第6話 魔女の病気
「本当に行っちゃうの!?」
「あぁ、すまない」
「なんで!? ずっと一緒って言ったじゃない!」
「僕だって! 僕だって、君と一緒にいたいよ……。でも、それは無理なんだ」
「だからどうして!?」
「僕が、この世の人じゃないからさ」
──僕のこと好きでいてくれる?
分かってたの。結ばれないことは……。でも! 好きになっちゃったから……。
次回最終話──
「なぁ、これ面白いか?」
おれの作った雑炊を食べ終わった茉莉は再放送のドラマに夢中だった。
一昔前のドラマらしく、今では大御所と呼ばれる俳優と女優が若い姿で見ているこちらも恥ずかしくなるようなセリフを叫んでいる。
てかこれ最終回の1話前だったのかよ。同理で内容がわかんねぇはずだ。
「面白いのかなー? 分かんないや」
彼女は小さく首を傾げた。
「わかんねぇーのかよ」
無表情の彼女にそう言い放つと、空になった器を手に取り立ち上がる。
「持っていくくらいするよ?」
「ばーか。病人にそんなことさせるかよ」
表情に変化は無いものの、纏う空気がどこか拗ねたように感じられた。
そんな気遣うならゆっくり寝て休んでほしいぜ。
器に水を張りシンクに置き、おれは茉莉の元へと戻る。
「てかさ、魔女でも病気になるんだな」
再放送ドラマが終わり退屈なのか、次々とチャンネルを変えている。
しかしちょうどお昼の時間帯ゆえ、ニュース番組以外放送していない。
「ホントはならないんだよ?」
「ん? どういうことだ?」
「魔法使えないようになってるからね。本来、私の中にある魔術回路で病原菌は排除されるはずなの。でも、それが動いてないから──」
「風邪引いたってことか」
彼女は電源ボタンを押し、テレビを消しながら頷く。
てことは風邪ひくのはじめてってことかな。
「とりあえずゆっくり休めな?」
それだけ言い、彼女の肩に手をやりゆっくりとベッドに倒す。彼女は反抗するなくベッドに体を預けた。
「じゃあ、おやすみ」
薄紅色の瞳は伏せられ、長いまつげが目を縁どる彼女におれはゆっくりと布団をかぶせる。
それとほぼ同時に彼女はすーすーと規則正しい寝息を立て始めた。
よっぽどしんどかったんだな。
キッチンへと移動し、先ほど水を張った器を洗いながら思う。
泡立つスポンジで丁寧に洗い、水で洗い流す。これだけの作業をするのにそれほど時間はかからない。
それが終わった瞬間に静寂が訪れる。いつものようなテレビの音もなければ、茉莉の声すらない。
あぁ、1人ってこんなだったんだ。
茉莉の存在が自分の思っている以上に大きかったということに。
「宿題するか」
高校には週末課題という名の宿題が存在する。それは週末にするにはあまりに量が多いふざけたものだ。しかしこれをこなさなければ一人暮らしを始めた意味が無い。
テーブルに向かって腰を下ろし、配布された数学のプリントを広げる。
まだ入学して間もないので別段難しいを訳でもない。
ただ展開して、因数分解をする。それの繰り返しだ。
プリントを始めてからおよそ20分。不意にスマホが震えた。
なんだよ。
いい感じに集中でき始めた頃合いだったために少しの苛立ちを覚えながらも、手にしていたシャーペンを置き、スマホのロックを解除する。
「LINEかよ」
高校進学と同時に与えられたもので、電話帳には家族以外誰も入っておらず、LINEですらも友だちの数は8人と中学のときに仲良かったやつ以外は登録してない。
メッセージなんて来てないぞ?
ステータスバーには間違いなくLINEの通知は来ている。しかしメッセージがポップアップしていないし、トーク画面にもメッセージが届いた様子はない。
「なんなんだ?」
そう呟くと、またLINEの通知がやってくる。やはりメッセージは届かない。
「だから──」
なんなんだよ。そう呟こうとした瞬間。おれには馴染みのない場所に2、というマークが付いていた。
友だち……? おれ誰にもLINE教えてないぞ?
不思議に思いながらも、マークのついている友だちの表示をタッチする。そこには招待されているグループという欄が新たにできていた。
「招待って……なんだよ」
──3組平沢組
何とか組って、ヤバい組織みたいじゃねぇーかよ。まぁ、たぶんこれは俗に言うクラスLINEというやつだろうな。
おれ、3組だし。担任平沢だし。
何となく察しはついていた。しかしここで無視をするとこの後の高校生活に支障をきたす可能性が大いにある。
めんどくせぇ。
そう思いながらもグループ名をタップして、グループに参加をする。
同時に通知音がなり、画面の上部にメッセージがポップアップ。
──永月くんだよね? よろしくー。
明日香というアカウントがおれに話しかける。
明日香……。誰だっけ……。
「あぁ、よろしく」
はっきり相手が誰か分かっていないが一応そう返し、1とついたままの友だちの画面に写る。
えっ……。
声にならない思いが駆け巡る。QRコードから追加されました、と記載はあるも、おれは誰かにQRコードを教えた覚えはない。
それに名前がunknownとなっており、プロフィール画像には黒い背景に紫色の文字で大魔王と書かれたそれが適応されている。
「な、なんなんだ……」
不気味以外に感じるものはない。瞬間、スマホが震えLINEの通知がくる。
──なんか素っ気ないんだけどー。私のこと分かってる?
そのあと連続で通知がくる。
──委員長、グイグイいくねー笑
──イチャイチャ禁止ー
共にプリクラがプロフィール画像となっている男子の発言だ。
──そんなんじゃないよー
続けて困ったような顔のスタンプを送る明日香。
ほんと誰だっけ……。でも、確実に明日香って人はおれが誰か分かってるよな。LINE名は、本名と同じ拓武だ。
それで永月と呼びかけて来たんだ。長い付き合いってことなら……。
「もしかして西明寺か?」
声に出しながら文字にして、グループに打ち込む。
──そうだよ
思った以上にはやい返信がやってくる。合っててよかった。
そんな安堵に包まれながら、おれはスマホをテーブルの上に置こうとした。瞬間、またスマホが震えた。
音もなく震えたスマホの画面には、LINEのメッセージがポップアップしている。
「魔女狩りはすぐそこに……ってどういう意味だ?」
メッセージはunknownの大魔王からだった。
──そのままの意味だ。魔女の増えすぎたそれを排除する。
「……な、なんなんだ」
理解が追いつかない。その上、まるで監視されているかのタイミングで続きの文章が送られてくる。
そしてまたスマホが震える。
──よく考え、理解しろ。これがお前の選んだ道なんだ。魔女を受け入れ、この戦に足を踏み入れたのはお前だ。
戦なんておれは知らない。足なんて踏み入れてないし、入れたくもない。
でも──。振り向けばそこにいる茉莉の姿。安らかな寝顔を一瞥して、おれは呟く。
「お前は、おれが何とかしてやるよ」
まだ1週間も経ってない。でも、おれは彼女といることを日常と受け入れている。
現状ははっきり言って理解できていない。だからこそ、まだ彼女に何も言わないつもりだし、三ヶ月間は一緒にいる。
新たな決意を胸に抱きながら、今度こそスマホを置きシャーペンを握り直し、宿題に向き直った。
「うぅ……」
「起きたか?」
僅かに零れた彼女声に反応する。
「うん」
「よく寝れたか?」
「まぁね。でも、まだちょっと眠いかな」
「熱あったしな」
終わりに近づいた宿題をする手を止めて、茉莉の顔を見る。まだどこか辛そうな表情ではあるが、眠る前と比べては格段に良くなった。
そんな彼女の額に手を当てる。
んー、まだ微妙だな。
「お腹減ってるか?」
茉莉はかぶりを振る。
「そうか。なんかあったら言ってくれ」
「ありがとう」
掠れた声でそう言うと、彼女は口端を少し緩めた。
「……えっ。いま笑った?」
驚きのあまり声に出すと、彼女は表情を消して言う。
「笑えてた?」
「微笑みって方が近いかもだけど、笑えてたぞ」
「……そっか」
嬉しそうな声音と同時に、先ほどと同じ微笑みを浮かべた彼女。人間ならあたり前のそれが、今のおれにはとても新鮮に感じて胸に込み上げてくる何かがあった。
茉莉は魔女なんかじゃない、人間だ。おれと同じ人間なんだ。
「まぁ今日は1日寝て、明日には元気になれよな」
頭を撫でてそう告げると、おれは彼女から視線を逸らす。
今までになかった表情がおれの心を揺らし、動揺させる。このまま彼女を見ていたらおかしくなってしまうような、そんな気がした。
宿題に向き直り、生まれたばかりの感情を抑えつけ、おれはただただ問題に集中した。
部屋に差し込んでいた陽光は、茜色になった。伸びる影は、東側に。
そしてちょうど午後五時半を告げる放送が聞こえた。
「時刻は五時三十分。良い子の皆さんは、暗くなる前に家に帰りましょう」
そのアナウンスとともにふるさとが流れる。
「あはは、帰るぞー」
「ちょっと待ってよー」
外から僅かだが聞こえる幼い声。この音楽が帰る家へ帰る合図なのだ。
そう言えばおれもこの音楽で帰ってたっけな。
そんなことを思いながら腰を上げる。
「さぁ、飯でも作るか」
「ねぇ……」
瞬間、おれの耳に茉莉の声が届いた。
「どうした?」
振り返って彼女の顔を覗く。しっかり布団を被った彼女は暑かったのか、額に玉の汗を浮かべている。
「大丈夫か? ちょっと待ってろよ」
急いで脱衣場からタオルを持って来て、彼女に渡す。
「ありがと」
部屋に差し込む茜色の光と暑さからか、朱に染められた頬が相まって彼女の顔はとても色っぽかった。
「おうよ。で、起きていきなりなんだが……お腹減ってるか?」
「ちょっと減ってるかな」
「そっか。なら元気になってきてるのかもな。ちょっと待ってろ」
とは言ったものの、なんかあったっけ……。茉莉が寝てるうちに買い出しにでも行ってれば良かったかも。
今更感のあることを考えながら、冷蔵庫を開ける。
うわぁ、やっぱり。どうしようか。
冷蔵庫の中はほとんど空っぽと言えるものだった。まぁ、本来なら今日買いにいく所を茉莉のことで頭一杯で行けてないんだもんなー。
それから確認の意もこめて冷凍庫を開ける。
「あっ……」
そこで病人にとっても食べやすいであろう食材を発見した。
それから十数分後。
「お待たせ」
両手に丼鉢を持って、彼女の前に出た。
「ごめんね。私のせいで」
「何言ってんだよ。病気してんだから、何にも気にするな」
ほらよ、と付けたしおれは手に持っていた丼鉢をテーブルの上に置く。
茉莉はもそもそと布団の中から出てくる。
「うわぁ、なにこれ」
「知らないか?」
「うん。ラーメンなら知ってるんだけど、白い麺は知らない」
「そうか。これはうどんって言うやつだ。まぁ、食ってみろ」
ニコッと微笑みながら彼女にお箸を渡す。ありがとう、と告げながらお箸を受け取った彼女は両手を合わせた。
「いただきます」
いつも通りそう言ってから彼女はうどんに手をつけた。
マジで冷凍うどんがあって助かったぜー。
ふーふー、とうどんに息を吹きかけ冷やしている彼女を見ながらそう思う。
「美味いか?」
うどんを吸い上げたのを確認してから訊く。
彼女は無表情のまま頷いた。
「すっごくおいしい!」
「それは良かった」
その言葉に極上の笑顔が付いたら最高なんだけどな。
「んじゃ、おれも……」
両手を合わせていただきます、と言ってからツルツルとうどんを吸い上げる。
ダシと卵が絶妙なバランスでマッチしていてかなりいい味付けになっている。
はっはっはっ、我ながら最高の味付けだわ。
「あっ、そうだ。茉莉?」
「何?」
一心不乱にうどんを食べていた茉莉が、おれに視線を寄越す。
「大したことじゃねぇーけど、食い終わったら服着替えたら?」
「ど、どうして?」
あまりに突然過ぎたのか、彼女は驚きを隠せないように自分が着ているピンク色のパジャマを抱きしめる。
「たぶん汗かいてるだろ? それずっと着てたらまた風邪ひくかなって思ってよ」
「そんなことあるの?」
「知らん。が、あったら困る」
「そ、そうだね」
茉莉はベッドの上で見せた微笑みを浮かべた。
やはりそれは天使のようでおれの心を揺さぶる。
「なんか服あったか?」
「持ってきた魔女の服ならあるよ?」
「あんな寝にくい服あるかよ!」
「えぇー、たぶん思ってるより着心地いいよ? あっそうだ。今度着てみる?」
「誰が着るか!」
「えぇー、似合うかもよ?」
「似合わねぇーよ! まぁ、とりあえず今日はおれの服貸すからそれ着て寝ろ」
「はーい」
うどんを食べ終えた彼女は、おれの部屋着に着替えたあとすぐに眠りについた。
「とりあえず、明日はスーパーに買い物とあいつの私服をもっと買ってやらねぇーと」
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