彼らは無理矢理飛び出して





「だ、誰か薬師を呼んで来てくれ! 早くしないと手遅れになっちまう!」



助けを求める声の方へと向かうと、幾人もの獣人が慌てた様子で集落の入り口へと集まっている。辺りに漂うただならない雰囲気の中、俺達はさり気なく騒動の中心へと向かう。


中心には傷だらけの男が一人、そしてその横で明らかに重症と見て取れる獣人が介抱する人垣の中心に倒れていた。隙間からチラリと赤い何かが見えた瞬間、俺はラトラの視線を遮るように立ち位置を変える。



「? どうしたんだよ?」


「いや……サウリール、ラトラを連れて先に帰っててくれないか? 俺は後から行くからさ」


「……はい、わかりました」



 俺の発言の意味を理解したのか、サウリールは頷くとラトラの手を引いて帰路に付く。意味が分からないラトラは若干不平を漏らしていたが、それでも場の雰囲気をどこか感じ取っていたのかさほど抵抗することなくサウリールに付いていく。実に賢い子だ。


 彼女らが去っていく後姿を見送ると、俺は改めてその惨状を見るために人垣へと近付いていった。



「済まない、少し聞きたいんだが一体何があったんだ?」


「おお……アンタは昨日ラトラと歩いてた兄ちゃんか。まだこの集落に居たんだな?」



 偶然にも話しかけた相手は、昨日ラトラをからかったあの中年の男だった。彼の浮かべている沈んだ表情が、目の前で倒れている人物の容体を表しているというのは想像に難くない。


 改めて様子を見てみると、その暗い表情の理由が理解できる。倒れている人物は男だったのだが、その男の右肩から先が存在していない。どうにか治療しようとしたのか応急処置の跡は垣間見えるが、残念ながらそれは功を奏していないようで少しずつ赤黒い血液が地面へと漏れ出している。


 男の顔色は青い所を見るに、ここに辿り着くまでに相当量の血液を失ったようだ。このまま放置すれば……いや、放置せずとも対応が遅れれば死に至るのは間違いないだろう。



「ああ、少しばかり縁があって、暫く滞在することになった。それよりも少しいいか? 少しばかり手当を施したい」


「え、だが流石にこの傷は応急処置でどうにかなるものじゃないぞ? 下手に動かすより、薬師さんの到着を待った方が……」


「安心しろ、こんな時にぴったりの魔術がある」



 記憶の中から、聖女のハルートに教わった癒しの魔術をいくつか引っ張り出す。確か、戦闘時にも役立つ即効性の高い呪文があったはずだ。


 俺は魔術の扱い自体がさほど得意ではない。長らく練習もしていないこの魔術が上手くいくかどうか。だが、これをやらなければこの男は死ぬ。限界まで気を張り詰めて、俺は呪文を唱えた。



「……『光の堅壁ブライト・シールド』」



 次の瞬間、男の傷口に光の膜のようなものが出来上がる。それまで地面に流れ出していた血が止まったのを見て、俺は成功を実感した。


 『光の堅壁ブライト・シールド』。光属性の魔法であり、本来は敵の攻撃から身を守るために使われる物だ。だが、聖女たるハルートは光属性の魔法は人を傷つけることがないという特性を利用し、これを怪我の応急処置としても利用していた。


 教えてもらった際には上手く扱うことが出来なかったが、土壇場で成功させることが出来て本当に良かった。俺はいつの間にか流れていた冷や汗を拭うと、一つため息を付く。


 周囲から沸き起こるどよめき。



「あ、あんた魔法が使えるのか!? すげぇ、傷口が一瞬で塞がった!!」


「あくまで塞いだだけだ。しっかりとした診察は薬師に任せた方がいい……それより、この人はなんでこんな状態に? 腕を失うとは随分と穏やかじゃないが」


「……それについては俺が話そう」



 俺の問いかけに対し答えたのは、横で蹲っていた傷だらけの男だ。見たところ大怪我こそ負っていないが、こちらへ向かって歩く姿はどうにも覚束ない。恐らくどこか内傷を負っているのだろうか。痛みに耐えているのか、端正な顔付きが随分と歪んでいる。


尖った耳に、フサリとした黄色の尻尾。見た目から判断するに、おそらくモチーフは狐だろうか?


 彼の背中には空になった矢筒と弦の切れた弓が背負われており、いかにも狩人然とした姿をしている。よく見ると倒れている男の背中にも、同じように装備が整えられていた。



「あんたも随分と怪我をしているな。見たところ狩人のようだが?」


「ああ、俺の名前はベリオ。お察しの通りこの集落で狩人をしていてな……ロジス、そこの倒れてる奴とさっきまで狩りをしていたんだ」



 確かに、獣人の傾向としてラトラのように肉食獣の特徴をした獣人は肉を食べ、サウリールのように草食獣の特徴をした獣人は野菜を食べるという食習慣を持っている。肉を狩れない子供の獣人には、大人が取ってやる必要があるのだろう。


 彼は歯噛みすると、喉の奥から絞り出すように声を出す。



「だが……あいつが現れてッ……俺たちは撤退することを余儀なくされたんだ」


「あいつ?」


「ああ。この森に住まう狂獣……そいつに運悪く襲われちまった。そのせいでロジスは大怪我、俺はこの通り……ああくそ、そうだった」



 狂獣とは一体何なのか。詳しい話を聞きたかったが、それを聞く前にベリオが急に立ち上がった為叶わない。よろめきながらも再び森の方角へと向かおうとする彼を、俺と周囲の獣人は慌てて押しとどめる。



「落ち着けベリオ! 一体どうしたというんだ?」


「母さんの形見のペンダントが無いんだよ……! きっとアイツに襲われたときにストラップが外れたんだ。早く取りにいかないと!」


「だからと言って、そんな体で狂獣に敵う訳無いだろう! 今は頭が怒りで煮えているだけだ、一晩静養してから探しに行けば……」


「糞ッ、だけどエルフの奴らなんかに取られたら……」



 傷ついた体で押し通ることは叶わなかったのか、村人たちの説得に折れその場で膝を付くベリオ。その表情は嘆きに染まり、絶望に打ちひしがれている。余程そのペンダントのことが大事なのだろう。母の形見と言うからには無理も無い。


 ……仕方ない。これもこの集落に馴染む為だ。少々危険かもしれないが、少しばかり人助けに走るとしよう。



「……わかった。それなら俺が取ってこようか? ペンダントの形が分からないから着いて来てもらう必要はあるけどな」


「え……?」



 驚いたように顔を上げるベリオ。その表情には喜びというよりも戸惑いの色の方が強く表れている。まあ、まだ信頼どころか面識も無い為仕方のない事だが。


「兄ちゃん、いくら何でもそれは無茶ってもんだぜ。相手は森の狂獣……一人二人でどうにかなるようなもんじゃない。今回ベリオ達が返ってきたのだって奇跡みたいなもんだ」



 死地に向かう様に見えたのか、俺の事を諫めてくる男。力を侮っているというよりかは、どこから来たのかも分からない旅人のことを慮っている様だ。その気持ちはありがたいが、生憎と人助け以外にも理由がある為ここで引くわけにもいかない。


口には出来ないが、精霊という奥の手もある。その狂獣とやらがどれだけ強いのかは知らないが、いざとなれば鍛えた逃走術でなんとかする事は可能だろう。



「森の狂獣がいたからって、別に確実に遭遇するわけじゃないだろ? すぐ行ってすぐ帰る、これで何とかなるだろうさ」


「認識が甘すぎるぞ! 奴は執念深い、一度見つかったらどこまでも追いかけてくるのは確実だ!」



 俺をどうにか引き留めようとする男。だがベリオはそんな男の肩を引くと、男を押しのけて俺の前に神妙な顔つきで立った。



「……わかった。その話に乗ろう」


「ベリオ、お前まで!?」



 誰とも知れない男を信用するリスクと、自身のペンダントが返ってくるというリターン。二つを天秤にかけた結果、彼の中でリターンに傾いた様だ。


彼にとって、これは一刻を争う状況。それ故に判断力が鈍っているのだろう、本来ならばぽっと出の男程度に任せていい案件ではない。


何時もならばそこはかとなく注意するよう匂わせて警告していただろう。だが、悪いが今回ばかりは俺に都合良く事を運ばせて貰う。内心で謝罪しつつ、ベリオへと声をかける。



「オーケー、そんじゃ詳しい話は後だ。取り敢えず何も言わずに俺の体へ捕まってくれるか?」


「え、ああ……こうか?」



怪我をしているというのに、存外に強い力で俺の腰元を抱えるベリオ。やはり獣人は根本的に力が強いのか、と場違いな感想を抱く。


さて……彼には悪いが、少しばかり未知の体験をして貰おう。



「んじゃ、少しばかり我慢しててくれ。詳しい道案内は頼んだぞ」


「は? それはどういう……」



ベリオが疑問を言い終わる前に、両の掌へと点火。真紅の焔が宙に舞い、バチリと音を鳴らす。


激しい爆発音が聞こえるや否や、一瞬で爆発した空気は俺達の体を勢い良く跳ね飛ばした。



「うおあおおおおおおお!!!!????」



獣人達の驚愕に染まる顔や、集落から薬師が走り寄ってくるすがたが見えたのも一瞬。


次の瞬間には音も景色も、全てを置き去りにして俺達は飛んで行った。

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