳にフックをかけるタイプで、イヤホンに似ている。小さな文字盤がデジタルで動き、「異常なし」とコンディションを示した。
「『デヴォイド』の連動も確認……と」
現代の最新モデルとはほど遠い、色落ちもしている『インデックスレコード』から、鎖のような細長い端末を取り外し。それを左手首へと巻いた。これも……『デヴォイド』も同じく過去に生産されたタイプで、外見は単なるチェーンにしか見えない。
外は薄暗く、雲は今にも雨が降りそうな濃い色に染まっていた。時計を確認すると朝の七時。夜通しこの装置をいじっていたことになる。
「しまったなあ……転校初日で居眠りとかしたら……」
大護は苦笑して、しかし手にした小型の端末、『インデックスレコード』を大事に握り、専用のフォルダに入れ、新天地となる新しい学校の制服に着替える。
「こっちは詰め襟で楽かな。前の学校はブレザーで面倒だったけど」
独り言は癖のようで、確認行為でもある。こんな風にいちいち口に出さないと気が済まない。そんな人の背中を見ていたのだから、自分にも染みついているのは当然かもしれない。
「鞄よし、書類よし、『インデコ』よし」
立ち上がると、六畳一間の部屋を振り返った。
「準備よし。和尚様に挨拶して行くか」
両親は仕事の都合で一年間だけ海外へ出ることになった。
両親は一人息子の大護はこれを良い機会にと一人住まいの体験として、知り合いの寺に住み込むことになった。簡素な六畳間の部屋は今、届いた荷物でいっぱいである。
寺は山道の奥にあり、学校に行くにはまず下山で30分とられてしまう。些細な朝寝坊でも深刻なことになりそうだ。それに元々、訪ねてくる人はほぼ皆無だという話しだった。
9月だというのに、もう秋が来たような冷たさは、下山し歩道を歩くと震撼する。
始まりの日は、今にも雨をふらしそうな重たく黒い、たれこめた雲の下からだった。
じゃらり、とかすかな金属音が大護の左手首で鳴る。
大護は『デヴォイド』の冷えた表面を額に当て、そっと指の中に埋める。左手を額に当て、目を閉じかすかな息をついた。色は錆落ちはがれ、こすれてはすり減ったチェーンのつながりはやや危ういものもあった。
とても現代17歳で使い古せるほどのくたびれ具合ではなかった。
「……先生、行ってきます!」
顔を上げ、緊張気味で張り付いた頬をパシン! とたたき自分に喝を入れた。
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