幕間劇:白騎士 凱旋

 ――国王殺害。

 その緊急事態は、王国の上層部を根本から揺るがした。

「サーヴァイン殿は、まだ戻られぬのか? 」

 そう叫んだ、眩いばかりの装飾品に身を包んだ男に、となりの白いローブの老人が返す。

「観客の話では、王を殺した相手は『勇者』じゃとサーヴァインが言っていたらしい。問題は、何故サーヴァインがその事を知っていたかじゃ。そして、もし本当に勇者が叛逆を起こし、我が国に刃を向けたのならば。

 そこに居たサーヴァインも生きてはおるまい」


 その、白いローブの老人はアポトウシス王国にて、ただ一人の『賢者職』の者。若かりし頃は、スカタ三世と共に、魔族に立ち向かった歴然の戦士であり、現在は国王に次ぐ発言力を持った者といえるであろう。


「では、どうする‼ どちらにせよ、この事が国民に知れるのは時間の問題‼ そして、そうなれば王国は傾く程の大事件になる‼ 」

 髭だらけの獣の皮を被った男が、頭を抱えながら泣き言の様に言う。


「アルトリウスを、王に。スカタ五世の襲名をさせるしかあるまい」

 賢者の老人の言葉に、その場の全員の視線が集まった。


「今、アルス様は、どちらに? 」

 若い貴族の男性が、隣の男に尋ねる。

「魔竜騎士グランディアの残党狩りに、ニライカナイ諸島に出ているはず。戻るには、早くても数日は要するだろう」

 その言葉に、賢者の老人は言った。

「アルトリウス凱旋までは、国民には国王の影武者にて姿を確認させよ。

 本日、ここで話した事は、アポトウシス『十権人じっけんじん』のみ知り得る超極秘機密として、外部への他言を一切禁じるものとする‼ よいな‼ 」

 その号令に、全員が立ち上がり、左胸に掌を当て、一斉に礼を行う。

「我らが国家。アポトウシスの為に! 」全員が合わせた様に、その声は重なった。



 ――数日後


 若き騎士、アルトリウスは、優秀な部下が全く追いつけない程の速度で、愛馬を駆けらせ、己のくにへと走っていた。

 馬と、揃いの蒼銀の鎧に身を包み、兜は見通しを遮る為外した。

 その為、その整った端正の顔つきと、美しい黒髪が、風を受け、靡く。

「おい。あれ‼ あの鎧馬‼ ハクトだ‼ という事は……アルトリウス様だ‼ 皆‼ アルトリウス様が帰ってきたぞーーー」

 門番と、門の近くに居た国民が、そう叫ぶと。

 並んだ店。或いは民家。教会。様々な職種の者が、仕事の手を止め、彼を国民全員で迎える。

 ――参ったな。

 今は、一刻も早く事実の詳細を得たかった彼は、その対応に難色を示したが、すぐに笑顔を浮かべると、愛馬の手綱を緩め、優雅にそこを通る事で、その気持ちに応える。


「アルトリウス様~~」

 中には、幼い子ども達が羨望の眼差しを向けている。

 ――懐かしい。

 彼の記憶の自分がその少年に重なる。

 ――キミィ様……



「よくぞ、戻ってくれた。アルトリウス……いや『白騎士』よ‼ 」

 賢者の老人の背後には先の会議に参加していた九人の国の上層部達。その間にはそれ以外の人物は誰一人入れない厳重体勢だ。


「父上と、兄上が殺されたと聞いた。しかも――それを犯したのは『勇者』キミィ・ハンドレットと、いう情報はまことか⁉ 」


 賢者の老人は、白髪の髭を擦り、真直ぐに答えた。

「うむ。我々の中に、偶々今回の見世物に参加した者が居なかったが。信頼出来る者の人伝でに聞いた限りでは。

『勇者』キミィ・ハンドレットと思われる男は、処刑される直前の淫魔の娘を助けに、舞台に乱入。その際、駆け付けたサーヴァインによって彼が勇者だと、会場の者に伝えられたそうだ」


 アルトリウスは、眉を下げた。

「兄が……確かな情報ですか? 」

 賢者の老人は頷く。そのまま話を続ける。

「その後、更に乱入したスカタ国王と『勇者』は交戦。

 観客の目の前で国王を殺害。

 それからは、観客が混乱に陥った為、詳細は不明。

 現在の追走部隊、捜索部隊のから入った情報では。見世物会場の方は、完全に燃やされ全壊。死者は残った遺体部分だけでも、三〇は下らない人族、魔族、半魔族を確認。国王殺害後、『勇者』と交戦したと思われるサーヴィンは行方不明。

『勇者』キミィ・ハンドレットと思われる遺体は無し。

 追走部隊から、足取りを追っているが、手掛かりも無い」


 アルトリウスは、一息つくと額の汗を拭った。


「それで、僕はどうすれば? 」

 その言葉を待っていた様に、賢者の老人は頷いた。

「第二王子にて、『白騎士』アルトリウスよ。我ら十権人の権力にて、其方をスカタ五……」

 そこまで言った時、部屋の外がいやに騒々しくなる。まるで産気づいた馬でも居るのではないかと言う程だ。


「何事か? 」煌びやかな装飾品まみれの男がそう、呟いた直後であった。


 何人もの「お止め下さい」と言う声と同時に、扉が激しく開かれた。

 アルトリウスを除く十人は一斉に扉の反対側へと脱兎の如く逃げ込む。


「兄上……‼ 」

 アルトリウスの言葉の後、賢者の老人が、兵士にまとわりつかれた漆黒の鎧騎士を確認した。

「サーヴァイン……‼ 生きておったか‼ 」

 しかし、黒騎士は声を発さない。不審に思った賢者の老人はその者に近付く。

「の、のう? 其方が本当にサーヴァインなら。

 その鉄仮面を外し、顔を見せてみるがよい」

 そう言って手を伸ばしたが。

 その手を、黒騎士は掴む。直後「ボキンボキン」と――二つ。太い棒が折れる様な音がした。

「あんぎゃああああ‼ 」賢者の老人が、不自然に曲がった自分の両手を見て叫んだ。

「ぶれるな……‼ 」

 触れるな――そう言ったのだろう。アルトリウスは理解した。この漆黒の鎧騎士は確かに兄だ。そして、現在。恐らく彼は鉄仮面を外せない程のダメージをその鎧の下に帯びているのだ。

「兄上――事態を詳細に教えてくれますか? 」

 その言葉に、黒騎士は彼の耳元に近付いた。彼にしか聞こえない様に考慮された行動だ。

「あのごどがげんいんじゃない……

 やづば。みずがら……まぞぐにねがえっだ……」

 アルトリウスの瞳が見開いた。

 そして、十権人の方へ向くと、宣言した。


「国王の名を継ぐには『勇者』いや。『叛逆者』キミィ・ハンドレットを討ち、先代スカタ四世の無念を晴らす必要が有ります。

 これより、僕、アルトリウス・ジェイドと、サーヴァイン・ジェイドは、キミィハンドレットの討伐にあたります‼

 離れる間、皆さん、国を。アポトウシスをお願い致します‼ 」


 これより、人族の超人同士の長き戦いが幕を開いたのであった。

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