ココナッツ

小野寺こゆみ

ココナッツ

 彼女がストローを差したココナッツを差し出してきた時の表情に、嫌な予感がしながら僕はそれを飲んだ。青臭い甘さが口の中に広がって、それがいつもと変わりないココナッツジュースであることに安堵していた僕は、「エリックの死んだ原因、知ってる」と無邪気に聞く声に、嫌な予感が間違っていなかったことを悟った。

「知らないけど」

「あのねえ、ココナッツが頭に直撃したんだって」

 ばっかみたいよね、と笑う彼女に、そうだね、と返して、僕はまたココナッツジュースを一口飲む。

エリックは、僕らと違って潮風で傷んでいない髪を、鮮血に染め上げて死んだのか。病弱な彼は、僕らと違って日焼けも薄らとしかしていなくて、でもたまにかけっこをすると、どこまでも走っていってしまうような奴だった。僕は、そんな彼の瞳が気に入っていて、いつも彼の視線の先を追いかけて見ていた。そこには、いつも壁があるだけだったのだけれど。

「でもね、傑作なのはね、エリックはココナッツが当たってなくてもあの日死んだってこと。彼ね、自殺しようとしてたんだって。遺書と睡眠薬が持ち物から見つかったらしいけど、内容がすごくてね、ほら、そこに貸しボート屋あるでしょ、書き出しがね、そのボート屋のおじさんに謝っておいてください、って言葉で始まるんだって。ボクが死んだボートは、もう使い物にならないでしょうから、って。そのくせ死ぬ理由は書かれてなかったらしくて、ほんときざったらしい上に迷惑の極みって感じじゃない? 死にたいなら自分の部屋のベッドで睡眠薬飲んでODで勝手に死ねよって感じだけど、そこでわざわざボートに乗ろうってなるのがすっごいナルシストっぽい。で、ボートに乗ろうと月夜の海岸にやってきたら、ココナッツが直撃して死亡。ウケるでしょ」

「へえ」

 彼女は僕の気の無い返事に、まだこの話終わってないのよ、と少しムキになって言葉を重ねた。

「でも、そんなロマンティックな死に方できなかったでしょ。月夜にボートで眠りながら死ぬことができなかったエリックはそれを恨んでね、自分を殺したココナッツの木を呪ってるんだって。で、そのココナッツが、コレってわけ。……でも、貴方の反応を見る限り、やっぱ呪いはウソみたいね、つまんない」

「普通のココナッツジュースだけど」

「それね、噂ではエリックのザーメンの味になってるって話だったの」

 僕は椅子を蹴って立ち上がると、トラッシュボックスにココナッツを投げ入れて、彼女に少し酷い言葉を吐いて家への道を走った。彼女の甲高い笑い声だけが、僕の背中に刺さる。そして僕は自分のベッドにもぐりこむと、声をちょっとだけ出して笑った。彼のザーメンの味と、彼の自殺理由は、僕以外は知らないはずなのに、可笑しな話だって。

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