『運命の竜』~魔法使いと騎士~

野良・犬

~魔法使いと騎士~

~魔法使いと騎士~プロローグ


 1人の小さな女の子は、眠気の抜けない目を擦りながら、母親へお願いをする。

…おかあさん、ごほんをよんで…

 それは何回も何回も、本がボロボロになるまで読み、そして読んでもらった物語。

 女の子と同じ名前の主人公が登場するお話。

 自分にすがり付いて来る我が子の頭を撫でながら、母親は優しい口調で答えた。

…わかったわ…

 娘の手を取り、暖かい暖炉のそばに腰を下ろして、娘が大好きな本を開く。

…じゃあ、続きを読む前に、今まで読んだ本のお話のおさらいをしましょうか?…

…うん…

 女の子は目をキラキラさせて、胸躍る世界の話を今か今かと待った。


---[01]---


 お母さんもそれに答えるように微笑んで、そして語りだす。




 大地では動物が元気よく駆け回り、空はドラゴンが青い空を縦横無尽に飛び回る世界。

 それだけ広く、そして高い世界。

 人は動物やドラゴンと仲良く生活をしていました。

 そんな時、青い空から1頭の黒きドラゴンが大地へと舞い降りたのです。

 それは力と進化を司る神様。

 ドラゴンの姿を持つ5頭の神様、「五神竜」の内の1頭でした。

 人はすぐにお願いをします。

『私に、あなたのように空を飛ぶ事の出来る翼をください』

『私に、動物に負けないくらいの足をください』


---[02]---


 ドラゴンのように空を飛べない自分、動物よりも力が無く弱い自分。

 人は他の生きモノに負けたくなかった…ただそれだけだった。

 そして、神様は叶えた。

 1人や2人じゃなく、10人や20人でもなく…、人だけでもなく、この大陸に生きるすべての弱き者達の願いを叶えた。

 叶えて、叶えて、叶え続けた。

 全ては弱き者のため、自分の住まう土地で苦しむ者を無くすため…。

 でも、それは長く続かなかった。

 何千、何万と願いを叶え続ける中で、神様の中で何かが壊れた。

 机の上から落ちたお皿のように、何かをする間もなく砕けた。


 それがすべての始まり。


 神様は叶えた。


---[03]---


 誰からの願いも、全て叶えた。

 でも…、それは歪んだモノだった。


『空を飛びたいというのなら叶えよう』

 願いは叶った。

 鳥のように綺麗な白い羽を貰ったんじゃない、ドラゴンのような大きく丈夫な鱗のついた翼を貰ったんじゃない。

 人の体が、鳥のようにドラゴンのように飛べる形に変わった…。

 空を飛ぶ事に言葉はいらないと、口が無くなった…。


『力が…、強い力を持った体が欲しいなら叶えよう』

 願いは叶った。

 石のように固い皮膚を得て、大木のように巨大な腕を得た…。

 力を使うのに考える必要はないと、考える事が出来なくなった。


---[04]---


 神様は壊れてしまった。

 ありとあらゆるモノの願いを叶えた…、進化させるため、その先へと歩ませるため…。

 願うきっかけになった悲しみ、恨み、憎しみ、全てを受け入れ、それを乗り越えるための力を与えて…。

 受け入れた感情はあまりに多く、その感情自体が神様の力に反応し、その体の中で進化をし続けた…、力を膨らませ過ぎた。

 神様の心は2つに分かれてしまった。

 弱きモノに手を差し伸べ、力を与え進化を促す善神と、強欲にも力を求め貪ろうとするものに力以上の対価を求める悪神と…。

 元に戻ろうとする善神としての神様は、暴走する悪神の神様に封じ込められ…、1頭の神様は邪神様に変わってしまった。

 人じゃなくなるモノ、動物じゃなくなるモノ、のちに魔物や魔人と呼ばれるモノ達の誕生。


---[05]---


 大地のあちこちで戦いが始まった。

 今まで家族だったモノが、友達だったモノが、相棒だったモノが…、自分たちに牙を剥いてきた。

 ただひたすらに、際限なく現れる魔物…、魔人…。

 恐怖が世界を包んだ時、1人の少女が立ち上がったのです。

 その名を「アリエス」。

 大事なモノを守るため、大事な世界を守るため、人々の「生きたい」という願いを叶えるためにアリエスは戦った。

 魔物と…、魔人と…、あの邪神様にも向かっていった。

 でも敵わなかった。

 それはアリエス自身も分かっていた事、ただの人間が神様に敵う訳がなかった。

 そんなアリエスに手を差し伸べたのは、その姿を見た人々。


---[06]---


 そして邪神様と同じ、残る4頭の神様達だった。

 自分のためではなく他人のために命を投げ出すアリエスのため…、自分を見失い望まれるがまま力を使い続ける同胞のドラゴンのために…。

 アリエスは戦った…。

 でも、邪神様の体は、何回もの進化を繰り返す中で変わってしまっていた。

 幾億もの傷を負っても、瞬く間に回復をしていく皮膚、衰える事を知らない魔力。

 あらゆる攻撃も、邪神様の心臓を貫く事が出来なかった。

 そしてアリエスに力を貸してくれた神様達も次々と倒れていく。


 ある神様は、その魂を砕かれ…。

 ある神様は、魔力を使い果たし…。

 ある神様は、人の盾となって肉体を破壊された…。


 しかし、今までの戦いは無駄ではなかった。

 人々の邪神様を倒そうとする強い意志が、その体に封じ込まれていた善神としての神様を呼び覚まし、先頭に立って戦うアリエスへと手を伸ばす。


---[07]---


 その瞬間、邪神様になってしまった神様に代わる新たな神様が生まれた。


 「共存」を司る新たな五神竜の誕生。


 そして五神竜の枠から外れた邪神様の力は弱まり、倒す事は出来なかったものの封印する事に成功する。

 新たに生まれた神様は封印を完璧なモノにするため、命を賭して「封印の鍵」となり、それを永遠に守り抜こうと、倒れていった3頭の神様達と、生き残った神様が「封印の杭」となってその魂を大地に打ち込んだ。

 それが1つの時代の終わりであり、新たな時代の始まりの鐘と鳴った。




…昨日まで読んだ分はこのぐらい。と言っても、「アリエス」ちゃんは覚えているわよね?…

…うん!…


---[08]---


 満面の笑みを浮かべて頷く娘に、母親も釣られて笑顔になる。

…おかあさん。つづき、つづき読んで…

…はいはい。慌てないで、時間はたっぷりあるんだから、そう…、たっぷりね…

 話の続きを急かす娘の気持ちを和らげようと、母親は頭を撫でる。

 気持ちよさそうに目を細める娘。

 こんなにも喜んでくれるのならと、母親も意気揚々と新たなページを開いた。




 これから読み進めていく物語は、邪神様の封印の後、新たな時代が始まってから数百年以上が経った世界。

 空からはドラゴンが消え、大地には魔物もいまだ多く残る世界。


---[09]---


 「魔法使いガレス」と、もう1人のアリエス、「騎士アリエス」の出会いと冒険。

 多くの仲間との出会いがあり、それと同じく、悲しい別れもある物語。

 過去の邪神竜との戦いは、伝説として、昔話として、詩人の歌として、長い月日を経てもあらゆる手段で言い伝えられていた。

 過去の過ちを忘れぬようにと。

 自らの欲のままに進化を求める者はいない。

 誰もがそう信じ、自分もそれを望まない。

 進化する事をやめ、今ある平穏を保ってきた世界は、今、大きな変化を迎えようとしていた…。


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