悪鬼

「これが……あの日あった事の全て……」


 エリスの話しが終った時、三者は全員言葉を失い、次に何を起こすべきかを必死に模索していた。


「バティカ……何故……バティカは自分が狙われている危機を知りながら我が家を訪れたのか……」

 そんな中、キミィは己の感情を殺し、冷静にその話の謎を口にする。

 エリスの霊とシオンが眉を顰めながらその理由を模索する中シコクだけは、腕を組み何かを考えている様で吐息すら発しない。


「解らないの――バティカさんが居たのは本当に僅かな時間。

 そして、バティカさんが反乱している。というのは、王国では誰もが噂で聞いている事だったわ――貴方が本当にその事を知らなかったなんて――」

 それは、間違いなく王国側の操作によるものであろう、そして――。

「やはり、あの少年は……無実だったのか……」

 キミィの声に無念さが込められた。

 そう――この真実により、全く無関係な命が国家に奪われている。


「それは今に始まった事ではないぞ、キミィ。貴様が魔王を討ち滅ぼしてから魔族を中心に日常的に起き続けている事だ。

 だが……この場合、ようやっと我々を対立させようとしていた者達がはっきりと見えた訳だ……」

 俯くキミィにはっきりとそう言い放つと、先程まで沈黙していたシコクは打って変わりエリスに向かっても尋ねる。

「バティカ国主は……其方の様にここに来れぬのか? 」

 彼女は静かに首を横に振った。

「今、この状況も奇跡的な事で……」そう言うと、シオンの方を見る。

「だろう……な……死者と会話する事など、奇跡以外の何物でもないだろう……では、そちらで国主から何か聞いておらぬか? 」

 再度、彼女は首を振る。

「すみません……魂だけの存在となると、会話等の……他者と関わる。という概念は無くなってしまうんです」


 その言葉に、シコクは「グルル」と喉を鳴らした。


「そして……私ももう戻る時間……」

 キミィはその言葉に飛び上がる様に反応した。

「そんな‼ 駄目だ‼ 行くな、エリス‼ 」

 縋る様に必死になるその姿に、シコクとシオンは目を見開いた。

 だが、考えてみればそれは当然の事かもしれない。彼は今よりもう一度味わう事になるのだ。最愛の者との永久とわの別れを。


「ようやっと、途方に暮れている貴方に真実を伝える事が出来た……そして……」

 エリスの瞳から大粒の涙が溢れた。

「謝る事も出来る……ごめんなさい……貴方……貴方の帰る家を……家族を護れなくて……」

 キミィはその言葉に、首を大きく振る。

「嫌だ‼ 俺も‼ 俺も、連れて行ってくれ‼ エリス‼ 」

 混乱と動揺と焦燥か。キミィは必死でそう叫んだ。

 その頬を、彼女から放たれた平手がすり抜ける。


「バカ。貴方は今、やるべき事があるでしょ? シオンちゃんを……全ての子ども達が泣かなくていい世界を……今度こそつくらなきゃ……」

 そう言うと、彼女は優しい瞳をシオンに向けた。シオンは胸の張り裂けそうな痛みを感じながらその視線を受ける。


 その身体が見る見るうちに消え、光の粒に変わる時。

 キミィは確かに、そのぬくもりを感じた。

 遥か昔――記憶が消えてしまいそうな程昔。

 確かに感じたそのぬくもりを。


「だから泣かないの。貴方は、勇者でしょ?

 勇者キミィ・ハンドレットでしょ? 昔言ってくれた貴方が好きだった世界を……

 お願い、キミィ……世界を……

 もう一度、救って……!

 それが……あたしと、ミナの願いでも……あるから‼ 」


 全てを言い終えれた満足からか、最後に彼女は微笑みを浮かべて消える。瞬間、シオンの首元で赤く光っていた鬼門石が、花火の様に砕け散った。さすれば、三者を包んでいた赤い霧が嘘の様に晴れ渡るのだった。



「……え? 」

 しかし、気付けばシオンだけそこに取り残されていた。

「ごめんね、シオンちゃん。アナタはこの狭間のセカイの耐性があるから……二人よりも少しだけ長くここに居れるの。それでね? 引き留めちゃった」

 そう話すとエリスはゆっくりシオンに近付き、少しだけ膝を屈めた。

「ありがとうね、シオンちゃん。アナタのおかげで……キミィはまた生きる意志をもつ事が出来たのよ? 」

 その言葉にシオンは大きく首を振るった。途端に少し眩暈を覚える。首が長く成長した為、その勢いで脳震盪を起こしかけたのだ。まだその身体に慣れていない証拠である。

「ち、違います……あたしは……あたしはただ……お母さんを……助けてもらおうと」

 そこで、会話が途切れる。

 シオンの顔と後頭部を華奢な腕が包み込んでいた。

「ううん……きっとね? きっとそれも……意味があったのよ。キミィがあんな風になってるのに……私達は何も出来ず……ただただ彼を視ている事しか出来なかった……」

 その声には、哀しみが混じっている。無念が伝わる痛みが重なっている。

 そして、そのぬくもりは……遠い記憶を呼び覚ましている。

 シオンは何も言わず、瞼を閉じる。


「シオンちゃん。あの人を……お願い」



 

「どうやら……我らの意識は現世うつしよに戻って来たようだな」

 シコクが己の両手を何度も握っては広げながらその実感を確かめる。


「おお……シコク殿、ご無事でしたか‼ 」

 晴れた陽光によって、雨粒が乱反射する破壊されたアジトにその声が響く。そのすぐ先に居たのはネクロマンサーのクリードだ。どうやらシオンの催淫のお陰で戦況は逆転したようで更なる血統と魔族の同盟軍は体勢を立て直し、黒騎士と白騎士を完全に包囲していた。

「消し炭すらこの世に残すな‼ こいつらこそ、我が種族を滅ぼし元凶の星‼ 」

 クリードの怒声に共鳴するように周囲を取り囲んでいた魔族達が一斉に二人に向け魔力を高めた両手を向けた。


「撃てぇぇぇ――‼ 」

 その掛け声と共に、爆音と爆風が辺りを包み込む。


「……なにっ⁉ 」

 しかし二人に向かい巻き上がった爆炎が何かによって遮られた。


「キュベレイッッ‼ 」

 可憐なその声とは裏腹に、強烈な光の弾丸が次々と乱射され、クリード達は防御態勢に切り替えざるを得ない。

「くそっ、援軍新手が到着しおったか⁉ 」

 アルトリウスを四方から囲う様に、四人の鎧騎士がその場で構えをとる。


「おい、アルス‼ アルス‼ 」

 ランスロットが激しくその肩を揺らす。反応のない相手に危機感を覚えたのか、その動きは徐々に激しさを増した。


「止めて‼ 何か幻惑魔法の様なものを掛けられているのよ――魔法に精通した者でなければ解けない……ここは――私が食い留める‼ 皆‼ 王子を連れて退いて‼ 」

 ガウェインの痛い程の決意に三人は顔を見合わせた。


「そりゃ出来ねぇ相談だぜ、ガウェイン‼ てめえ以外にこの正義馬鹿を尻に引く女は、未来永劫金輪際現れる保証はねぇからな……‼ 」

 ランスロットのその言葉の後ドリスタンとモルドレッドも力強く頷き武器を構えなおした。


「バカ……この数……王子を護りながら戦えるわけ……ないでしょ……」

 そう言いながら、彼女の心は仲間の暖かさに燃える様な熱さを覚えた。

「キュベレイ‼ 全てを撃ち抜きなさい‼ 」右手を高々と挙げた彼女に呼応する様に、金色に光る片翼の精霊は、四方八方に光線を乱射する。


「……この技……四聖剣の精霊使か……‼

 怯むな‼ 数はこちらが圧倒的だ‼ 圧し潰せ‼ 」

 クリードの指示と同時に彼らを襲う魔法は一層勢いを増した。

 

「シコク……これは……? 」

 傷口を押さえふらつく足で尋ねるキミィにシコクは答える。

「どうやら、白騎士と黒騎士の二者は未だにシオンの術の中らしい。我らとは質の違うそれにかかっているようだな……白騎士の部隊が追い付いた様だが……白騎士と黒騎士が戦力にならない今、戦力差は歴然だろう。我らの勝利だ」


 シコクのその言葉にキミィは首を横に振った。

「慢心してはいけない。

 アルス……白騎士と黒騎士を見逃せば彼らは退く。シコク、彼らを追い詰めるな。まだ彼らには何か奥の手が残されているかもしれん」

 しかし、キミィの忠告は爆音によってかき消される。シオンの回復魔法で致命傷は回復したが、まだ動くには少し時間が掛かるだろう。

「キミィ様‼ 」

 その後に、白煙の向こうから少し大人びた風貌のシオンが姿を見せた。彼女は直ぐにキミィを支える様に肩に寄り添いその白魚の様な指からあたたかな光を放った。再度回復魔法を施そうとしているようだ。


 その様子を横目で見ながら、シコクは戦況を見直した。

 ――圧倒的だ。四聖剣が並の人族に比べ戦力が高いのは認めよう。しかし、其れを以てしてもこの差を覆す事は不可能。

 白騎士と黒騎士という相手部隊の双頭を抑えた今、勝敗は決した。


 シコクもまた、勝利を確信してしまったのだ。



「くぅうう……お願い‼ キュベレイ‼ もっと……もっと‼ 」

 しかし、ガウェインのその悲痛な懇願も虚しく。その差は目に見えて明らかになっていく。

 彼らにとって決断の時が迫っていた。


「ガウェイン、レッド‼ アルスを連れて撤退しろ‼ 俺とドリスが殿ケツを努める‼ 」

 ランスロットの提案にガウェインは汗まみれの顔で余裕の無い笑みを浮かべた。

「だから、何度も言っているでしょう? 残るなら一番複数戦に向いているわた……」

「ごめん‼ 」ガウェインの言葉の途中で不意打ちの正拳が彼女の鳩尾を撃ち抜いた。

 ドリスタンはガクンと項垂れるガウェインを抱きかかえるとモルドレッドに託す。


「バカ……我が国の精霊使はお前しか居ないだろうが……生き残るとしたら、代わりの無いお前と一番若いレッドなんだよ……行け‼ レッド‼ 振り向くんじゃねぇ‼ そして、アルスとガウェインを……頼んだぞ‼ 」

 その言葉と覚悟を受け取ったモルドレッドは、小さく頷き二人を抱えているとは思えない速さで二人の後方へと駆けた。


「白騎士が逃げました‼ 」

「生かして逃すな‼ 追え‼ 」

 その指示に従った魔族に、ランスロットが飛び掛かった。

「行かせるかよ‼ 」

 気迫――である。

 その気迫の前に、魔族達は一瞬怯む。しかし、圧倒的な力の差はそんな事で覆る事はない。


 時間としては10分程。

 しかし、それで充分だった。ボロボロの二人は満足していた。白騎士――祖国の次期王を護衛する役目を授かった時から――この死に方が最も彼らの誇り高き姿だったから。


「くそ……手間を取らされた……せめてこ奴らだけでも葬って向こうの戦力を削いでやる」

 そう言うと、クリードは二人に向けた掌に豪炎を宿らせはじめる。

 最早身動きが取れない程に弱った二人は静かに目を閉じ、その時を待つだけ。


 その筈だった――。


「ウゴォオオオオオオオ‼ 」

 地が揺れる様な、背筋の凍り付くその叫びが轟いた頃には、彼らの意識は死後に向かっていたのかもしれない。

 やがて、自分が感じているモノが今までの人生で当たり前のように感じていたモノと遜色ない事に気付いたのはドリスタンからであった。

 恐る恐る開いた瞳に、予想だにも付かない光景が浮かぶ。


「ぎゃああああーーー‼ 」

「な、なんだぁああ⁉ 撃てっ‼ うてぇえええええ⁉ うぎゃあぁああああ‼ 」

 それは自分達に止めをささんとしていた魔族達が……次々とゴミの様に斬り伏せられる景色だ。


 真っ黒な鎧に身を包んだ巨大な影が、まるで嘘の様な奇怪な動きで見る見るうちに魔族達を駆逐していく。

「黒騎士……殿? 」

 ドリスタンは、自分のその予想に身震いした。

 その漆黒の鎧から覗いた表情は、おおよそ人族とは似つかない。

 子どもの頃聞いた昔話の怪物。

 ――悪鬼に他ならなかったのだから。

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