彼は獣耳に遭遇し




パーティーを追放された俺は、失意の中精霊大陸の森林を彷徨っていた。


先程も言ったように、精霊大陸は未知の世界。どのような生物がいるのかも分からなければ、魔物がどの程度発生しているのかも分からない。


その為、この土地を大した装備無しに歩き回るのは非常に危険だ。だが、寄る辺も仲間も失った俺にとっては、今更命など考慮する余裕は無かった。


ただ、そんな心境でもこれからどうするかという心配は湧いて出てくるのだから人間とは不思議なものだ。



「……はぁ。帰る場所も待ち人もいないし、これからどうしたもんかなぁ」



俺は俺なりに、どうにかパーティーへ貢献できないかと頑張っていた。


だが、非情なことに此処は努力だけで認められる世界ではない。成果の出せない俺に対し、勇者達も限られたリソースを裂けないというのも事実である。


ああ、分かっている。分かってはいるが……それでもこの胸の疼きは消えない。後悔は情念となって俺の心を苛む。



「仕方ない、か。金はあるけど、それもこの大陸で役に立つかどうか……」



勇者パーティーという都合上、各国から援助金という形で多額の金が入ってくる。メンバーが六人居るとはいえ、等分しても一生遊んで暮らして尚余る程にはあった。


大部分は人間大陸の方に置いてきているが、餞別のも含めて手持ちの金は十分にある。材質は金で出来ている為、この精霊大陸でも何がしかの役に立てば良いのだが。



「今から実家に帰る、ってのもなぁ……」



幸いにして俺の実家は戦火を免れているが、一度大口を叩いてパーティーへ参加する為に出て行ってからそれきりだ。


まあ、元より両親との折り合いも悪い。唯一仲の良かった妹は心配だが、あいつの要領の良さならなんとかやっていけるだろう。その為、実家に帰るという選択肢は真っ先に消えた。


かといって別の国に移住するのも色々と面倒だ。自分で言うのも何だが、こう見えて俺も随分顔や名が売れている。一人だけノコノコと帰れば不思議な顔をされるだろう。そこに星魔王を討伐した勇者達が帰ってきたらどうなるか?


……想像もしたく無い。


詰まる所、俺は今引くも地獄、戻るも地獄という絶体絶命の状況に追い込まれているのである。地獄に耐えられるメンタルがあれば別かもしれないが、恐らく俺では耐えきれない。


そんなことを考えながら、あてども無く森を彷徨っていた時だった。



「どうしたもんか……ん、この匂いは?」



ふと、何処からか漂ってきた臭気に気を取られる。


この香りには覚えがある。普段から良く嗅いでいた、何かを燃やした後の香りだ。



「こんな森の中で、何かを燃やすような存在がいるのか?」



そんな疑問を持ちながらも、匂いの漂ってくる方向に足を運ぶ。普段なら危険だと避けるような出来事でも、今の俺にはもはや関係なかった。


草木を掻き分け進むと、そこには想像もしていなかった光景が広がっていた。



「……これは、キャンプの跡か?」



材質は分からないが、何らかの獣の皮が使われたテント。あちこちに転がった野営の器具。そして、中心に作られた簡素な焚き火。恐らく先程からの匂いは此処から出ていたのだろう。


人の生命が確認されていない筈の精霊大陸。そこに鎮座している、人間が作ったとしか思えない野営地。魔物こそ見かけたが、奴らがこのレベルの物を作れるとは到底思えない。


では一体誰が? 俺は疑問に思いつつも、何か手掛かりが無いか辺りを確認する。



「まだ暖かい、か。キャンプの主達が離れてからそう時間は経っていなさそうだな」



半ば炭と化した薪に手をかざすと、微かだが未だ温もりを感じる。完全に木が焼け焦げていないという事は、此処を去る際に消したのだろうか。


いや、それにしては準備が悪い。火を消す余裕があるならば、当然テントも回収する筈。


さらに良く見ると、何故か炭はあちこちに散らばっている。いくつかのテントは骨組みからバラバラになっており、明らかに不自然だ。


そして、最も不可解なのは所々散らばっている血痕だ。獣の物か、人の物かは判別できないが、跡の付き方を見るに、この血痕の主はさらに森の奥深くへと進んでいったようだ。



「……此処で何かがあった、という事か?」



顎に手を当て俺は考え込むーーそんな時だった。



『う、うわぁー!?』



どこからか、中性的な人間の悲鳴が聞こえてくる。

方角は、血痕が向かっていった方だ。



「……人間の声だって? そんなバカな」



此処は未開の地、精霊大陸だ。現在此処にいる人間など、それこそ俺や勇者の面々しか居ないはず。


勿論俺では無いし、勇者達もあのような悲鳴を上げるタマではない。となると、あの悲鳴の主は一体誰なのだろうか?


何にしても、悲鳴からして何かが起こったのは確かだ。助けに行かない訳にはいかない。この身は既に勇者では無いが、それでも窮地に陥っている者を見捨てるほど落ちぶれては居ない。



熱源探知パルス発動……そこか!」



スキルの副産物により獲得した能力、熱源探知。物体の温度から人や魔物の存在を感じとり、場所を探る事が出来る。必死にパーティーの役に立とうとした末、手にした物だ。


最も、魔導師の探知能力には敵わず、無事お蔵入りとなったが。


だが、今はこれが役に立つ。不自然に動く動体を感知した俺は、その方向へと急ぐ。



「おおっ!」



両の掌を後ろに向け、一気に焔を噴出。爆発的な推進力を得た体は、勢いよく前方へと射出される。


これも敵を追う際に考えついた、スキルの派生技だ。速度も中々の物だが、その内勇者の素の移動速度に追い抜かれた事で完全に自信を無くした記憶がある。


道中の木々は焔の角度を調節する事で回避し、一気に熱源へと迫る。


辿り着いた先には、フードを被った一人の子供が腰を抜かして地面にへたり込んでいた。



「や、やめろぉ! 近寄るなぁ!」



子供の目線の先には、今にも襲いかからんとする熊型の魔物。このまま手をこまねいて見ていれば、確実に子供は肉片も残さず食い尽くされるだろう。


何故こんな所に子供が? 先程の血痕の主はこの子なのか? 様々な疑問が浮かんでくるが、まずは救助が優先だ。


魔物に気付かれる前に、勢いのまま一気に突進を試みる。焔を纏った右足が、勢いよく魔物の首元を薙ぎ払った。



「シッ!!」



膨大な魔力を浴びる事で生まれる魔物は、耐久力も生命力も増加しているらしく存外にしぶとい。その為、首を折るだけで安心は出来ない。


森の木に叩きつけられた魔物に対し、焔を纏った拳で追撃を加える。顔面へと突き刺さった拳はそのまま魔物の脳天を貫通し、決定的な致命傷を与える。


魔力で持っていた肉体が崩壊し、やがて魔物は塵へと変わる。後に残されたのは凝縮された魔力の塊である魔核だけだ。


魔物を構成する重要な器官であり、これを破壊すれば魔物は一発で霧散する。だが、労力を払う分これを手にした時の報酬は大きく、街の商店で売れば結構な値がつくのである。


俺は魔核を回収すると、へたり込んでいる子供に対して声をかける。



「無事か?」


「……え、あ、ああ」



ふむ、言葉遣いからして男だろうか? 声が若干高いのも、子供という事で説明がつく。



「それにしても、子供が何故こんな所にいるんだ? さっきのキャンプ地と何か関係があるのか?」


「お、オレをガキ扱いするんじゃねぇ! これでも立派な戦士だぞ!」


「……見栄を張るのは結構だが、張り過ぎて死ぬのは元も子もないぞ。肝に命じておけ」


「見栄なんかじゃねぇよ! クソ、どいつもこいつもオレの事ガキ扱いしやがって……」



どうやら子供特有の大人になりたいという願望が随分と捻じ曲がっているようだ。まあ良くあると言えば良くあることだが、魔物が跋扈するこの地においてはそれが命取りになるだろう。


……子供が死ぬ光景など、もう沢山なんだがな。



「まあ、その議論は取り敢えず置いておこう。それより聞きたいんだが、お前あっち側のキャンプから逃げて来たのか?」



自分の来た方向を指差すも、少年は首を傾げる。



「キャンプ? オレはこの辺りの集落から薬草を取りに来たんだぞ。寧ろ逆方向だな」


「集落だって?」



精霊大陸に集落が存在するという少年の言葉に、思わず俺は目を見開く。この地に暮らしている人間がいるとはとんと聞いたことがない。仮に居たとしても、魔物に囲まれた中で生きていける訳が無い。一体どういう事だろうか?


少年の証言が嘘……という可能性も低いか。少年の雰囲気には、人を殺されたといった悲壮感は一切無いからだ。血痕の主と知り合いであれば、何らかの助けを求めてもおかしくないだろう。



「……少し借りるぞ」


「わ、わわっ!? いきなりなんだよ!?」



ローブに包まれた少年の体を確認する。どうやら重い怪我は負っていないようで、大した傷は確認出来ない。血痕の主が彼という事も無い様だ。



「ちょ、は、離せよ!」


「おっと、これは悪かったな」



振り払われる俺の手。確かに少々不躾だったか。それにしては若干顔を赤らめているのが気になるが。


少年は恥ずかしげな表情を引っ込めると、続いて不思議そうな目で俺の頭上を見上げる。



「……ていうかアンタ、耳無いんだな。切られたのか?」


「耳? いや、確かに此処についているが……」


「あ、顔の両側に付いてるのか! すっげー、初めて見たぜ!」


「……少し聞きたいんだが、君の耳を見せて貰ってもいいか?」


「えっ……まあ、アンタは命の恩人だし。それくらいならいいか」



どこか嫌な予感がして、彼にそう問いかける。少年は俺の質問に若干戸惑いつつも、フードへと手を掛けた。


そしてーー露わになるのは頭上から生えた縦長の耳。


獣のような、いや、獣そのものとも言える程の形をしており、白銀の毛が生えている。


目の当たりにした光景を、俺は信じられなかったーーいや、受け入れられなかった。


だが、その耳がピコピコと動く様を見て、俺は否応にも理解させられた。



「そ、そんな見るなよ……少し恥ずかしいだろ」



この少年は伝説の存在……獣人であると。

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