いちばん最初の世界

それは大気中の水分が光を受け視覚に受ける屈折率の変化から、視覚的に生じる現象だと科学的に証明された――はずだった。

 しかし――それは飽く迄机上の計算というものによる憶測から生まれた創り出された真実に過ぎない。

 この世界には、確かに『次元』という空間が存在している。

 その壁を確認するその最大の条件が。


 この『虹』という現象なのだ。

 鮮やかに浮かび上がる七色の発光。

 その瞬間、世界は確かに次元の壁を開いている。

 だが、誰もそれを認識していない。

 言われても、信用すらしないだろう。

 何故なら――この世界で生きている上で、それは『絶対不可能』な現象だからだ。

 次元を越える?

 その様な事が起きてしまえば。

 その様な事を起こす者が居たとしたら。

 この世界の根本が。

 歪んでしまう。

 そんなものは知恵を得た生物達の、頭の中だけで起きなければならない事。

 世界を、他者を巻き込んで。

 次元を歪めるなどと……


 研究者たちは笑うだろう。

 いや……

 人であった時の、アレク・クラウンであっても、それはきっと頭の片隅に宿る。

 だけだ。

 その先の発展や想像など、彼はしない。

 それ程までに、それは人知を遥かに超えるであろう事だからだ。




 キミィ・ハンドレットと彼の襤褸ぼろのマントを握りながら、共にそれを見つめたシオンはまるで夢の中に居る様な感覚に陥っていた。


 その眼前に在る物は……人の頭部程の大きさの鉱物だ。

 変哲も特に感じない。

 唯一目を見張ると言えば、まるで鼓動の様にその意思が鈍く発光を繰り返している事だろうか。


「これこそが、魔王が17年前、敗北する事になろうとも全力を出さなかった原因。そして――クラリスを生んでまで自分の死後も護らせ続けた物」

 アレクも、その鉱物を画面越しに静かに見つめる。

「この世界。つまりは――この次元を構築している核。

 その名を……『次元の虹』……」

 シオンの細く長い首が「グビリ」と音を立てる。


「次元の……虹? 」

 キミィの問い掛けに答える様に、アレクが言葉を続ける。


「そう、生物にとっては様々な条件が整わなければ見る事すら出来ない次元の開閉現象である発虹。

 それが個体物として具現化する程の力を宿した状態。

 そして、驚くべきは、これはその一欠けらにしか過ぎないという事だ。妖魔城の祠にはこれの何十倍もの次元の虹が隠されていたよ」


 キミィの……いや、キミィだけではない。この話を聞いたシオンも彼と同様に自分の脳内で混乱を覚える。


「この次元の虹に含まれる力、その多くは魔族達の生命力とも言える『魔力』だった。それも……この大きさでも信じられない程の……ね。

 ここまで、言えばもう解るかな?

 そう、魔王は……

 この次元の虹に己の魔力を送り続けていたんだ。正に、あの時も。

 そして、そこに貯蓄されたそのエネルギーは……

 少なく見て……魔王の生命力の何億倍」


 キミィの顔面に冷たい汗が幾度も流れ落ちる。


「彼は、一体いつからこれに魔力を送り続けていたのだろう?

 そして、既に世界を蹂躙する力を持ちながらも、それを行い続けたその目的は? 」


 アレクは混乱している二人を承知で、敢えて言葉を遅らせずに語り続ける。


「決まっている。

 大きな力を与え続ける事で、彼はこの虹で次元すら支配しようとしたんだ。

 彼は……魔王は……時すらも支配する……神に成ろうとしていたんだよ……」


 そこで、ようやっと震える唇からキミィの言葉が彼を遮った。


「教えてくれ、アレク。

 次元を支配するとは、一体……どういう事なんだ? 」


 アレクは話そうとしていた言葉を引っ込めて、出来るだけ彼らに理解出来る言葉を探した。


「キミィ。ボク達が営みを続けているこの世界、その時間はどうなっていると思う? 」

 キミィの眼がハッキリと細まる。己で考える事を放棄したいという意味だろうか?

「……ごめん、じゃあキミィ。

 この『世界』は、一体幾つあると思う?

 ……そう、1つだよね? 決まり切っている事だ。

 でもね? キミィ。

 次元の先に……

 自分が別の世界を創造つくる事が出来るとしたら? 」


 キミィの肩が大きく揺れる。

 少し離れていた場所で腕を組んで話を聴いていたクラリスも、歯を噛みしめる様に表情を強張らせる。



「そうさ、キミィ。次元を支配するとはそういう事だ。

 この世界をとして――。

 複製の新たなる世界の創造。


 それこそが、膨大なる魔力を得たこの次元の虹の意味チカラ

 そして、あの魔王が数えきれない程の時を経てまで成し遂げようとしていた事なんだ‼ 」

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