第2話




「今日は疲れたな」


 アルディアはぐったりと右側のベッドに座り込みました。


「足がしわくちゃになってる」


 真ん中のベッドに座ったドゥカは、濡れた靴下を脱ぎ捨てて、フヤフヤになった白い足先をさわります。

 

 雨が止み、2人の暮らす街外れの小さな家は、夕日に照らされて影を長く伸ばしていました。

 中央塔からは、ハイメの声が聞こえます。


「時計番ハイメが、午後6時をお知らせします」


 遠くでオルゴールが歌います。

 日が沈みきるまで奏で続けられるでしょう。




 ジョルディンは、サー・グリースにネジを巻かれると元気に起き上がりました。そして、何事もなかったかのように城壁の上へと登ってオルゴールを回し始めたのでした。




「兄さん、今日も見つからなかったね」


 ドゥカが左端のベッドを見つめて言いました。


「ああ」


 アルディアも、長く主人のいない左端のベッドを見つめます。

 2人の家には、ベッドが3つ並べられていました。

 椅子も3つ。食器も3人分あります。


「大丈夫、クレドは必ずどこかにいる。見つけ出そう」


 ふやけた足をしつこく指先でいじるドゥカに、アルディアが言いました。


 クレドはドゥカの兄で、アルディアの親友です。

 3人は、この家で一緒に暮らしていました。けれどある日、突然クレドがいなくなってしまったのです。


 アルディアとドゥカは街中探し回りました。

 南の丘でジョルディンに聞きました。


「クレドがいなくなってしまったんだ。どこへ行ったか知らない?」


 しかし、ジョルディンは何も知りませんでした。

 東の丘へ言って、柵の向こうを探しに行こうとしました。

 けれど、柵を越えようとしたところで、空から《見張り番》のマンスが降りてきて、引き止められてしまいました。「柵を越えてはいけない」と言うマンスにも、ジョルディンにしたのと同じ質問をしました。

 しかし、マンスも何も知りませんでした。そして「柵の向こうには決して出るな」と、強く言いました。

 北の丘へも探しにゆきました。けれどそこには、南の丘のものよりもはるかに高くそびえる城壁があるばかりでした。この壁を越えることは、クレドはおろか、大人たちにも無理そうでした。

 次に街の診療所へ行きました。ドクター・ベルにもジョルディンとマンスにしたのと同じ質問をしました。しかし、ドクター・ベルも「いいや」と首をふるだけでした。

 最後に西の丘へ行きました。管理人の館でサー・グリースにも、ジョルディンとマンスとドクター・ベルにしたのと同じ質問をしました。ですが、この街で一番物知りのサー・グリースも、クレドの行方を知りませんでした。

 そして、サー・グリースは言いました。

 

「この街では、時々こういうことがあるのだよ。ある日、忽然こつぜんと人が消える。消えた人が見つかったためしはない。・・・やがて、残された者たちは、彼らを失った悲しみに疲れて、私のもとへ来るのだ。『あの人のことを忘れさせて下さい』とね」


 サー・グリースがそこまで言い終わると、アルディアとドゥカはすっかり青ざめていました。そして、次にサー・グリースが何を言おうとしているのか、分かってしまったのです。


「君たちも、クレドを忘れてしまえばいい」


 アルディアの腕の中で、ドゥカがワッと泣き出しました。アルディアも、声をふるわせました。


「僕らはクレドを忘れない。僕らが戻してもらうとしたら、それは記憶の時間じゃない」


 そうしてアルディアとドゥカは、サー・グリースにその日1日分の時間を戻してもらいました。記憶はそのままに、体だけを1日、戻してもらったのです。

 こうして今日の姿のままでいれば、クレドがいつ戻って来ても、自分たちを見間違えることはない、と考えたのでした。




 アルディアはベッドから降りると、食器棚に3つ並んだカップのうち、右側の2つを手に取ってテーブルに並べました。


「お茶をいれるよ、ドゥカ」

「うん」


 ドゥカは嬉しそうに笑うと、「僕も手伝う」と言って、ポットを手に取りました。


  

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