姫と永遠の檻(仮)(旧)

宮川あわ

一章

第1話 城下町のお姫様

 


 今日も、窓の外の世界は変わらない。



 少女は窓枠から手を離し、退屈そうにのびをした。

 再び窓の外に目を向けてみても、城の中から見えるミニチュアのような世界はいつも通りだ。


 晴れ渡った青空のもと、優雅に紅茶を嗜む貴婦人がいる。

 その側で飼い犬と戯れている私と同じ年頃の子どもたち。

 その子どもたちに昼寝の邪魔をされた猫は、鈍重な見た目が噓のように軽やかに塀を乗り越えた。


 そこへ紅茶のおかわりを運んで来たのは、若いメイドだ。

 彼女は、丁度飛び出してきた猫に驚いて運んでいたお盆を投げ出してしまった。


 空中に投げ出されたティーセット。

 ゆっくりと弧を描くように飛び上がり、間もなくして石畳の上に叩きつけられた。

 その状況に理解が追い付かない様子の彼女はしばし呆然とした後、我に返ると慌てて掃除道具を取りに走って行った。


 しかしそのメイドは、焦っていたためか剪定中の庭師のはしごにぶつかった。

 バランスを崩したその道四十年の老齢の男はすでに綺麗にカットされていたトピアリーに鋏を引っかけ、枝を切ってしまった。

 庭師はすぐさまメイドを捕まえると怒鳴りつける。

 彼女は肩を丸めてビクビクと俯いている。

 そんな今にも泣き出してしまいそうな彼女に追い討ちを掛けるように、顔を真っ赤にした成金風の婦人がやってきた。

 ふくよかな身体と年に似合わないピンクのレースがあしらわれたフェミニンなドレスを着た婦人は、どうやら紅茶のおかわりを頼んだ方のようだ。


 そこに騒ぎを聞きつけたのであろうベテランのメイドが駆けつけ、ダメな新人メイドの首根っこを掴むと、ぺこぺこと庭師と婦人に頭を下げた。


 きっとあの子後でメイド長に怒られるんだろうなぁ……。



「……様、ルーラ様! ルーラ王女様!! まだそんな格好をなさっているのですか! 早く仕度を済ませてください!」


「あら、メアリーじゃない。私の部屋に勝手に入ってこないでよ」


 思索の邪魔をされた少女は顔をしかめると、背後で仁王立ちをしているふくよかな中年のメイドに対し文句を口にした。


「それに、そんな格好とは失礼ね。これは私のお気に入りのドレスなのよ?」


 そう言うとルーラは若葉色の、シンプルでいながら上品な光沢を放つドレスの裾摘んでくるりと回って見せた。


「何をおっしゃいますか。ご自分のご生誕パーティだというのに、本日の主役はルーラ様なのですよ。質素すぎます。全体的に華々しさが足りません。これじゃあ国内外から大勢いらっしゃるゲストの方々に示しがつきません。ファイヤマール王国の沽券に関わります。さぁ、着替えましょう」


「嫌よ。パーティ用のドレスって重いし、動きにくいし。何時間も掛けて花やらリボンやらで飾り立てるんでしょ?そんな時間があるなら、お外に行かせてよ。もうこの景色にも飽きたわ」


 ルーラはプイッとそっぽを向いた。ルーラの我がままは今に始まったことではない。メアリーは困ったように溜息をついた。

「まったく、いいですか。ルーラ様の十回目のご生誕パーティと言うのはですね……」


 メアリーの癖だ。

 すぐに長話をしたがる。溜息をつきたいのはルーラもだった。


 ルーラの生活している塔から見えるのは、せいぜい広大な我が城の庭の一部分にすぎない。


 そこ訪れるのは、享楽に溺れた貴族たちとそれに仕えている使用人だけだ。

 だから、外に出ることを禁じられている王女は今まで一般市民と言うものに会ったことがなかったし、存在すら知らなかった。


 窓の外に視線を向けると、色とりどりの華やかなドレスに身を包んだ乙女たちがお菓子をつまみながら黄色い声で笑い、会話を楽しんでいる。

 会話の内容はここまで届かない。そもそも自分の視界の外にも世界があるなんて考えたこともなかった。

 誰も教えてくれなかったからだ。

 

 考えるきっかけをくれたのは……。


「……王宮に仕えて三十年、ルーラ様のお世話を仰せつかってから早十年。あなたの姉君は帝王学をすでに修了されるほど立派になられたのですよ。いつまでもわがままを言っている場合では」


「はいはい、もうわかっているわ。そろそろメアリーの説教は暗記しちゃいそう」


 話を中断されたからか、それともルーラの適当な受け答えが勘に触ったのかメアリーの顔はいよいよ熱せられた鉄のように真っ赤になった。


「何ですか! その口の利き方は!こら!耳をふさがない!!ルーラ様は王女としての自覚がたりませ」


「あの、お取り込み中すみません。メアリー様、本日のことで確認したいことがあるようで硝子の間で侍女長がお呼びしています」


 突然の第三の声に二人ははっとして部屋の入り口を見た。

 再び話の腰を折られたメアリーはイライラっとした顔で、部屋の入り口に立っている使用人服の青年を睨んだが、“侍女長”という言葉を聞くと、


「仕方ないわね!あとは任せたわ。まぁたいへんたいへん」


 と小走りで青年の横をすり抜けて行った。


 ようやくメアリーから解放されたルーラは、メアリーの姿が見えなくなると、その場でぐーっと身体を伸ばしてベッドにダイブした。そして部屋の入り口で直立している青年使用人を呼んだ。


「遅いわよ。ナノト! 息が詰まりそうだったわ」


「メアリー様はルーラ様の乳母として立派でいていただきたいのでしょう」


「そんな返事が欲しいわけじゃないわ」


 口を尖らせ、文句を言った。

 しかし表情はどこか嬉しそうだ。


「もちろんわかっていますよ。お姉様と比べられるようなことをいわれて気分が害された。と言いたいのでしょう」


 ルーラに指示されるままナノトはベッドの端に腰を下ろした。

 穏やかに、微笑を浮かべて話すナノトに、ルーラは「その通りよ」と今日初めての笑みを見せた。


 彼の名前はナノト・ラディア。

 彼女に仕えて七年の十九歳だ。ナノトの父も母もその両親も王宮に勤めていた。

 だからナノトも幼いころから王宮で働くことになんの疑問も持たなかった。初めての仕事は、子ども同士だからという理由でルーラの遊び相手だった。

 それまで子どもの遊び相手のいなかったルーラにとってもナノトは兄妹ができたようで嬉しかった。


 忙しい両親や、血のつながらない姉や自分を特別扱いしてくる使用人だらけの中、同等の立場で仲良くしてくれるナノトは実の家族よりも近い存在に感じていた。


「それに聞いて! メアリーったらこのドレスのこと質素って、パーティには不相応って言ったのよ。あと、みんな今日おかしいのよ。メアリーはやたらと気に掛けてくるし、家庭教師のサリーはいっつも怒ってばかりいるのに今日はやたらと褒めてきたし。気持ち悪いわ」


 ルーラの吐き出す愚痴に、ナノトはいつも通り相槌を打って聞いていた。


「そうだね。今日は貴族も大臣も使用人も皆調子がおかしい。ルーラ様のおっしゃる通りです」


 そして時々彼女に賛同する。それにルーラは満足げに笑った。


「でしょー?! でも皆全然そんなことないって言うのよ。噓付きよ。みんなおかしいわ。それに……だってまだ外には出ちゃだめだって言うし。大きくなったら良いって言ってたじゃない! なんでナノトも、皆外に出てるのに私はだめなの? 一度で良いから、街の中で“お友達”とやらと“ショッピング”をしてみたいわ」


 つまらなそうにルーラは仰向けになって高い高い天井を見上げた。

 ナノトはもちろんルーラが外に憧れを持っていることは知っていたし、原因も分かっていた。

 しかしナノトにルーラの願いを叶えてあげる力はなかった。

 自分の無力さと原因にほとほと呆れる。

 思わず溜息が漏れた。


「どうかしたの?」


 ルーラはベッドから身を起こすと首を傾げた。

 その様子は城の外にいる普通の子どもとなんら変わらないようにみえる。


「なんでもありませんよ。少し疲れが溜まっているのかもしれませんね」


「ふーん。つまんないのー」


 つまらない、と再びベッドに倒れこむ彼女にナノトはどうしようかと頭をかいた。


「あ、それではルーラ様、気分転換に城内を散歩されてはいかがですか?その間にお部屋の掃除等を済ませておきますから」


「ほんとに良いの?!」


 ナノトが言い終わるや否や、ルーラはベッドから飛び起きると深緑の瞳をキラキラと輝かせた。


「ええ良いですよ。パーティまではまだ時間がありますし、もしメアリー様に何か言われたら私が誤魔化しておきます」


 それを聞くとルーラは更に瞳を輝かせてベッドから飛び降り軽やかにステップを踏んだ。


「あとは頼んだわ!」


 彼女はそのままゆるくウェーブのかかったブラウンの髪をなびかせながら部屋を後にした。



(あの塀の外に街があって、“普通”の暮らしをしている人々がいる……)


 ルーラは今、自分の生誕パーティが開かれるホールのバルコニーから外を眺めている。


 正門に、豪華な装飾の付いた馬車がしきりに出入りしているのが見えた。

 メアリーの言っていたゲストだろうか。案の定、厚こく高い塀に遮られ馬車がどこから来たのか分からない。


 フロアではパーティの準備が最高顧問官の指示のもと着々と進んでいた。


 ルーラは、そこには目もくれず「よし!」と小さく呟くとバルコニーを離れ、ある人物を捜しに廊下に出た。


 何か思いついたのだろうか。


 目的の人物はすぐに見つかった。

 その人物は、真っ白な皿がたくさん積まれたワゴンを慎重に押していた。ルーラは忍び足で彼女の背後に立つと


「フィーーッネ!!」


「ひっ、ひゃああああああっ!!!」


 絶叫した少女は今度こそ皿を空中に乱舞させなかったことにほっとすると胸をなでおろして、そうっと振り返った。


 先程庭園でティーセットをぶちまけ、庭師の仕事を妨害してしまった少女だ。


「な、なんの御用でしょうかルーラ様……」


 フィーネ・フラウ。

 約三ヶ月前に入ったばかりの新人ダメイド十二歳。彼女は心底怯えた顔で満面の笑みを浮かべるルーラを凝視した。


「うふふ、ちょっとフィーネにお願いしたいことがあるの」


 ルーラはいたずらっ子のように笑うと、辺りに他に人がいないかキョロキョロと見渡し、フィーネの耳元であることを囁いた。


 それを聞いた瞬間フィーネは小さな目を丸くして頭をブンブン、両手を胸の前でわしゃわしゃと左右に振った。


「ダメです、ダメです!そんなこと……もし見つかったりしたらどうするのですか! 無理です! 諦めてください! すみません!!」


 必死で拒否をし、この場から逃げようとするフィーネ。

 だが、ルーラが易々とかっこうのかもを手放すはずがない。


「ふーん」


 鼻をならすと、ワゴンに乗っている皿を一枚無造作に取り上げた。


 一見ただのシンプルな皿にみえるが、縁や裏面など細部にいたるまで繊細な彫刻が施してある高級品だ。

 おそらく一般市民が一年中休まず働いて得た金を全額投資しても手の届かない代物だろう。

 もちろんそんなことルーラの知ったことではないが。


 その高級皿を片手で高々と持ち上げたルーラは小声で


「お願いよフィーネ。このままあなたが断ったり、逃げたりしたらこのお皿を割ってフィーネのせいにするわ。またドジで、要領の悪い新人がやらかしましたー! って」


 フィーネの耳元で笑いかけた。

 これが冗談ではないことをフィーネは理解していた。

 ルーラ王女の傍若無人ぶりは使用人の中ではとても有名だからだ。

 諌める人間は皆無に等しい。

 新人(特に気の弱い者)は彼女の格好の的になる。


「そんな……だって私……」


 握り締めた手を口元に持ってきたフィーネはオロオロとあとずさった。

 一日に何度も失態を繰り返すことは許されない。そんな話はルーラも承知していた。


 その上でルーラは先のセリフを口にしたのだ。


「ほら、早くしなさいよ。誰かが来るまでに持ってこないと割るわよ? それとも今すぐ割ってほしい?」


 互いの息がかかりそうなほど詰め寄った。

 フィーネはいよいよ泣き出しそうな顔になり怯えた目で助けを求めようと視線を彷徨わせたが、運はルーラの味方をしたようだ。フィーネとルーラ以外人影は見当たらない。


 ついに耐えられなくなったのかフィーネは肩を小刻みに震わせる。


「わ、わかりました! 持ってきます。すぐ用意しますからお皿は割らないでください!!」


 言うが早いか、彼女は想像できないほどの速さで逃げるようにその場を離れたかと思うと、すぐさま紙袋を抱えて帰ってきた。


 ルーラはそれを奪うように受け取るとすぐに中身を確認してニヤリと笑った。


「やればできるじゃない」


 そのセリフを聞いたフィーネは怯えた顔のまま会釈すると高速でワゴンを押して行った。

 フィーネの後姿を見送りながら、足引っ掛けて転んだら面白いのにな、などと考えてフィーネとは逆方向に駆け出した。



 人目を気にしながら抜き足差し足ルーラは紙袋を抱えたまま進んだ。

 幸いパーティの準備をするためか使用人や貴族、大臣の姿を見ることなく裏門の植え込みの影にたどり着いた。ここまでは作戦通りだ。そっと植え込みから顔を出し、裏門の様子を見る。


 裏門といえども門の両サイドにはいかつい門兵が槍を携えて立っていた。

 もちろんそんな堂々と出してくれるわけない。ルーラは待っているのだ。アレが来るのを。


 待つこと数分。ソレはようやく姿を現した。思ったより早かった。

 ルーラは小さくガッツポーズをした。ルーラが待ち望んだもの……業者の馬車だ。


 一旦倉庫から出てきた馬車は門兵に通行証を見せるために停止している。

 その隙にルーラはすばやく植え込みから飛び出すと、姿勢を低くして幌の中に飛び込んだ。


 元々何が入っていたのか分からない大型の木箱の間に身を隠すと馬車は静かに動き出した。


 ガタンガタン、と馬車は想像以上に不規則な動きを繰り返しながら走っている。


 ルーラはその中で大事に抱えていた紙袋をひっくり返した。


 中から出てきたのは使用人フィーネの私服。


 ルーラが一度は着てみたいと願っていたものだ。それを見るだけで興奮してしまう。


 王宮に引きこもっていては味わえない状況だ。口いっぱいに唾が溜まる。


 おもわず舌なめずりをした。いそいで元々着ていた若草色のドレスを脱ぐと、染色すらされていない麻のシャツに腕を通した。

 スカートを穿きウエストを調節する、革靴を脱いで安価な布靴を履いた。髪を適当に縛ると三角巾をかぶった。


 激しく揺れる車内にもかかわらず、嬉しさのあまりその場でくるりと回って見せた。


 次の瞬間、小石に乗り上げたのか、車体は大きく軋み、ルーラはバランスを崩して荷台の壁に身体を打ちつけた。


 それでも気分は良いままだ。

 自然と笑い出しそうになったが、隠れて乗車していることを思い出し我慢した。

 代わりに御者の老人がへんてこな歌を歌いだしていた。



 馬車の荷台には窓なんて付いてなかったから、一体何処まで連れて行かれたのか皆目見当付かなかったが、馬車と老人の歌が止まったのでルーラはそろそろと馬車から降りた。


 直後あまりの人間の多さと喧騒に目眩を起こしそうになった。幸か不幸か、こんなにたくさんの人がいるのに誰もルーラ興味がないようだった。

 因みに元々着ていたドレスは今抱えている紙袋の中にある。

 事情を知らない人が見たらルーラは買い物帰りの街娘に見えたかもしれない。


(あれが王宮よね? 王宮があんなに小さく見えるなんて)


 思わず感嘆の声がこぼれた。

 ルーラが降りた場所は、ファイヤマール王国サンキント・バザールと呼ばれる城下町で、国全体から見たら王宮に最も近いと言われている商業地区だった。

 だが王宮から出たことのなかったルーラにとって、それは途方もなく遠い距離に感じるのだった。


 サンキント・バザールは、王宮があり上級貴族たちの邸宅そびえるプリミラーロの西側にある世界最大の市場だ。


 国内外の様々な土地から人々が集まる。


 特にこの収穫期には、おびただしいほどの人間がやってくる。

 商売をする者。知り合い、友人、親戚に会いに来る者。

 観光に訪れる者。興味本位で寄ってみた者など数え出したらきりがない。

 髪の毛の色なども、ファイヤマールでよく見かける金髪系から、黒髪、赤毛、ルーラと似たような茶髪など、人の波もとてもカラフルだ。


 確か世界には三つの部族がいたと聞く。


 ファイヤマール王国を中心とする、金髪碧眼のシバ族。

 海の向こうのアクスティアマーレ国を中心とする黒髪黒眼のロク族。

 そして、かつてはアクスティアマーレの主要民族だと言われていた紅毛蒼眼のルフ族。


 しかし、今日の交通網の発達により、他部族は互いに交わり『純血』と呼ばれる元々の部族の特徴を引き継ぐ者は少ない。


 もっとも、実力至上主義のファイヤマールにおいて(一部を除き)部族による違いなど深い意味は持たなかった。

 要は、才能のあるものは部族、老若男女問わず重宝され、才能のないものはいくら名家の出であれ排斥された。

 この単純明快なルールをこの国は大いに支持した。混血種であるルーラもそれなりに気に入っていた。


(一体この大勢の人たちはどこに向かってるのかしら)


 大通りに所狭しと並ぶ商店は少しでも多くの客を掴もうと、大声を張り上げて自分たちの商品が如何に優れているか力説し、主婦たちは少しでも安く手に入れようと値段交渉する。


 錆びれてボロボロになったワゴンに積まれた、色とりどりのみずみずしい新鮮な商品。

 さわやかな香りから、何か焦げるような香ばしい匂い。

 工場から流れてくる機械油の粘度を持った臭い。

 時折、駆け抜けていく野犬などの獣の臭い。


 庶民と煌びやかな正装の紳士淑女、安価で貧相な外装の馬車が、黒塗りの光沢を放つ高級な馬車が縦横無尽に入り乱れて、怒号の飛び交う、木造の物置のような小さな商店が並ぶ通りは、なんとも表現しがたい独特な色を滲ませていた。


 何はともあれ、脱出は成功したのだ。楽しまねば。


 そう意気込み大通りに出るまでは良かったのだが、あまりの人の多さにルーラは身動きがとれなくなっていた。


 視界にはいるのは大人の背中やお尻ばかり。

 大海原に一人投げ出されたような気分だ。

 人の流れに流されるまま全く思い通りに動けない。

 気をつけていないとルーラの小さな身体は簡単に押しつぶされてしまいそうになる。

 あっちの人にぶつかり後ずさったところで、背後の人に当たり、慌てて離れようとしたところで今度は門兵以上にいかつい男にぶつかり……。

 そのルーラの二倍も三倍もありそうな浅黒い肌の大男は


「気をつけろよ、嬢ちゃん」


 と白い歯を見せて笑うとスイスイ人ゴミの中を進んで行きあっという間に見えなくなった。

 というか、誰も彼も衝突などせず縦横無尽に移動している。

 庶民とは何か特別な訓練でも受けているのだろうか……。


 数年前、何かの式典で見た軍隊の行進を思い出していた。


 よし、もう一度!気合を入れなおすと再び大通りに繰り出した。


 数分後、歩きつかれたルーラは通りの脇で足をさすったり、屈伸したりして疲労を軽減させようとしていた。

 因みにさっきいた位置から十メートルも移動していないわけだが、舗装されていない道は歩きづらいことや、サイズの合わない靴で歩くと踵とつま先が痛くなることを初めて知らされて疲労困憊だった。


 しかし、ここでの歩き方のコツを大分掴んできたようにも感じていた。


 その頃王宮では、ルーラの姿が見えないと蜂の巣をつついたかのような大騒ぎぶりだったが、そんなこと露知らずのルーラは楽しそうに鼻歌を奏でながら城下町を闊歩していた。


 つづく


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