告白と、さよならと③

 帰るの? 帰っちゃうの? そんな視線を背に受けながら、俺は「大丈夫です。からかっただけです」と、二回り近く年上の人には失礼かもしれなかった言葉を残して店を後にした。


 なんでそんなこと訊いたのかなんて、説明するのは難しすぎる。というか、きちんと説明できるほどの明確な回答を、持ち合わせていない。


 この後どうするべきかと迷いつつも、どうしようもない俺の足はもう勝手に緑地を目指していた。


『考えることと行動すること、この二つがいつでも一緒じゃないって気付けただけで、俺は多大なる進歩だと思うわけ』


 いつだったか、貴志が俺にそう言った。

 果たして今の俺の状態が進歩と呼べるのかは分からなかったが、それでも今までの俺では考えられない行動を取っていることだけは確かだった。そしてそれは、彼女によってもたらされたのだということも。

 だからといって、つかれた嘘など全て水に流してしまえと思えるほど、寛大な気持ちになれるわけでもない。


 けれども今は、心のままに動くしか、俺に取れる手段はなかった。

 考えることならいつでもできる。でも彼女には、今を逃せばもう二度と会えない可能性だってあると気付いたんだ。


 横断歩道の手前からでも、雑草が全て横倒しになった緑地では、その姿がよく見えた。

 探し物は、青い宝石、みたいな物。はっきり言わない理由を、俺は今夜知ることができるだろうか。


「ねえ」


 入り口に立って、大きめに声をかけた。

 ゴトウさんとは、もう呼ばない。

 彼女は俺が来たことによほど驚いたのか、ひゃっと声を上げて、そして尻餅をついた。よく転ぶ子だ。傍まで進み、手を差し出す。


 近付けば、彼女は今日もあの店のブランド服を着ていた。急速に腹立たしい気持ちが湧き上がってきて、知らず拳を強く握りしめる。

 俺が来ない可能性だってあっただろうに、そこまで徹底して何を企んでいるのか、と。

 俺が何も気付かない、間抜けな野郎だとでも思っているのか、と。


「いい加減に――」


 俺が、我慢できなくなったその思いを勢いに任せて吐き出そうとした、そのときだった。


「――――あっ!」


 ほぼ同時に彼女からも言葉が発せられたのだ。俺よりもはるかに大きかったその声に、思わず言葉が詰まる。


 動くなとでも言うように、両の手のひらがこちらへ向いたまま固まっていた。

 見開かれた瞳は、俺が踏みしめる草の少し奥へと釘付けになっている。訝しげに見つめれば、震える手をゆっくりとそこへ伸ばしていった。

 ――そして。


「あ、ありましたよ。ありました」


 手だけじゃない、声も震えていた。


 ……は? あった? ……何が? と考えて、そんなもの、一つしかないことに気付いた。

 まさか、本当に、探し物が見付かったというのか?

 俺は、願を掛けていたことなどすっかり忘れて、ただただ驚くことしかできなかった。


 何が真実で何が嘘か。いや、真実なんて既にどこにも存在していないんじゃないかと疑っていた俺は、探し物がやっぱりきちんと実在していたことに困惑した。

 そしてそれが更に、たった今、ついに見付かったというのだ。


 呆然と、何かを摘み上げていたその手に視線を向けた。

 開いたもう一方の手の中へ、大切そうに乗せられた、それ。どかされた手の下から現れたのは、青く輝く、二つの丸い珠だった。


 言葉を、失くした。

 まさか、と、信じられない思いでそれを見つめる。

 ずっとずっと、これを探していたというのか? なぜ? 何のために? なんでこれがここに落ちていることを知っている?


 彼女はゆっくりと立ち上がると、俺の手を取りそれを乗せた。


「なんで」


 俺の声も、バカみたいに震える。

 彼女は泣いていて、良かった良かったとそればかりを繰り返す。

 何が良かったのか、ちっとも分からない。


 手のひらに乗る、青い宝石、みたいな物。確かに、宝石ではなかった。


 それはあの日、朝比奈さんに喫茶店で俺の不貞を疑われたあの日に、話を聞いてほしいと誘ったこの場所で怒りに任せて投げつけられた、俺が作ったとんぼ玉の青いピアスだったのだ。

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