第68話 図書室

 長谷川智恵子は佳乃と共に2階の図書室に入った。

 村立の中学校としては設備の整った感じの図書室。

 山水中のクラスメイトたちの半数ぐらいが来ていて、皆、本を読んだりおしゃべりをしたりして時間を潰しているようだった。

 カウンター席には年配の女性が座っていた。

 よく見ると山水中学校の国語担当の井上先生だった。

 山水中での度重なる魔物事件に巻き込まれ、それでもその度に困難を乗り越えてきたたくましい女教師でもある。


「井上先生、どうもどうも」

「あら長谷川さん、目上の相手にはきちんと挨拶しなさい!」

「はいはい。ところで井上先生、補習授業は8時半からと聞いて来たんですが、どうして図書室で待機しなくちゃいけないのですか?」


 ぬかに釘打ちという感じの教え子をみて、先生はため息を吐いた。


「じつはこの学校の3年生の早朝学習会と重なってしまっていてね。皆さんに連絡が行き届かなくてごめんなさいね」

「あ、そういうこと……」


 校舎の半壊、廃校、そしてここ山ノ神中学校との合併話。

 智恵子にも先生たちの慌て振りは容易に想像できた。

 そのせいで1時間の待ち時間ができてしまったのであるが……


(これはチャンスかも知れない!)


 智恵子は書棚を見回しながらそう思った。

 カウンターに身を乗り出して、


「井上先生、ウチ、山水村の歴史について調べたいことがあるんだけど、どう調べたらいいか教えてくれません?」

「あら長谷川さん、村の事に興味を示すだなんて急にどうしたのかしら……あ、もしやお寺のあとを継ぐ決心でも固まったのかしら?」

「いえいえ、下ヶ智かがち寺は代々、女住職は認めていませんから、家業を継ぐかどうかは将来の旦那さんしだいです!」

「まあ、そうなの。でも、本で調べ物をするのはとても良いことです。パソコンのデーターベースで検索してみるからしばらく待っていなさいね」


 そう言いながら、コンピュータ端末を操作し始める井上先生。

 この図書室は、近隣の市町村とのライブラリーネットワークが完備されており、コンピュータで様々な検索を行うことができる。田舎の学校とは思えない最先端の技術が導入されている。


 智恵子はカウンターにもたれ掛かり、佳乃の様子を見る。智恵子以外に話し相手のいない佳乃は、頬杖をつきながら数学のワークを開いていた。


(やっぱり佳乃はウチがいないと駄目ね……)


 智恵子は苦笑いを浮かべ、ぼんやりとその様子を眺めていた。


 しばらくすると、ガラッとドアが開いて、背の低い女子生徒が入ってきた。

 制服のデザインから見るに、この山水中学校の1年生のようだ。

 背の低い女子生徒は、見慣れない学校の生徒たちの姿を見て戸惑っている。


 智恵子がじっとその様子をみていると、一瞬少女と視線が合った。

 慌てた様子で視線を外されてしまった。

 

「長谷川さん、この図書室にある本のリストが出てきたわよ。こちらへ回って来なさい」


 智恵子はカウンターの裏に回り、モニターをのぞき込む。モニターにはこの地域を含む地理や歴史、伝記などが含まれる書籍のリストと在庫状況がリストとなって表示されている。


「ここの棚番号と記号を頼りに探してみるといいわよ。手伝いましょうか?」

「あ、いえ……ありがとっ、先生!」

「長谷川さん! その言い方!」


 智恵子は先生の肩をポンと叩いて、風のように去って行く。


「まったくあの子ったら……あら? あなたが神崎詩織かんざきしおりさん?」


 井上先生は入口付近で呆然と立っている女子生徒に気付いて声をかけた。 


 ぱっつん前髪にリボンで後ろ髪を二つ結びした可愛らしい顔の女子生徒。小柄な身長と相まって、上目遣いでこくりと頷く仕草が同性の井上先生をもきゅんとさせた。


「あなたの担任の大橋先生から補習用のプリントを預かっているわ。ここに書いてある英単語をしっかりと覚えてね。最後に再テストをするそうよ」

「分かりました。ありがとうございます……」


 神崎詩織は安心した表情を見せ、ぺこりと頭を下げてプリントを受けとった。

 しかしその後も、何やらもじもじしながら上目遣いで井上先生を見てくる。


「ん? どうしましたか?」


 先生が尋ねる。

 すると、今度は図書室内の様子を気にする仕草を見せながら、


「あの……うちの学校で他に補習を受ける人はどこにいるんでしょうか?」

「あー、私が聞いているかぎり、山水中学校の生徒さんで補習を受けるのは神崎さん、あなた1人ですけど?」 


「がーん!」


 補習を受ける生徒が自分一人であるという事実を知った神崎詩織は、白目を剥いてショックを表した。


(え、何この子!? 今『がーん』って言った? 口でガーンっていったの? )

 井上先生は笑いをこらえるのに必死だった。


「じゃあ、うちの学校の生徒たちがお邪魔しているんだけれど、空いている席を使ってね……ぷっ!」


 ついに吹き出してしまう。

 神崎詩織はガックリ肩を落としてテーブル席に向かっていった。


「天は二物を与えず……まさに格言通りの子ね」

 

 井上先生はその様子を見ながら呟いた。


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