深い眠り

ゆー

1 虚

梅雨真っ只中の午前0時。どんよりとした雲が空にかかり、湿気で皮膚に髪がまとわりついた。ビートが強い音楽はいつもと違って流れず、エンジン音と風の音が聞こえるだけの赤い車の中。私はなんともいえない違和感を少し前から感じ続けていた。

彼は私を見てくれているのか。ずっと先のことまで考えてくれているのか。そんなことを考えて勝手に恐怖し、感じた孤独感を彼にぶつけてしまう。そんな自分の性格は、前回の恋愛でもう懲り懲りだと思ったはずだ。何か証拠が欲しいのだ。彼が私のことだけを好いてくれて、他の誰にも見向きしないという証拠が。彼は私だけのものだという独占欲が、同じように私を縛り付け、離さない。独占欲を抱けば抱くほど、私は自分自身を苦しめている。そんなことに気づいたのは、ずっと前にいたずらで内側のガラスから書いた相合傘のマークと、困り顔をした顔文字を見たせいだ。

彼の車に書いた落書きは、一番幸せだった二人の関係を思い出させる。フロントガラスが曇ったり、光に当たったりしたときにはっきりと見えるその絵は、まるで他の女を寄せ付けないかのようだった。何も考えず書いたつもりの落書きは、本当に何も考えていなかったのか、それとも意識的に書いたのか、今となっては覚えていない。フロントガラスはだんだん曇っていき、落書きが次第に浮かび上がってくる。

彼が声を荒げる。どうやら私は私の黒さで、彼を灰色にしてしまったようだ。真っ白だったはずの彼は私を抱きしめる度に汚れ、疲れて、胸の近くはもう黒くなってしまっていた。私だけを見てほしいと強く願ってしまったばっかりに、彼はこんな姿になってしまった。

そして私は灰色になった彼を簡単に手放してしまうのだろうか。

続いて欲しいと強く願っている関係は、どうしてか、いつか崩れてしまう。互いに汚しあって、気付いた時には簡単に崩れてしまう。落書きは私に見せつけるように浮かび上がっていった。全部最初から無いようなものだった。

私は、相合傘と顔文字を手のひらで強くこすって消し、ニコニコマークを新しく書いた。

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