甘い誘惑

カゲトモ

1ページ

 あれ? と思いつつ足を止めた。あの背中には見覚えがある。少し丸い、良く言えばおおらか、はっきり言えばぽっちゃりな女性の姿。

 多分あのシルエットは近所の“スナック蝶々”で働く深雪さんだ。ミクリさんの店の右隣のところの。

「こんにちは」

 たまたま俺もその店に寄りたかったので隣に立って声を掛けた。深雪さんは中に入らず外から店を眺めていた。

「あ、あぁスカイさん。こんにちは」

 おおらかなのは体型だけでなく、表情や声色も含まれる。きっとこの包まれるような優しさに、男性たちメロメロなのだろう。こう見えて、っていうのは失礼か。深雪さんはキャストの中でかなり人気の高い人だ。

 垂れ目の大きな瞳が華やかで、パーツパーツは可愛いんだから、やせればもっと美人なのにもったいない、とママに言わせるくらいだ。まぁ俺としてはその包容力のある優しげなところが魅力的だとは思うのだけれど(体型、話し方含む)

「買い出しですか?」

「はい、フルーツの買い出しで。深雪さんはお買い物ですか?」

「え、えぇ。出勤の前に少しブラブラしようかなと思って」

「そうでしたか」

「えぇ」

 にっこりと笑っているのに、深雪さんの表情はどこかいつもと違っている気がする。なにか引きつっている、的な。

 気のせいか?

「ここの、俺も好きなんですよね」

「あ、はい、私も」

「深雪さんも」

「え?」

「シュークリーム、買いに来られたんですか?」

 あれ?

 なぜか空気が凍った気がした。にこやかに訊いただけなのに。あれ? 気のせいじゃない気がする。あれ?

 深雪さんの視線が一瞬鋭くなった気がした。

「え、と」

 パティスリー森野は昔ながらの町のケーキ屋さんと言った感じの、アットホームなお店で、特に売りにしているのはシュークリームと言う少し変わったケーキ屋さんで、ここのシュークリームが好きな人は沢山居て、えっと、だからべつにおかしなことを言ったわけじゃないんだけど。深雪さんの目が恨めしそうに細められた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る