キャンセル技でコンボ魔法を使ったら異世界で最強だった……となるはずだった( #魔法キャン )

芳賀 概夢@コミカライズ連載中

序部

序章:女神と俺

第1話:女神とかつ丼

 俺が死んだ理由は、とある格闘ゲームの世界大会決勝戦で勝利した瞬間、感極まったことによる心臓発作だ。

 プロゲーマーとして体を鍛えていたつもりだが、それでも食事に不摂生が多かったのは否めない。

 まあ、よくある話・・・・・だ。



 ただ、問題はその後だ。



「というわけで、これからどうします? 優勝したし未練ありませんよね? 他に予定もありませんよね?」


 取調室だ。

 一言でいうと、もうそれ。

 味気ない灰色の壁に、クリーム色のドアがひとつ。

 外は夜なのか、光も差しこまない鉄格子付きの小さな窓がひとつ。

 そんな薄暗い部屋の真ん中に、小さな事務机がひとつ。

 そして今時、電球のスポットライトがひとつ。

 それが光熱費を無駄に消費して、俺の顔を照らしている。


「ちょっと、聞いています?」


 その机に添えられた丸椅子に腰かけている俺の正面には、鮮やかなエメラルドグリーンのまるで透きとおるような、フワフワのドレスを着た奴がいた。


「この女神に嘘は通じませんからね! ネタは挙がってんですよ!」


「なんのネタだよ!」


「それは……あっ。かつ丼、食べます?」


「いらねーよ!」


 俺の返事にピンクの唇をとがらせ、クリクリとした丸い赤い明眸を歪ませる。

 美人はそんな顔をしてもかわいいものだ……が、こいつ胸がない。

 美しい銀髪に、整った丸顔。まちがいなく美少女。紛うことなき美少女。

 でも、胸がない。

 チラリと横顔に映えるうなじが美しい。

 されど胸がない。

 きめ細かい胸元や、美しい肩甲骨が色っぽい。

 やっぱり胸がない。


「あなたね! わたくしには強く思った心の声が聞こえるのですよ! 胸がないぐらいなんですか!」


「……喉仏、ずいぶんでてるよな」


「なっ、何見ているのよ! エッチ! 女神のノド○ンコなんて見て!」


「そんなの見てねーよ! ってか、おまえ、おと――」


「女神! 女神! 女神! 女神!!! 大事なことなので4回言いました!」


「2回で十分だ!」


「2倍、2倍で倍率ドン!」


「意味わかんねーよ! なんなんだよ、そのノリ!」


 死んでここにきてから、この調子である。

 話がなかなか進まない。


「と・に・か・く、あなた死んだんだから、もう予定ないでしょう? 転生しましょう、転生」


「……もしかして、あんたの管理する異世界も人手不足なの?」


「うぐっ……。そ、そうなのよ」


「じゃあ、もっと素直に最初からそう言えよ! なんで取調室なんだよ!」


「……【多界遭遇特異門所有国家日本クールジャパン】ってエンターテインメント素敵よね」


「…………」


「ごめんなさい。ドラマで見てから、やってみたかったの」


 ものすごくハズレを引いた感がある。


 多くの異世界と繋がってしまい、今や異世界旅行添乗員アナザーワールド・ツアーコンダクターなる仕事まである【多界遭遇特異門所有国家日本クールジャパン】たる我が国。

 この国で死ぬと、人手不足の異世界への転生勧誘がくるのも、よくある話・・・・・


「わたくしの世界はね、魔物がたくさんいるのよ。で、彼らが人間をいっぱい殺しちゃったんだけど、彼らに殺されると魂が汚染されてしまってクリーニングが必要になっちゃうのね」


「クリーニング……」


「でも、クリーニングって時間かかるわけよ。乾かさないといけないし」


「乾かす……」


「キリッとさせるには、アイロン掛けも必要だし」


「アイロン……」


「そしたら、どんどん人が減って勢力も弱まるでしょ。ますます人が少なくなるわけよ。そうすると、秩序バランス崩れちゃうし、わたくしの信仰心が減っちゃうし、魔族がいい気になるし、わたくしの信仰心が減っちゃうし、多忙でドラマ見る時間なくなるし、わたくしの信仰心が減っちゃうし……すごく困るわけ」


「……おい、女神。もう少し私欲を控えろ」


「あっ。かつ丼、食べる?」


「唐突だな! ってか、いらねーって言ったし! 死んでいるせいか腹減らないし!」


「えー。食べよーよー」


「食べたいのかよ! なら勝手に喰え!」


「だって。こんな美少女が1人でかつ丼注文するとか……恥ずかしくて、キャッ★」


「おまえ、おと――」


「――女神! むしろ、美少女神!」


「……ってか、ここどこだよ?」


「通称、魂の部屋。魂になった人とか、神様とかじゃないと来られない場所です」


「そんなとこに出前来るのかよ!」


「大丈夫よ! すごい力を持った、引退勇者が出前している店があるの! 彼なら来られるわ!」


「仕事を選べよ、勇者!」


「引退したら、持て余す力を有効に使えるのって、あとは異世界旅行添乗員アナザーワールド・ツアーコンダクターぐらいじゃない? 他の仕事なんて、時給800円ぐらいよ」


「最低賃金割ってるぞ、勇者!」


「……というわけで、あなたも異世界に転生して、魔物をバンバンやっつけて勇者になってみない?」


「勧誘下手だな、おい! 暗い引退後を説明されて、誰がそれに向かって転生したがるんだよ!」


「まあまあ。名店【た○秀】のかつ丼、おごるからさ♥」


「そんなにかつ丼、喰いたいのか!」


「とろ~り卵が、ふわふわでぇ。カツもジューシー。箸で切れるのよ、箸で!」


「…………」


 とりあえず、かつ丼はつきあうことにした。

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