迎えにいくよ
屑原ハコ
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夢を見ている。甘くて、やさしいだけの夢。いやなことなんてなんにもない、ただひたすらに、穏やかな夢。思わずうっとりと息をついてしまうほどに、しあわせに溢れた夢である。
春の日差しのような、または冬の朝のお布団の中のような、或いは母の胎内のような、そんなやわらかなぬくもりに包まれながら、わたしはひとり、旅支度をしている。
すいぞくかん、雨音、イルミネーションの灯り、街灯の丸い虹、雲に染み込む月のバター、くるくる回る腕時計、昨日の夕陽、浴室の床の水の音、ぬいぐるみ、キラキラの小石、踊るスカート、それに、かわいいうさぎ────好きなものだけをいっぱいかき集めて、しあわせを鞄にぎゅうぎゅうに詰め込んで、わたしは旅に出る。
足取りは軽い。ワルツを踊るように、軽やかに石畳の道を進んでゆく。淡い花びらの雨を降らせる桜の木を通り越し、さんさんと輝く太陽を一途に見つめる向日葵達の間を抜け、先へ、先へ。誰も追いつけないように、どんどん向こうへ。すれ違う思い出たちは、みんなしてわたしを見送った。
さようなら、さようなら。どうかお元気で。またいつか、夢の中で会いましょう。
わたしも、それにハンカチを振って応える。さようなら、さようなら。どうかお幸せに。もう二度と会えない、パパ、ママ、先生、みんな。わたしは、二度と戻らない。そう決めたの。
そうして、坂を下って、山葡萄の木をくぐって、川沿いに進んだ先の小さなトンネルを抜けたとき────どこからか聴こえていたオルゴールの音が止まった。
大好きな金木犀の薫りがして、わたしは静かに目を閉じる。
迎えにいくよ 屑原ハコ @nmkr9
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