彼の決死の反撃は
全身を貫く衝撃。自身の体が四肢もろとも砕け、血を吐きながら吹き飛んでいくーーそんな光景を幻視した。
だが何が起きたのか。衝撃に痛みは伴わず、自身の思考ははっきりと続いている。死ぬ前の僅かな走馬灯か? いや、それにしては
『何を惚けている。
いつもと変わらない調子で放たれた精霊の言葉。衝撃に備えるため瞑っていた瞼を恐る恐ると開く。
「ーーなんだコレ」
自身の両手を見やる。そこにあったのは見慣れた肌色の五本指ーーでは無く、真っ赤に燃え盛る焔。さらに目線を下に落とすと、ボロボロだった肉体には一様に焔が纏わり付いている。
胸の中央にはいつの間に現れたのか、真っ赤な色の
『それは
「……これまた随分と結構な物を。そんな物があったなんて俺は初耳なんだが?」
『我の所有物は我が把握していればそれで十分だ。わざわざ伝える必要もあるまい』
相変わらず偉そうな奴だ、と思わず苦笑が漏れる。だが、これまでとは違った明確な助力には感謝しなければ。
これも精霊骸装とやらの力か、いつの間にか飛び上がっていた高空から眼下の狂獣を見下ろす。唐突に俺がいなくなった事に困惑しているように辺りを探し回っているが、それを滑稽と笑う事も出来ない。そもそも飛び上がった事自体、自身で気付いていなかったのだから。
調子を確かめるように一回、軽く右腕を振るう。腕の軌跡をなぞるように、旗めいた焔が火の粉となって虚空へと散る。
既に先程までの痛みはない。癒されたのか誤魔化されたのか、何れにしてもこの精霊骸装のお陰であるという事だけは分かる。
「……正直、目的も分からない相手から力を借りるのは怖い。おまけに相手は人間以上の未知の存在。そんな出所の分からない力なんて今でも信用できない」
『随分と信用していないようだな主殿。ならばこの力を解除してやってもいいぞ? 我にしてみれば大した手間でもない』
「冗談。怖いけどそれを踏み越えていく、それが勇者ってもんだろ?」
ニヤリ、と精霊に笑みを向けて見せる。己の心に微かに残っている恐怖を呑み込む様に。
たとえ借り物の力だろうと、何を使ってでもこの場を切り抜けて見せる。格好はつかないが、そんな物に拘っていられるほど俺は強くない。開き直りでも何でもなく、これは純然たる事実だ。
だからこそ、狂獣を倒すためなら手段は選ばない。奴のせいで傷付く人がいるのなら、指を咥えて見ているわけにはいかない。
『……クク、実に良い。それでこそ我が見込んだ主人殿よ。目的の為なら手段を選ばず、清濁合わせ呑む。それを成す勇気を持つ者、それ即ち勇者と呼ぶのだよ。今の主人殿であれば、そう呼ぶのも吝かではないな』
「俺が? それは過大評価が過ぎるってもんじゃないか」
勇者パーティーから力不足で追い出された俺が勇者とは、精霊も悪い冗談を言うものだ。今だって狂獣に届かない分を精霊の力で補っているというのに。
だが、彼女は至極真面目に言葉を続ける。
『何、遠慮はするな。我の言葉に一切の虚言は含まれん。そもそも力の強いものが勇者だというのなら、主人殿と共にいた奴らはそれにかすりもせぬさ』
「あいつらが?」
『強さという観点のみでいうのであれば余程我の方が向いているであろうよ。だがな、そもそも我のような強者には勇気など無用の物。我よりも強い者などおらんからな!』
ハッハッハと高笑いを上げる精霊。やけにテンションが高いが、恐らくこれは上機嫌というよりも……。
「……もしかしてなんだが、俺の事励ましてる?」
かつて勇者達に見捨てられ、その事がしこりとして胸に残っている事を見抜かれたのか。恐らく勘のいい精霊の事だから、とうの昔に気付いてはいたのだろう。ここでいきなりかつての仲間を引き合いに出してきた辺り、もしかしたら気を遣ってくれたのかもしれない。
『……幾ら我が上機嫌だろうと、つまらぬ冗談に笑う程暇では無いぞ。発言には重々気を付けよ』
いきなり笑いを止めたかと思うとしばしの沈黙の後、精霊はそっぽを向いて言い放つ。どうにもその行為が照れ隠しに見えて仕方なかった俺は、思わず吹き出してしまった。
『き、貴様何を笑っている! ええい、大人しく目の前の敵と戦わんか! さもなくば貴様との主従契約を解消する事になるぞ!』
「悪い悪い、でもこれだけは言わせてくれ。まだ信用はできないが、多分お前は悪い奴じゃ無いな」
眼下の狂獣に向けて一気に降下する――その直前にふと思いついて精霊へと話し掛ける。
「いつまでも『お前』じゃ格好がつかないな。帰ったらサウリール達と一緒に、お前の名前を考えようか」
『……フン』
否定の言葉が返ってこなかったという事は、恐らく許可したのだろう。何処と無く彼女の事が分かってきた自分に気付き、静かに苦笑する。
「さあ――覚悟決めろよ」
大きく息を吸って、一息。ゆっくりと倒れこむように降下を開始。
直後に足裏から爆破を起こし、一気に速度を上げる。急加速の勢いで肌に突き刺さる重たい空気抵抗――だが、普段のそれよりは明らかに負担が少ない。これも精霊骸装の力なのだろう。
ようやく上からの脅威に気付いた狂獣が空を見上げる。四肢で辺りに散らばった瓦礫を拾い上げ、撃墜せしめんと次々に投げつけてくる。その凄まじい勢いは、ただの木材を砲弾に変える程度の威力はあろうか。
「遅い!」
だが当たらない。両手から炎を噴射させる事で落下の角度を変え、飛来する瓦礫から射線をずらしていく。
加速した思考の中で、自分と相手だけがスローに動く。これが
奴の周りから瓦礫が無くなった。そして、最後の砲弾が勢い良く俺目掛けて投げつけられる。
後二秒もあれば手が届く距離。俺の加速度と瓦礫の加速度を合わせれば、瞬きの内に俺の体へと到達しその四肢を砕くだろう。
だが――今の俺にはそれすらも遅い。一気にブーストを噴かせ、即座に
髪の毛一本。それが狂獣の必死の抵抗による唯一の成果だった。
だが、狂獣には投げきった後の隙を埋めるだけの手数がある。肩から生えた腕が、飛来する俺を迎え撃つべくその拳を握り締め待ち構えていた。
風切り音という表現では生温すぎる、空気を割ったかのような轟音。全力のテレフォンパンチが俺の肢体を砕こうと迫り来る。
「ぶちかます……!!」
それを、俺はあえて真正面から迎え撃つ。先ほどまでの俺であれば、成す術なくそのまま拳に打ち抜かれていただろう。だが、精霊からの支援を受けた今なら。この精霊骸装を付けていればそれが出来ると半ば確信めいたものを持っていた。
そして激突。合わせて突き出した拳から、己が出せる全力の爆発を放つ――!!
次の瞬間、目の前が眩むほどの爆炎。耳鳴りがするほどの轟音の中、微かに狂獣の悲痛な叫び声が聞こえたような気がした。
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