十年前の真相 後

 いつも静寂に包まれる我が家の周囲で、先程から幾度となく起こる轟音の度エリスはその全身に緊張を込めた。いつでも一撃を放てるよう刀を構えてはいるが、真剣の重みは、女性の腕力には厳しく、流石に腕が落ちてくる。


「ガタン」

 バティカが破壊した扉の死角から確かにそれは聞こえた。


 再度、その疲労を緊張と決意が凌駕すると彼女は音をたてぬよう摺り足で、入り口に立つ。ごくり――一度生唾を呑むと、一気に構えたまま飛び出すが、そこにはこの状況が嘘の様に、そよ風が靡くだけだ。


 ほっ――完全に緊張の糸を切ってしまい、屋内に戻った時、その光景に彼女は戦慄を覚えた事だろう。


「抵抗はするな。抵抗すれば、娘は死ぬ事になる」

 脚が震えを起こすのを必死で抑えながら、声を出そうとしても、口がみるみる内に乾き、ぱくぱくと呼吸を求める魚の様に動くだけだ。


「まず、ここの幻影転送装置で貴様の親父の範馬魁夷に伝えろ――キミィ・ハンドレットが聖騎士バティカの反乱軍を制圧に向かったと」

 その男は、自分よりも若い――まだ少年と呼べる年齢だろう。だが、その瞳と声にはその外見と裏腹に冷たい狂気と殺意だけが蔓延んでいる。

 エリスは、はっきりと確信していた。

 言う事をのまなければ――この少年は娘と自分を言葉通り、躊躇いも無く殺す。


「おう……こんな時間に、どしたい? エリス……」

 幻影転送装置は、普段その周囲の映像を映し出すものが、この時は声だけを拾わせた。無論、少年の指示である。


「お父さん……キミィが……」

 声が震えていたのは演技ではない。少年は彼女の目の前ですやすやと寝息を立てるミナの頭上に剣を向けている。

「……キミィがどうした? 」

 その声に、カイイの声にも緊張が走る。

「バティカさんの率いる反乱軍を止める為……」

 そこで、言葉が詰まった。少年は冷たい視線だけであるが、剣を持つ手に力がこもるのがはっきりと解った。

「心配すんな……エリス」

 だが、それが逆にカイイにその心境を悟らせた。

「いいかい? キミィもバティカも理由もなしに戦ったりなんかしねえよ。だから大丈夫だ。何事も無かったように……あいつらはきっと前みたいに戻ってくるよ

 ほら、もう夜も深い……早く寝な」

 すーっと、剣が上空に上がって行った。

「うん……ありがとう……お父さん」


 幻影転送が終了すると、エリスも強い瞳を少年に向けた。

「さぁ‼ 言う事は聞いたわ‼ 娘を解放して‼ 」

 必死で恐怖を抑え、彼女は毅然とした態度でそう叫ぶ。だが。

「まだだ――もう一つ。お前達には働いてもらう」

 その言葉は、不吉以外の何物でもない予感しか込められていない。しかし――従うしかない。それしか、今。愛娘を死の運命から遠ざける方法がないからだ。




「さぁ――最期の言葉を言うがよい‼ 裏切りの聖騎士‼ 」

 四聖剣の二人はその対決を遠巻きに見守る事しか出来ない。援護は最早足手まといにしかならない事が理解出来る程に、彼女達は猛者だった。その次元の差。


「……魔殺の槍……使ってしまったか……」

 その言葉の方向からモルドレッドの肩を担いだランスロットがよたよたと足を引き摺りながら近付いてきた。

「無事でしたか‼ 」

 嬉しそうに近づくガウェインに、彼は苦笑いを浮かべる。

「死なない様に手を抜かれたからな」

 どすん――と抱えていたモルドレッドを落すと、ランスロットは、自分で回復魔法を施しながら、二者の死闘を見守る。


 ――アルス……解っているよな? 長期戦になれば負けるぞ……


「ぬん‼ 」

 その巨大な大きさからは思いもよらぬ速さで連撃がバティカを襲う。


 ――ただ、打撃を当てただけで、小生の拳を砕く……その威力、一撃も受ける訳にはいくまい……

 バティカはその技術と身体能力を全て回避に注ぐ。


 「…………これが……聖騎士の力か……」

 目の離せない両者の攻防に思わずランスロットからそんな言葉がこぼれた。


「――ちぃ」

 アルトリウスは焦りから舌打ちを放つ。そして、更に攻撃のギアをあげると、バティカに襲い掛かった。

 だが――。

「‼ 」

 大振りになった所に、バティカが牽制で放ったノックの様な裏拳がアルトリウスの顔を弾いた。

 噴き出した鼻血で攻撃のリズムが遅れる。

 その様子を見て、バティカが前進。

 先の攻撃と変わらない――左手首の可動だけで打つ、ノックの様な裏拳の連打。

 しかし、それはバティカの腕力、筋量から放たれるノック。常人なら、一撃喰らっただけで顔面が砕ける威力だ。


 ――……強い……ならば……もっていけ……魔殺の槍……‼ ――

 その劣勢が彼を焦らせたのだ。

「‼ ――止せ‼ アルス――‼ 」

 ランスロットが手を伸ばし、それを止めようとするが。


「なんと‼ 」

 攻勢だったバティカが、そう叫ぶと脱兎の如く、数メートル後ろに跳んだ。

「くっ! 」

 しかし、着地の際バランスを崩した。

 原因は明らか――彼の右大腿が大きく抉られていたからだ。

 そして、止血の為、再度足に力を込め想定外の一撃を放った相手を見る。


「ふぅ――‼ ふぅぅうううう‼ 」

 血の蒸気を纏うその姿は、到底人とは思えぬ容姿だ。

 焦点が定まらぬ明らかに正気を失った瞳がバティカを捉えた。


「がぁああああぁああああ‼ 」

 さすれば、まるで先の攻めが嘘の様に、ただ一直線に飛び込んでくる。

 ――まるで、獣か。

 知性の欠片も無くなったその姿。

 恐らくだがその原因は。

 ――魔殺の槍使用の弊害か。恐らくは、使用者の生命を喰い、力にする類……


 止血の済んだ右下肢を後ろに引くと、バティカも矢の如くアルトリウスに向かって飛び込んだ。

 ――なれば、人族の王子……死なす訳にはいくまい……


 唯一バティカが得ていた勝算は、アルトリウスが真直ぐに突っ込んできたという点だけ。先の複雑な動きと違いその直線的な動きは、反撃カウンターも容易い

 恐らく、その賭けはバティカにとって不利なものであったろう。

 だが、喩えその確率が低くとも。

 必ず、その面が出る訳では無い。


 二者が交差し、互いにすれ違う。

「ど……どうなった? 」

 目でその一瞬が追えなかったトリスタンが仲間に説明を求めるが誰も答えない――いや、答えられないのだ。

 誰一人として、その攻撃――どちらに軍配が上がったのか……目で捉える事は出来なかった。二者の行く末を見守るしかなかった。


「……うぐっ‼ 」

 やがて、そう呻き声をあげた後アルトリウスが魔殺の槍を落し、倒れた。


「アルス‼ 」

 堪らず、ランスロット達が駆け寄るが、それをバティカが衝撃波で遮った。


「悪いが、アルトリウス第二王子は、人質として確保する。近づくな」

 そう言ってくるバティカに抵抗しようと構えるのはガウェインだけだった。続けてランスロットとトリスタンがそれを遮る様に彼女の前に立つ。

 それは、メッセージでもある。


 ――お前が行くなら、自分達が……という。

 だからこそ、ガウェインも思いとどまった。彼らのダメージの重さを知っていたからだ。


「まぁ、そんなに急ぐなや。聖騎士さんよぉ」

 その声はバティカの背に、不吉を浴びせた。


「何奴」

 振り返りざま、バティカの拳が飛ぶが、それを確認した瞬間その筋肉が拘縮する。


「エリス‼ 」

 不吉な言葉を掛けた狂気を纏う男に、後ろ手を極められながらエリスが捕らえられているのだ。

「バティカさん……」

 同時に理解した。エリスはカイイの娘であり、キミィの妻……自身が重荷となる時は、躊躇いなく自決を図る覚悟もある……

 それが出来ない状況とは。


「第二王子を解放する。そちらの人質を全て解放してくれ」

 悩む時間すらなく、バティカはアルトリウスを優しくその場に降ろすと、両手を上げて、一歩下がった。

「駄目だな。それだと一人分しか条件に合わない」

 バティカの背に緊張と闘気が流れる。

「では、残りの条件は……」


 その言葉を聞くと、エリスを連れたまま、すたすたとバティカに近付く。

 そして鞘から剣を抜くと彼は躊躇いなく、バティカの腹部に剣を突き立てた。


「バティカさん‼ 」

 叫ぶエリスが「ぐぅ」と続きざまに呻いた。逃がさぬ様に男が腕を強く捻ったのだ。

 そして、そのまま剣を引き抜く。

 合わせて、傷口から夥しい出血が起こった。動脈が断たれたようだ。それを確認した男は、倒れているアルトリウスに気付け魔法を掛け、眼前にその剣を突き刺した。


「起きろ、アルス。お前が人族の代表として。この反逆の聖騎士。裏切りの半魔に鉄槌を下すのだ」

 アルトリウスは、その瞳を重そうに開くと「兄さん……」と一言呟いた。その言葉を聞き逃さなかったバティカが口を開く。

「そうか――貴殿が、噂に聞く第一王子……サーヴァインか」


 バティカの言葉に返事もせず、サーヴァインはそのままエリスの骨の軋む音だけを聞かせた。

 やがて、ふらふらとアルトリウスが立ち上がると、剣を手にする。

「お願い……アルス……止めて……何故、バティカさんを殺すの? 」

 以前より己の夫に懐き、親交のあった彼を見た時、恐らくエリスの心境にはもっと訊きたい事があった。しかし、今の現状でこの言葉が一番彼を止められると、思ったのだ。

 ――しかし。

「ゴグッ」瞬間、エリスの肩に鈍い音が鳴った。

「きゃあああああああ‼ 」直後、襲ってくる激痛に、彼女は悲鳴を挙げる。


「兄さん‼ 」心配そうにそう叫ぶアルトリウスを彼は睨みつけた。

「外しただけだ。心配ない。それよりも――しくじるなよ。アルス」


 何かを言いたそうにしたアルトリウスはそのまま言葉を飲み込んだ。そして、剣を引き抜き、バティカの目の前に立った。


「言い残したい事は? 」

 サーヴァインに致命傷を負わされ、既に息絶えそうな彼はその言葉に笑った。

「キミィ……お前なら……きっと……きっと……」

 呟くバティカの首筋にそっと剣を向ける。

「……今度こそ……」

 そして、目にも止まらぬ剣戟がそのラインに沿って放たれる。


「誰もが、幸せに暮らせる世界を――」




「ありがとう、兄さん。助かったよ。

 それで……エリスさんとミナちゃんを……」

 間もなくバティカの亡骸を燃やし尽くした後、微笑を浮かべてサーヴァインに振り向いたアルトリウスに、真紅のシャワーが浴びせられた。


 何が、起きたのか直後彼は理解出来なかった。

 そのシャワーの源の女性は、まるで首を掻き毟るように悶え、倒れるその姿でようやっと理解する。


「なに……を……」

 振り向きざま、小さな家に、魔法で炎を放つと、見る見るうちに、その小さな家が燃え落ちていく。

「兄さん‼ 」

 駆け寄るアルトリウスを振り払うと、サーヴァインは嬉しそうに口角を歪めていた。

「こいつらの口から、勇者様に何か聞かれたら、不味いだろ? 色々と。

 大丈夫だ。適当に貧民街のゴミを犯人に仕立てて、強盗殺人という事にすればいい」


 その言葉に、彼は食い下がった。

「しかし――‼ エリスさん達は‼ 」

 言葉の途中で、サーヴァインが彼の腹に重い一撃を喰らわせ、意識を断った。


「連れて行け」そう言うと、四聖剣に向け、彼を放り投げる。

 何も言わずに、四聖剣はアルトリウスを抱き上げると、音もなくその場を去っていった。


 パチパチと燃えるキミィの家を眺めながら、サーヴァインは歌う。




「ぼくのおとうとは、せかいをすべるおおさまになるんだよ。

 ママのために。ぼくが、かならずそうさせるんだ。

 だからいらない。

 そのおねがいをじゃましそうなそんざいは――ぜんぶ、ぼくがはいじょする」

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