ヤンデレホイホイ系勇者

goukai

        ヤンデレハーレム

ぎぎっと古びたドアが開くと、一人の少女が笑っていた。苦いコーヒーに甘い砂糖が混じったような、幸せそうな笑顔であった。


 銀色の髪を肩に垂らした、端麗な顔立ちをした美少女がリュウに微笑んだ。しかし、リュウの顔は優れない。


「ティ……ア……いい加減にここから出してくれ……」


「フフフ、だーめですっ! リュウ様がいい子になるまでずーとここにいましょうね」


 この少女、名をティアという。ティアは部屋にあった人形を大事そうに抱きしめると、


 木製で出来た人形の頭を撫でる。弾けるようにニコニコと、まるで人形の幻聴でも聞いているようだ。

 ティアの瞳には何が移っているのか、リュウにはさっぱりとわからないが、ただティアの気が狂れている事だけはわかる。


 以前の彼女はこんな風ではなかった、だが、それはいつの事だ。いつからこうなってしまったんだっけ。壊れてしまった少女と過ごすうちに、だんだんと脳が溶けていく。



 ティアは腕をピンと伸ばしと人形を投げる。息の無い生命体が空中を舞う。ケケケと人形が笑った気がした。



 やがて、いつものごとくティアは人形を両手でリュウに手渡した。


 リュウは知っていた。ティアに何を言っても無駄な事は嫌というほど知っていたし、無論この後の展開がいつもと同じ事も。人形の首は取れかかっていて、その事がリュウを極限まで怯えさせた。


「リュウ様は私のなんです。素直に私の言うことを聞いていればいいのです! 私はこんなにも貴方様を――」


 リュウを睨みながら、ぶつぶつと口ずさむティア。


 観念したようにリュウはざらざらとした人形の頭部を震える手でさすっていく。人形がカタカタと口元を吊り上げた気がした。リュウの顔面は蒼白になるが、命令された手は止まらない。ティアは甘い息を漏らして口元を吊り上げた。


「ひっ……! なぁ、もういいだろ!?」


 ティアは首を横に振った。夕日が暮れる頃、ようやく事は終わった。ティアはすっと立ち上がると、


「その子はリュウ様があやしてあげといてくださいね!」



 外へ出て行ってしまう。朝から何も食べていないリュウの事は気に掛ける様子もない。がっくりと項垂れるリュウだが、やがてよろよろと立ち上がって入口に向かう。祈るようにドンドンと叩くが魔法で作られたドアは開かない。


 どうしたものか、とリュウが必死に考えていると、近くで轟音を奏でる音が。振り返れば部屋の一部が粉々に壊れて、壁には穴が開いている。


 煙から黄色い声がリュウを呼ぶ。


「リュウちゃん! 迎えに来たよ!」


 その声に身じろぎしながら、リュウは床に手を置いて叫んだ。


「世奈せな! い、いや、助けなんか呼んでない!」


「またまた、照れちゃって」



 世奈はリュウの幼馴染で、一緒に異世界に飛ばされてきた黒髪の美少女だ。リュウが嫌がっているのは気づかずに、世奈はリュウを部屋の外に連れ出した。


「早く行こ!」


「でも」


「大丈夫、新しく隠れ家を設置しておいたから!」


 確かに家は建っていた。木製の平屋建てだ。最近できたのか、損傷はないようだ。だが、リュウは安心した気持ちにはならない。これから始まる事を思えば、それも当然であった。日は闇に支配されていた。ジジジジと、虫が音を奏でる。テーブルに着くと、世奈が包丁片手にこう言った。


「今から作るから、待ってて!」



 リュウは、しきりに窓の外を眺める。この場合、ティアが来た方がリュウにとっては、好都合なのだ。しかし、ティアは来ないで世奈の料理があっという間に出来上がってしまった。


「もうできたの……」



 世奈は出来上がった一品を大きな皿にのせて、満面の笑みで答えた。


「うん、美味しいとオモウヨ!」


 まず料理が黒い。チャーハンが完全に焦げてしまっていて、フリスビーみたいに投げられそうなほどに固まっている。さらに上には謎のトッピングが添えてあり、リュウがなめてみるとにょろにょろした食感が舌に感じられた。ゼリーが生きているようなそんな、気味の悪い感触。腹が減っているにも関わらず、リュウの箸は進まない。


「は、や、く! 食べてよ!」


 世奈はリュウの皿を掴むと、無理やりリュウの口の中に突っ込んでいく。熱い皿を口に押し付けたので、リュウは苦痛に呻いた。だが、世奈は食べさせようと躍起だ。


 ――彼女も病んでいる。その瞳はハイライトオフで、左手には包丁を持っている。もし、リュウが対応を間違えば、リュウの腹は割かれる事は間違いない。経験則からリュウは知っていた。刺されたのは、もう幾度になるのだろうか。



 食事を終えて、2階の風呂場に逃げ込んだリュウは、ゆったりと一人の時間を作っていた。耳をすませば、ゴソゴソと何か聞こえるが気にしない。手を合わせて、窓を眺めた。銀色の窓が怪しく笑った。


「これ以上は何もおきませんように……」


 そんなリュウのささやかな望みさえ、無残に打ち破られてしまう。今日二度目の轟音によって家ががたがたと揺れた。窓から、ティアがイタズラっぽく笑った。


「リュウ様~! 家に帰りますよ!」


「い、嫌だ! あんな何もない部屋にいるくらいなら、自害した方がまだいいわ!」



 だが、リュウは窓を押さえつけて、ティアの侵入を阻止する。ティアは地面に下りて玄関から入った。家の外に結界を張るのを忘れずにしたところは、さすがティアといったところか。リュウが出ようとすると、電気が流れるのだ。


 ティアも世奈も最初は良識ある常識人だったはずだが、今は見る影もない。どこで間違えたのか、リュウは遠い、遠い夢に落ちるのであった。満月の夜、時は緩やかに過ぎ去っていく。

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