美しさの理由

カゲトモ

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 時計の針が頂点を差してから扉が開いた。ハイヒールの音が気持ちよく鳴り響く。カツン、カツン、と響く音は女性の強かな様子を表しているように思えて仕方ない。

「久しぶり、マスター」

「いらっしゃいませ、蘭子さん」

 ふふ、と微笑む顔はいつもと同じ上品さ。今日は何やら機嫌がいいらしい。少し前まではいつもメンタルをやられた時に来店していたと言うのに。

「仕事が忙しくて」

「おや、仕事だけですか?」

 オーダーされたギムレットをシェイクしながら意地悪に訊いた。その顔は絶対に仕事だけじゃないだろうから。

「あらマスター、気になるの?」

「訊いて欲しいと顔に書いていますよ」

「ふふ」

 どうぞ、とグラスをサーブして蘭子さんに向き合う。

「浩太郎さんとは最近どうですか?」

 蘭子さんは口角を少し上げてからグラスを傾けた。

「どうって、べつに何も変わらないわよ」

「またまた」

「ほ、本当だって。浩太郎はそういう子だもの」

 蘭子さんと浩太郎さんが揃って初めて来店されたのは、一月ほど前の事だ。それまでは長年片想いをしていた浩太郎さんの愚痴やら惚気やらをさんざん聞かされていた。

 浩太郎さんに彼女が出来たかもしれないとボロボロに泣いていたこともある。それが今こうやってにこやかにしているのだから、恋とは凄いパワーである。なんて。

「でも蘭子さん、少し変わりましたよね」

「え? そうかな?」

「はい」

「どこが?」

「お綺麗になられました」

「えっ」

 蘭子さんが驚いた風に目を丸くしたから、ふふと笑う。蘭子さんの頬が少し赤く上気した。

「ど、どの辺りがよっ」

「どの辺りがと言われましても、その、何となくとしか」

「何となく?」

 首を傾げられても、そうとしか答えられない。雰囲気と言うか、空気というか、オーラと言うか。化粧が変わったとか、髪形が変わったとか、そういう目に見えるものじゃなくて。こう、可愛くなったと言うか。乙女っぽいと言うか。

「キラキラとしている感じと言うか」

「ざ、雑ねぇ」

 と言いつつその顔はどこが嬉しそうに見える。やっぱり浩太郎さんとの関係が円満になっていると言うことだろう。


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