バレンタインは妄想の中で

練田古馬

前編

 今日、2月14日は、言わずも知れたバレンタイン。

 デパートやスーパーでは、チョコとハートを意識して飾られたブラウン&ピンクの装飾が目にまぶしい。

 前日には、ました表情で歩く女性も、その手にはチョコレートを作るための材料が入ったレジ袋を持っていたりして、改めてバレンタインが来るんだなと言うことを認識させられた。


 ただ……、僕には関係のないことだ。


 年齢=彼女いない歴だし、特に親しい女友達もいない。

 そもそも、最近では友チョコの方が主流なのだ。僕の妹も、友達にあげるために熱心にチョコ作りに勤しんでいた。


 今朝の情報バラエティー番組でも、どこでデータを取ってきたのか、円グラフにして丁寧に説明していた。友チョコ率が99%になって残りの1%が男性に渡す、という統計らしい。もう既にそういう時代なのだろう。

 女性から男性にチョコを渡す時代そのものがもう古いものに成りつつあるのだ。

 だから、貰えなくても不思議ではないし、それが普通なのである。


 別に僕自身、言い訳をしているつもりはない。

 確かに、貰えない人には貰えないなりの問題も存在するかもしれないが、それ以上に時期的な問題は大きく関わってくるのだ。

 例えるなら、そこそこ優秀な就活生がいたとしても、就職氷河期に就活が重なってしまったら、就職出来ない可能性も生まれてくる、という事だ。

 時期が悪ければ、どんなに能力や顔面が優秀だろうと、関係がない。

 故に、僕には関係のないことなのだ。


 さて、無駄なことに思考をいている場合ではない。夕方からバイトが入っているのだ。さっさと準備して行かなくては。

 よく使うグレーのダウンを身に付け、バイト用のカバンを肩からげて、家を出る。

 僕のバイト先は駅の近くにある小さなスーパーだ。勿論もちろん、前述した通り、れなく僕のバイト先もバレンタイン用の装飾がほどこしてあるはずだ。


 正直、バレンタインの空気に当てられるのは嫌だが、こればっかりは仕方ない。そんな下らない理由でバイトを休むわけにもいかないし。

 そもそもな話、僕には関係がないのだ。気にする必要はない。

 ……まあ、全然気にしてはないわけだが。


 そう言えば、今日バイトで同じシフトなのって、M子さんとS美さんか……。

 M子さんは、僕がバイトを始めた時から色々と仕事内容を教えてくれた、とてもいい人だ。バイト中もお客さんが来なくて暇な時によく話しかけてくれるんだよなぁ。年下と知った時は少しビックリしたけど。

 S美さんは、物静かで近寄りがたいところがあるけど、とても気の利く人だ。僕がトチっても無言でフォローしてくれるし、困った時はとても頼りになる。

 どちらも、僕よりも勤続年数が長くて、頼りになる人達だ。


「………………」


 やはり、そんな彼女達もバレンタインという1つのイベントを意識したりするのだろうか?


「……うーん」


 僕としてはバレンタインにチョコを貰うことは期待してはいないのだが、やはりバイト先となると、義理であろうと配ったりする可能性も否めない。

 恋愛感情的な話ではなく、友チョコ同様、「日頃からお世話になってます。これからもよろしくお願いします」的な意味合いが込められているというのもあるだろうし、そうなってくると僕も貰う可能性はあるわけだ。


 すると、いくら貰えるとは思っていなかったとしても、ホワイトデーに向けて何も準備していないというのは、如何いかがなものだろうか。

 1ヶ月先じゃん! と、思うかもしれないが、あなどることなかれ。1ヶ月は早く過ぎ去る。それはもう、ウサイン・ボルトかってくらいに。

 そして、ギリギリになってから用意しようとなると、結局時間がなくて適当な物しか渡せなくなるのだ。


 相手がくれるチョコのクオリティは、ある程度それなりの物を渡してくれる、と考えていた方が妥当だとうだろう。だとしたら、こちらもそれ相応のお返しとやらをしなければなるまい。

 ちなみに僕の妹は、去年、友達には手作りのチョコを渡したのに、僕には市販のものだった。まあ、貰えるだけありがたいと思うべきなのだろうが……。しかし、重要なのはそこではない。チョコの形状がかなり異常だった。

 それは、どこで探してきたのか、ゴリラの立体型のチョコだったのだ。

 そのチョコの固いのなんの……。サイズも手のひらにギリギリ乗るくらい大きかったので、チョコ自体の密度も凄く、固すぎて食べきるのに30分くらい掛かった。

 故にホワイトデーには、ゴリラチョコの出所を調べ、同じ菓子メーカーが出しているオランウータンの立体チョコを妹に差し上げた。

 最後までチンパンジーと迷ったが、密度を考えてオランウータンを選んだ。日本におけるおもてなしの心というのは、そのくらいするのである。

 よって、妥協だきょうは許されない。真剣に考えなければ。


 僕はバイト先に向かいつつ、携帯を取り出して、『ホワイトデー お返し』で検索を掛ける。


「……ホワイトデーだからホワイトチョコとかにしようかと漠然ばくぜんと思っていたけど、チョコレート自体そこまで人気はないのか」


 ネットの記事には、チョコレートをチョコレートで返すのは、芸がない、と思われるのだそうだ。

 正直ネットの記事なので、どこまで信憑性しんぴょうせいがあるか分からないが、少なくとも単純な僕をだますには充分であることに相違ない。

 僕はその記事をスクロールして更に下の方を辿たどって行く。


「これは……!」


 辿った先にあったのは、ホワイトデーの時に渡したい物と、それぞれの意味だった。

 記事によると、


 マシュマロは、「あなたが嫌いです」

 クッキーは、「友達でいてください」

 キャンディーは、「あなたが好きです」


 なのだとか。

 僕は、初めてその事を知った。

 昔、小学校くらいの頃、義理チョコを貰った事はいくらかあるが、ホワイトデーのチョイスは基本的に親に任せていた。

 ……あの頃は良くも悪くも馬鹿だったからなぁ。それに小学生男子は多分、ホワイトデーのお返しとか、わざわざ自分で選ぶことはない。

 しかし、今こうして新しい知識に触れることが出来るのは、単純に楽しかった。


「さて……、それで何を渡すか、だな」


 単純に好意を伝えたいなら、キャンディーがいいだろう。だが、僕が伝えたいのはそういうことじゃない。

 他人にそれを言ったとしたら、賛否出て、何やら疑惑が浮上するかもしれないが、とりあえず、そういう事ではないという方向性で話を進めようか。

 そうすると、マシュマロはないとして、クッキーという選択に辿り着くわけだが……。


「クッキー、……どこで買うかな」


 相手がくれるモノにもよるが、やはり一定の水準はクリアしておきたいものだ。

 そこで、僕は何となく新宿などの店を色々と調べてみる。オシャレな人種でない僕は、ただ曖昧あいまいな直感に導かれるまま、スマホ上に指を滑らせた。


 ちなみにマシュマロもチョコを包む事で、貰った気持ち=チョコを、純白な愛=マシュマロで包んで渡すことになるらしく、ちょっと洒落しゃれたお返しになる。しかし、実践するとなると、かなり格好付けた感じが出てきてしまうので、流石に見送った。いつかそんなお返しが似合う男になりたいものだ。

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