幕間劇:落ちこぼれの天才 下~前半
三人は、話をする為、喫茶店という小洒落た店に入る事にした。
「おい。んだ? こりゃあ? なんで、茶店に呪印書が置かれてんだ? 」
カイイがペンペンと机に置かれていた本を叩いた。
「ははは、それは
そのアレクの言葉に「ふ~ん」と興味の欠片も無さそうに返すと「おい、姉ちゃん。酒くれ酒」と、次にはウェイトレスを呼び寄せていた。
「話を、戻そう。アレク。君が先ほど出した――あの、カイイの刀を防いだ透明な光の壁。あの話を聞きたい」
キミィの言葉に呼応する様に、手元に置かれていたレモン水の氷が溶け「カラン」と綺麗な音が奏でられる。
「ああ……うん。多分、世界の中心。魔王の城のある、あそこを覆っている障壁と同じ性質の物だと思うよ。
生命体エネルギーと、科学化エネルギーによって、魔力エネルギーに変換出来るものを可解化魔法と言うんだけど、さっきのは、それによって変換が出来ない特殊体のもので不解化魔法と言うんだ」
そう言うと、アレクは肩から掛けていた鞄から紙とペンを出すと、カリカリと図式を書き始める。
「あ、ああっと……アレク。ごめん、難しい話はよく解らないんだが……確かパラケルも『計算』とか『不解化魔法』とは、言っていたな……
つまり、君は、パラレルがまだ出来ていない事を、し終えていると、考えて問題ないだろうか? 」
走らせているペンを止めると、丁度ウェイトレスが、酒のグラスをカイイに持ってきた。
それを、くんくんと嗅ぐと、躊躇いなく一気に煽る。
「お? 」
一言、そう呟いたかと思うと、テーブルの物が浮く位の勢いで、カイイは突っ伏した。
「剣師⁉ 」
「ええ‼ 今、
アレクはそう言って、カイイの束ねた後ろ髪から、その場にあったレモン水をぶち撒いた。
「すまなかったね、アレク」
アレクの案内で、宿まで歩く事になったキミィが、カイイをおぶりながらそんな事を言ったので、アレクは手を力いっぱい振るって恐縮する。
「いや、気にしないでよ……それで……それでね? キミィ……もし、君が良ければなんだけど……」
少し、前を歩いていたキミィは、不思議そうに振り向いた。
夕暮れ時だというのに、この街は、彩られた光に飾られて。それが背景となってアレクの影を映し出している。
「話を……聞きたいんだ‼ 外の……バレンティア以外の国の事とか‼ 」
「……先もそう言っていたね?
どうして、そんなにこの国の外の事が気になるんだい? 」
キミィは、アレクの表情を窺うと、再び振り返って歩を進める。
「まぁ、いいよ。宿も案内してもらったし。アレク。
俺が教えれる事でよかったら」
次の瞬間。背中越しでもはっきりと手に取る様に、彼の高揚した気持ちが解った。
「ほ、本当かい‼ じゃ、じゃあ、一分が惜しい‼ 急ごう‼ 」
そう言うと、キミィを追い越し、アレクが「早く早く‼ 」と急かす様に手招きをしている。
「やれやれ。こっちは大人一人背負ってるってのに……」
そう、溜息混じりながら、キミィの言葉には嬉しさの様な感情が混じっている。育ての親とも言えるスカタ四世から、魔王討伐を命じられ、師であるカイイと長い間二人旅を続けていたから、こうやって歳の近い者と会話する機会が有るなど、考えても居なかったからである。
「へぇえ~~、すっごいなぁ……」
質素な部屋のベッドで大きな鼾をかくカイイを尻目に、アレクはキミィの武勇伝に浸っている。
そんな様子を、微笑ましく眺めながら、キミィは再度尋ねた。
「何故、そんなに知りたいんだい? 」
すると、アレクは尋ねたキミィよりも、不思議そうな顔を浮かべた。
「だって……‼ 色んな事を知れれば、新しい事を思い付くだろ? そうすれば、今は助からない病気や怪我の治療法が見つかるかもしれない。
ひょっとしたら、今まではそれで助からなかった人が『死なない』様にもなるかもしれない。
そう、考えただけで」
そこで、アレクは「はっ」と、何かに気付いた様に言葉を止めて、首を横に振りながら続けた。
「ううん。違うな……
一番、根本的なのは。
ボクが、知りたいから。
そう……
知らない事を、知る時の喜び。
それが、一番……優先なのかな」
アレクは、少し寂しそうに笑みを浮かべる。その様子で、キミィは確と、己の心、直感に従う事にした。
「アレク。魔王の結界を破る術を。君に委ねたい。
俺達に、協力してくれないか? 」
空気が止まった様な、そんな静けさが部屋を包んでいた。その空気を言葉によって砕いたのは、当事者の二人ではなく。
「キミィ。油断しすぎだぜ」
二人がその声に、振り向いた瞬間。
バリィィイイン――と、けたたましいガラスの割れる音が、部屋を裂く。正に一寸前とは真逆の状況だ。
「魔族⁉ 」キミィは、素早くアレクの盾になるが如く、彼を背に隠す。
「……いや、こりゃ様子が違うな」
それは、人の様な形体を持つ、しかし、顔の様な部分には、何一つ機関が備わっていない。その姿は例えるなら。
「のっぺらぼうかぃ?――」
カイイは、はんっ。と鼻を鳴らすと、ゆっくりと、その得体の知れない者に近付く。
「あ、あぶな⁈ 」慌てるアレクを制すると、キミィは首を横に振った。
「大丈夫。カイイは、俺の剣の師でもあり、武芸を志している者にとっては、正に目指すべき場所。そこに居る人物、つまりは――到達点」
アレクはようやく気付いた。この異常事態に、キミィは一切の動揺を見せていない。
何故か。その結果をしれば、その答えはいとも容易く知る事だろう。
範馬魁夷は――。
「ワギャアアア」か「ドギャアア」か。どちらにせよ、それは言葉とも言えない様なものだった。そのまま、攻撃か。それとも、ただ突っ込んで行くようしか思えなかった。
カイイに向かい、その得体の知れない者は、突進を試みたのだ。己の身がどうなろうと構わない。正に自分を武器としたような行動。
「神威一振流……」
キミィが不安に震えるアレクに説明する様に呟いた。
「神の威を模して、一振りにて、相手を仕留める。
その名の由来通り、その剣戟は」
「奥義……
キン――と、綺麗な。まるで鉦が鳴る音が短く、響いた。
そこからの光景は、正に異様。
飛び込んでいたあの得体の知れない者が、動きを止めると、ふらふらと狙いを定めていたカイイの横をすれ違う様に、彷徨った。
そして――。
バンッと、遥か遠くから響く花火の音の様に。それが聴こえると同時に。それは、砕かれ、部屋中に破片となって飛び散る。
「ふん。他愛のない……」
そう、決め顔で決め台詞を言った瞬間「おうええぇええ」と、カイイは豪快に吐瀉物をぶちまけた。
範馬魁夷は――人族でも豪傑の中で、更にその最先端に居る。正に――最強。
「妙だな。これは魔族ではない。無機物に生命力を与え、具現する……これはまるで、精霊力……」
その者の遺体を調べながらキミィが呟いた。
「
その声には、確信のトーンを帯びていた。キミィがアレクに振り向く。
「人造精霊? 」
アレクは、明らかに冷や汗を顔に見せ、こくり。と頷いた。
「今、バレンティアの国家予算ほとんどを費やしている研究だよ。精霊を造って、
その原動力は……生物の生命」
「失敗したか……まぁいい。
奴らには、解らせておかなければならまい……
全てを
宿の外、離れたビルの屋上で、姿を丸々隠していたその者は、月を背に、キミィとアレクの姿を見て、静かにそう呟いた。
不気味な気配を全て包み込む様に。
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