第三話「冒険者ギルドとブラック企業の違いを述べよ」
1.走れ走れ走れ
「走れ走れ走れ! 追い付かれっぞ!!」
薄暗い地下道の中を、俺達は逃げ惑っていた。
背後から迫りくる敵の動きは素早く、全力で逃げ続けなければあっと言う間に追い付かれてしまうだろう。
手にした古臭いランプの灯りだけを頼りに、とにかく駆ける。
地上まで逃げ切れば、連中も追ってこないはずだ……。
初仕事からこんな命懸けになるなんて……。冒険者なんぞ、なるもんじゃねぇな……。
***
「地下道の掃除……?」
なし崩し的に冒険者ギルドに登録することになった俺は、早速初仕事を押し付け……もとい、紹介してもらえる運びとなっていた。
「はい。エイジさんはご存じないかもしれませんが、この街の地下には下水道や地下墓所など、様々な施設が広がっているのです。それらを繋ぐ地下道の掃除をお願いします」
ギルドの受付の女性が、事務的な口調で淡々と仕事の内容を語る。
前に応対してくれたオバチャンの姿は、残念ながら見えなかった。冒険者になっちまったこと自体は不本意だったが、オバチャンは厚意で「ヒバリの丘亭」を紹介してくれた訳だから、一言お礼くらいしておきたかったんだがね……。
「この街の地下道、ね。相当に広そうだが……まさかそれを一人で全部やる、なんてことはないよな?」
「ええ。もちろん数人でチームを組んで頂き、指定した区画のみを担当してもらいますのでご安心を。必要な道具などもギルドから貸与します」
その後、各種注意事項やらなんやらの説明を長々と受け、デッキブラシによく似た掃除用具と角型スコップ、大型のバケツ、そして古ぼけたランプを渡されたんだが……それらを抱えた俺の姿は、どこからどう見ても「掃除のおじさん」そのものだった。
「冒険者」要素はどこへいった?
「他のメンバーの方とは現地集合となっております。盛り場の地下道入り口前で今回のリーダーの方が待機しておりますので、そちらへお越しください――」
――で、翌朝。
俺はシリィの案内で、盛り場にある地下道入り口前までやって来ていた。
そこは一見すると周囲の店舗と同じく、何の変哲もない石造りの建物に見えた。だが、入口の扉はこの街で一般的な木製ではなく鉄製の、頑丈そうなそれだった。
掛かっている錠前も冗談みたいにバカでかく、厳重に見える。
キョロキョロと周囲を見回すが、まだ今回のリーダーとやらは来ていないらしい。
少し早く来すぎたかな? 等と考えていると、通りの向こうからひと際目を引く長い金髪をなびかせながら、こちらへ走ってくる女の姿が見えた。
もしかするとあれかもしれない。
「――すまない、遅くなったかな? 貴方が新人のエイジだね?」
駆け寄ってきた女は、開口一番俺の名を口にした。どうやら彼女が
「ああ、俺がエイジだ。そういうお前さんは――」
「エリザベートだ。どうぞエリーズと気軽に呼んでほしい」
そう言って、スッと手を差し出すエリザベートことエリーズ。どうやら握手を求められているらしい。
「この世界にも握手の習慣があるんだな」等と思いつつ、そっと握手を返す。パッと見は女性らしい白魚のような手だったが、実際に握ってみるとちょっと硬い感じがした。
握手をしつつ、改めてエリーズの様子を窺う。
キリッとした、「可愛い」というよりは「ハンサム」という言葉が似合う美人だ。年の頃は二十代半ばといったところか。背は俺と同じ程度で、恐らく一七〇は超えているだろう。この世界の女性の中でも高い方だ。
何となく宝塚の男役のような雰囲気を感じる。こんな汚れ仕事は、おおよそ似つかわしくない印象だ。
「……何か?」
「ああいや、まだ若いのにリーダーを任されるなんて、エリーズは優秀なんだな、と思ってな」
いつの間にかまじまじと見てしまっていたらしく、エリーズに視線を気付かれてしまった。慌ててお世辞を言ってごまかすが、エリーズは気分を害した様子はないようだ。
「何、新人のエイジよりは冒険者としての経験がある、というだけのことさ! ま、後は元騎士団勤めという経歴から、管理業務を任されやすいというのはあるかな?」
「騎士団?」
「ああ、私は一年前までは、この街の騎士団に所属していてね。今でも剣の腕は錆びついてはいないつもりだよ?」
そう言って剣を振るう仕草をするエリーズ。ふむ、確かに動きが実に様になっていて恰好いい。
後でシリィに教えてもらったところによると、この街の「騎士団」は俺の世界における警察組織に相当するものらしい。
街中の治安維持や犯罪者の捕縛、外敵からの街の防衛などなど、業務は様々なんだとか。
雑多極まるこの街において、騎士はかなりのエリートと言っていい存在らしい。そんなエリートだったエリーズが、何故冒険者になど身をやつしているのか……少々気になるところだった。
ギルドの受付嬢の話によれば、今日のメンバーは後二人いるはずだ。
さてさて、どんな連中が飛び出してくるやら……。
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