彼は言葉を交わしつつ





「そんじゃ、失礼しましたー」


「もう、ラトラ……」


「ほっほ、元気があるようで何よりです。それではバグス殿、これから宜しくお願い致します」


「ええ、俺の方こそこれから世話になります」



俺、ラトラ、サウリールの三人は思い思いに礼を告げ、長老の家を後にする。


家路をゆっくりと進みつつ、俺は二人に話し掛ける。



「そんじゃ、改めて二人にも自己紹介しとこうか。俺の名前はバグス・ラナー。こことは別の大陸からやって来た『人間』っていう種族の男さ」


「人間、ですか……俄かには信じがたいですが、この森を抜けた先にはそんな者達が居るのですね」


「最初に勘違いしちまったオレが馬鹿みたいじゃん……もっと早く言ってくれよ!」


「はは、先に勘違いされると訂正するのも面倒臭くてな。都合も良いし黙ってたんだ」



此方からしてみれば、性酷薄にして残忍な御伽噺の存在がいきなり表れた様なものだ。今でこそ彼女らを見てそう思うことなど無いが、事前情報の少ないあの場ではこの選択肢が最善だった。


とはいえ、半ば騙されたような形になったのが不満なのか、ラトラは頰をぷくりと膨らませて不平を露わにする。可愛かったので取り敢えず顎下を撫でておく。



「く、そんなんじゃオレは絆され……ゴロゴロゴロ」



初めこそ抵抗の意思を見せていたが、本能には抗えないのか暫く撫で続けると満足気に喉を鳴らし始める。


猫耳は伊達ではなかったという事か。ある意味納得の結果である。


サウリールはそんな俺らの様子を見て笑顔を浮かべていたが、ふと思いついたように口を開いた。



「でも、そんな遠い場所からどうしてこんな所に? この集落に辿り着いたのも偶然だと聞きましたが、この地には精霊様以外何もありませんよ」



そういえば、長老にこの地に来た事情を説明する際、星魔王やら勇者やらの話は省いて説明していたのだった。


此方は既に見捨てられた身、最早奴等とは何の接点も無いのだ。態々説明する必要も無いだろうと考えていたのだが、直接聞かれては答えない訳にも行かない。



「ん、ああ……そうだな、『星魔王』ってのは知ってるか?」


「星魔王? うーん、私は聞いた事ないですね。ラトラはどう?」


「ふにゃにゃ……ふぇ? せ、星魔王? オレも聞いたことにゃい……ゴロゴロ」


「ま、そうだろうな。人間大陸の方で付けられた名前だ。知らないのも無理はない。星魔王ってのはな……」



この大陸に降り立った、そらからの侵略者。その内実を俺は事細かに彼女らへと話した。取り敢えず、自分が勇者パーティーから追い出されたということを除いて。


思えば、これは混乱を招くとして一般市民へと流布させる事が禁じられている情報だ。それをこうして誰かに話すというのは、実は初めての経験だったりする。


一通り話し終えると、サウリールは驚いた様に声を上げる。



「そんな存在がこの土地にいるなんて……確かに最近『マガツ』が増えている様な気はしましたが、それも星魔王の仕業だったんですね」


「『マガツ』? ああ、魔獣の事か。この辺りではそう呼ぶのか?」



聞きなれない単語に俺は疑問を呈する。話の流れからして恐らく魔獣の事だろうが、それにしても随分と禍々しい呼び名だ。


だが、俺の問いに答えたのはサウリールではなく、ラトラでもなく、この場にいない筈の第三者だった。



『ああ。まがつ気を浴び、その有り様をねじ曲げられた哀れな獣。理性が無い故の汚染だろうが、まっこと哀れよのう?』


「え?」


「こ、この声はもしかして……」



一体どこから聞こえて来たのか。慌てて辺りを見回すも、声の主の姿は見当たらない。


すると、唐突に俺の懐から火の玉が飛び出てくる。手の平大程の、極小さな玉だ。まさか、と考えていると、その火の玉から声が発せられる。



『ハッハッハ! 我だ!』


「付いてくるなと言っただろが!」


『わぶっ!?』



怒りを込めて全力で玉を叩くと、火の玉はまるでゴムボールの様に地面へと叩きつけられ、その後跳ね上がって元の位置へと戻る。


漂っている火の玉は、その状態のまま俺へと不平を口にした。



『ええい、何をする! いくら我が下僕とはいえ、やっていい事とやっていけない事があるのだぞ!』


「それを言うなら着いて来るなって俺も言っただろ! 約束くらい守れや!」


『ふふん、その点に関しては問題ない。この我は分霊、本体たる我の移し身よ。我が着いて行ったのではなく、一部が主殿に付いてしまっただけの話だ!』


「そんな言い訳が通るかボケ! 実体がないからといって好き放題出来ると思うなよ!」



精霊の体が実体を持たないエーテル体だからこそ出来る芸当だ。それが出来る事自体は別に良いのだが、それを悪用されては困る。



『おっと、良いのか主殿? 余り我と騒いでいると我の存在が周囲にバレてしまうのでは無いか?』


「ぐっ……」



精霊の脅しに言葉が詰まる俺。確かに余り騒ぎすぎて精霊の存在が発覚しては本末転倒だ。


完全に精霊の策に嵌ってしまったようである。後でこいつを厳しく叱咤しようと心に決め、ひとまず俺は矛を収めることにした。



「……オーケー、分かったからひとまず俺の懐の中に入っといてくれ。聞きたい話が無いこともないからな」


『ふふん、初めからそう言っておけば良いものを』



この後仕置を受けることなど知らず、得意げな雰囲気で俺の懐へと飛び込んで来る精霊。


唐突の登場に驚いた様で、ラトラとサウリールはガチガチに固まっていた。やはり腐っても信仰対象という事か、精霊の影響力は大きい様である。不用意な発言を防いだ俺の判断は正解だったと言えるだろう。



「それで、魔獣は禍つ気を浴びて生まれると言ったな? それはどういう事だ? 奴らは星魔王の眷属ではないのか?」


『貴様ら人間の想像は半分当たっている。だが、もう半分は間違いだ』



再びゆっくりと家路を歩きながら、精霊へと問い掛ける。表情こそ無いが、彼女の声色からどうにも得意げに話している状況が想像出来た。



『眷属、というのは正しい。だが、奴らはあの魔王めが連れてきた存在では無いーー作り出したモノだ』


「作り出した? それはつまり……」


『ああ。この星の生物を素体にし、奴の気を浴びせる事で生み出したという事だ』



精霊の言葉に思わず目を見開く。確かに、各地の討伐報告や勇者パーティーの活動を含め毎日相当数の魔獣が狩られているというのに、一向に魔獣が殲滅出来ないのは異常だと思っていた。まさか、星魔王がそんな力を持っていたとは。


だが、まだ疑問はある。星魔王が魔獣を作り出しているのならば、どうやって人間大陸へと送り込んでいたのか。まさか空や海を使って? いや、それだと狼型などの魔獣が人間大陸に存在する事の理由がつかない。


まさか俺たちが精霊大陸へやってきた様に船で運ぶなどという事はしないだろう。という事はもしやーー。



『ふむ、まあ概ね主殿の想像通りだと言っておこう。星魔王は自身の望んだ場所へ禍つ気を飛ばし、対象を汚染させる事が出来る』


「……どうやって俺の思考を読んだのかは追求しないでおこう。だが、その情報は確かなのか?」


『生憎だが確証は無い。だが確信はある。そも、我ら精霊が三百年ぶりに起きたのは星魔王とやらがこの地に降りた事が原因の一端なのだぞ? ある程度奴の事は把握しているに決まっているだろう』



傲岸不遜に言い放つ精霊。確証が無いとは言っていたが、彼女の口調で言われると何故かその通りな気がするから不思議だ。


しかし、この性格は存在する精霊全体に言える事なのだろうか。それとも炎の精霊限定なのか。出来れば後者であってほしいが……仲間になったから良いものの、同じような奴が何体も来て戦いを挑んで来るようなら俺には本気で逃走する自信がある。



「我ら? ってことは、同じように他の精霊も起きたって事か?」


『ああ。我ら精霊は自らの地へ見知らぬ者が土足で踏み込こんで来る事を酷く嫌う。程度の差はあれ、な。この大陸は我ら精霊の物、であれば星魔王と敵対するのは当然であろう? まあ、我は敢え無く主殿の虜となってしまった訳だが……な』


「ったく、それはお前が原因だろうが。それにお前らがやらなくとも、現在進行形で討伐しようとする奴らがいる」



そう、今もメリダら勇者達は星魔王を討伐する旅路を進んでいる事だろう。今頃どこにいるかは分からないが、ひょっとしたら星魔王を討伐しているかもしれない。それだけあいつらは強かったのだから。


僅かな郷愁が胸に過るが、既に恨み辛みといった負の感情は残っていなかった。唯一しこりとして残っていたフェルグスとの関係も、フェルグスの姿を借りた精霊との争いで僅かなりとも溜飲を下げる事が出来たのだろう。



『……ふむ、主殿の記憶にあったあの連中の事か? そんな大層な者には見えなかったが』



精霊が何かを呟く。が、俺がそれに何か言葉を返そうとした時、集落に何者かの男の声が響き渡った。



「おーい! 誰かコイツを運んでやってくれ! 頼む!」



焦りを含んだ声はただならない事態を想起させる。俺はラトラ達と顔を見合わせると、声が聞こえて来た方角へと走り出した。

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