第12話 ルイ編(2)

無事に美術部の絵のモデルも終わり、ようやく解放されたと安堵しているのもつかの間、夏休みは終わり、二学期はすぐにやってきた。


あいかわらず、女子生徒達から注目を浴びているのは、もう慣れっこで適当にスマイルで返すのが日常だった。

昔から中世的で、どちらかといえば日本人離れした容姿に、周りからはもてはやされたし、僕自身も友好的&紳士的に接するほうが相手が敵にならない、いやむしろ僕に憧れたように接してくれるので都合がよかった。


特定の彼女は作らない。

かと言って、女好きでもないし、女遊びをするわけでもない。

そもそも、学校内で恋愛とか楽しむような気持もなかった。

適当に、うわべだけの男友達とつるんでいる、ただの高校生活を送るはずだったのに、それは、この二学期で大きく変わってしまった。


美術教師、松川美奈が僕に恋をしてしまったからだ。

その、変化は、うすうす周囲の生徒が気づくようになるくらい、松川先生は周りが見えなくなってしまった。

担任でもないのに、ことある事に僕に授業の準備を手伝ってほしいと言って呼び出し、僕と一緒についてきた女子生徒達がいると不機嫌になっていくのが手に取るように分かってきた。

松川先生は優しい言葉を僕にかけながらも、その言葉は妙に気持ち悪くて僕は自然と松川先生を避けるようになってきた。


もちろん、周囲の女子生徒達も、その不自然な光景を目にすると、松川先生に対する風当たりが明確に強いものになってしまった。

事故、いや事件はそんな最中に起きてしまったのだ。

11月25日、その日も、僕はさすがに美術の授業だけは、松川先生を避けるわけには行かず、重い足を美術室まで運んだ。

それをさっしてか、周りの女子生徒達が僕を囲むように歩いている。

そして美術室に入ると、その内の一人が大きな声で言った。

「みんな、全員いる?」

「オッケー、みんないるよ。」

そんなやりとりの後、ガチャッと音がした。

美術室の入り口に鍵をかけたのだった。

まだ松川先生は来ていないのに、さすがにそれはやばくないかと男子生徒達の声が上がったものの結局、誰一人その鍵を開けにいく生徒はいなかった。

間もなくして松川先生がやって来たのが分かった。

ドアを何度か開けようとしている音が伝わってくる。

ただ、その音だけが美術室に響いている。

その、光景に笑いが止まらなくなった生徒が、笑いだすと、一気にみんなの緊張感がとけて大きな笑いへと変わっていった。

女子生徒の一人がまた大きな声で言った。

「松川先生、今日の美術の授業、自習ですよね。」

もちろん、その声に返事はなく松川先生の姿がドア越しのガラスから見えていたのも、いつのまにか消えていた。


「いい気味じゃない。」

「そうよ。江崎くんに付きまとって自分の歳も考えなさいよ。」

「本当よね。江崎君の優しいところをつけ込んで独占欲むき出しなんて気持ち悪いよね。」

もう言いたい放題で、さすがに聞くのが辛くて耳をふさぐと、そのまま顔を机に伏せてしまった。


やがて数分後には入り口の鍵は開けられた。

そう、職員室に予備の鍵があるのは、周知の事実だった。

きっと、生活指導の林野先生なんかが一緒に来て、全員きつく叱られるに違いないと顔を上げると、そこには、涙で顔がぐちゃぐちゃになって、怒りで震えあがっている松川先生が一人で立っていた。

もう教師という立場の人の顔ではなかったと思う。

女子生徒達もその姿にひるんでしまっている。

でも、ただ一人の女子生徒があいかあらず松川先生に言葉を浴びせた。

「先生、今日は自習ですよね。」

夏休み、美術部の絵のモデルを頼まれたときに、松川先生から部室を退室するように言われた女子生徒一人の根岸さんだった。

きっと、あの一件以来、松川先生に対する不快感が頂点まで来ていたのだ。

彼女をにらむと、松川先生は、ゆっくりと美術室の道具箱ある棚まで行き、手に彫刻刀を握りしめた。

一瞬の出来事だった。

悲鳴が校舎中に響き渡った。

「先生、だめーやめてー。」

美術室がパニックになった。

根岸さんに馬乗りになった松川先生が彫刻刀で何度も刺している。

数人の男子生徒と、騒ぎに駆けつけた先生達によって、ようやく松川先生が取り押さえられると、ぐったりと意識を失った根岸さんが血まみれの中、倒れているのがわかった。




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