彼はどうにか場を収め




衝撃の発言にピシリと凍る場の空気。想像だにしなかった発言に、張本人である精霊以外の表情が思わず固まる。


 予定外の行動をした精霊に声もなく抗議をする俺。だがそんな俺の感情など露知らず、精霊は言葉を続けた。



『なんだ、疑っているのか? それとも我の言葉が理解できなかったか? フン、低能な者共には理解しがたいかもしれないが、すべては事実だ。本来ならば不敬を故にその身を焼き尽くしている所だが、今の我は上機嫌故な。もう一度だけ言ってやろう』


「ええい、言わんでいい! 話がこじれるから一回黙ってろ!」


『む? しかし主殿、貴方の権威を示すためにはこれが一番ではないか? それに、コソコソと隠れ住むのは正直まだるっこしい』


「後者が本音だろお前! 俺目立つの嫌だって言ったじゃん!? そういうのは勇者と旅してる時にお腹一杯味わったの!」


『主殿、口調が乱れているぞ』


「誰のせいだ誰の!」



 間違いなく精霊のせいである。


 だが、俺が精霊と口論したところで時既に遅し。一度吐いてしまった唾を戻すことは出来ない様に、一度してしまった発言を撤回することは出来ないのだ。


 チラリと獣人達を見ると、もはや驚愕を通り越して無表情を極めているかの如くになっている。さて、一体この場をどう収めた物か。


 とにかくこうなってしまえば、最早言い訳は通じない。俺が精霊の主人となった旨を認めた上で、どうにかうまい具合に話し合いを持っていくしかないのだ。



「あーっと、そのですね……これは決してやろうと思ってやった訳ではなくてですね」


「……あ、貴方様は……つまり精霊様に認められたということですか?」



 俺の弁明も聞かず、老人は微かに震えながら問いかけてくる。自分で認めるのも難だが、俺は恐る恐る頷いた。


すると老人は唐突に手に持っていた杖を取り落とし、その膝をつく。周囲に立っていた獣人達が慌てて彼を介抱しようとした。



「ちょ、長老!? 」


「……貴方様が、貴方様こそが真に選ばれし者でしたか。このモノリス、謹んで挨拶を申し上げます」



獣人達の手も振り払うと、長老ーーモノリスは、俺は向かって深々と頭を下げる。その平身低頭たるや、最早土下座と変わりない。


流石にそこまで畏まられては此方としても困る。精霊は満足しているようだが、俺は頭を上げてもらうよう彼へと話しかけた。



「そ、そんなに畏まらなくても良いですって! その、モノリス……さん? はこの集落の長老なんですよね?」


「敬語など必要ありません。ただのモノリスで結構です。我ら一同、精霊様を称え守るだけのお役目。なれば真に精霊様の加護を受けし者には従うが道理で御座います」


『ハッハッハ! 何だ、愚かとは思っていたが多少は物分かりのいい者も居るではないか。これからも我らを崇め、称える事に精を出すがいい』


「勿体無き御言葉……」



駄目だ、よくある狂信者の類でこちらの話を聞いちゃいない。恐らくこの御老人は、精霊が死ねと言えば何のためらいも無く死ぬのだろう。旅の最中でも色々な人物に会って来たが、一番面倒臭いタイプだ。


もうこうなったら、俺が崇められるのは諦める。逆に集落へと受け入れられ易くなったとプラスに考えよう。後はこの交渉の落とし所をーー



『折角だ、手狭だがこの集落を主殿の拠点とするのも悪くは無いな。愚鈍なる者よ、この集落の支配権を我が主にーー』


「だーもう! こっちにはこっちの交渉があるんだから少し黙れ! お前が口出すと話が拗れるんだよ!」



余計な事まで話そうとしていた精霊の言葉を大声で遮る。奴の言葉の通り支配権を渡されてしまえば、これからこの集落を俺が統治しなくちゃならないという事になるからだ。


別段この集落が欲しいわけでも無いし、そもそもそんな面倒な事に口を出すつもりも無い。俺はただ、静かに平穏に日々を送ることが出来ればそれで良いのである。



『だがな主殿、我を従える者として小さく収まってもらっては困るのだよ。炎の化身たる我を下したのならば次は水の化身、空の化身、大地の化身。そしてゆくゆくは世界を収めてもらわねば、到底釣り合いが取れぬと言う物』



困ったような口調で言ってくる精霊だが、寧ろ計画を崩されて困っているのはこちらである。そもそも世界を収められる位の実力あるなら勇者パーティーを追い出されてない……自分で言ってて何だか悲しくなって来た。


俺はかぶりを振ってから、諭すように精霊へと話しかける。



「世界になんて興味は無い。ここまでの長旅で、もう俺は疲れたんだよ。お前に力を示す、それが今の俺の限界なんだ。俺に身を捧げたってんなら、少し位俺のことも理解してくれ」


『むう、我なりに主殿の事を考えたのだがな……』



 未だ納得が行っていないようで、不満げに頬を膨らませる精霊。だがこちらとしてもこれからの生活が掛かっている以上、納得してもらうほかない。


そもそも、こうして精霊との争いで勝利を収めた事自体が奇跡なのだ。これが炎ではなく、他の属性であったら万に一つも勝機はなかったと言えるだろう。



「とりあえず、こんな場所で話し合うのも難でしょう。私の家へ来てください。そこで当面の話をつけてはいかがでしょうか?」



 土下座から立ち上がった長老は、そんな俺たちの様子を見て一つの提案をしてくる。彼の温厚な口調は、こちらに警戒心を一切抱かせない。


とはいえ、周囲に立っている獣人達の穏やかでないと視線が無ければ、の話だが。見知らぬ男が自身達の信仰対象を虜にしたのだから仕方の無い事かもしれないが、此方としては気が滅入る話だ。



「……まあ、何をするにしてもそれが一番か。わかりました、お言葉に甘えさせて貰います」


『我は? 我は?』


「話が拗れるし他の獣人達が驚くからここに居ろ。後で迎えに来るから」


『えー』



下手に連れ出して混乱を招くのも問題だ。ここは我慢してもらおう。とはいえ、我慢させ過ぎて爆発されても困る為何処かで発散させなければ。


 と、そこまで話が纏まった所で、洞窟の先から足音が聞こえてくる。軽いが、インターバルは短い。恐らくこの足音の主は……



「バグス! 薬草持って来たぜ……ってあれ、何だこの状況?」



 まあ当然というか、駆け込んできたのはラトラだった。見知らぬ人員が増え、その上ボロボロだった俺が問題なく立っているとなれば状況が理解できないのも仕方ないだろう。


 とはいえ、ここから家までは結構な距離があったはず。それをこの短時間で往復したというのは、俺のことを気遣ってくれたという証拠だろう。よくやったという意思を込め、とりあえず頭を撫でておく。



「よーしよしよし、いい子だいい子だ」


「ふ、ふにゃぁ……気持ちいい……じゃなくて、オレの頭を勝手に撫でるな!」



 フシャー! と撫でた手を払われてしまった。案外耳の感触が気持ちよかったから少し惜しい。


そんな事をしていると、ようやく気付いたのかふと長老達の方を見るラトラ。先程まで満更でもなかった彼女の表情が、唐突に苦々しい物に変わった。



「……げ、メリダスとその取り巻き連中じゃんか。こんな所まで何しに来てるんだよ」


「あ? 見てわからねぇのかラトラ。爺さんの付き添いに来てんだよ」



長老を取り巻いている中の内の一人が、ラトラに言葉を返す。爺さん、と言うからには長老の孫なのだろうか。ガラガラとした声といい、筋肉質な肉体といい、今度は間違いなく男の様だ。 何がしかの因縁があるのか、お互い苛立ちを隠そうともしていない。


原因は分からないが、このまま放っておけば事態がこじれてしまうのは分かる。俺は二人の間に割って入り、会話を無理やり遮った。



「そこまで。取り敢えず因縁は一旦置いといて、話はこの洞窟を出て、長老の家に行ってからにしないか? そっちの方が楽だろう」


「黙れ! 部外者が口を出すな!」



男ーーメリダスがそう言った瞬間、俺の背後で強烈な殺気が膨れ上がる。予感に従い、俺は咄嗟に制止を掛けた。



「止めろ! 不必要に手を出すな!」


『……』



振り返ると既に幾数もの炎弾が宙に浮かんでおり、精霊が手を振り上げた状態で佇んでいる。制止を掛けなければその手が振り下ろされ、無数の炎がメリダスへと襲い掛かっていた事だろう。


顔面蒼白になる一同。それとは対称に、俺は大惨事にならなかった事に対して内心で胸を撫で下ろす。



「……これで分かっただろ? 脅すつもりはないが、面倒な事になるってのを伝えたかったんだ」


「……チッ」



何も言えなくなったのか、或いは背後の精霊に怯えたか。メリダスは一つ舌打ちをすると、不機嫌な様子のまま洞窟を去っていく。取り巻きの一同もそれに続き、後には長老一人が残された。


長老の付き添いに来たのでは無かったのだろうか。俺は肩を竦め彼らを見送ると、長老へと向き直る。



「あー、それじゃあ案内頼みます」


「申し訳有りません、私の孫が失礼をば……」




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