黄金道
宗真匠
短編
私の生まれ故郷には黄金道と呼ばれる小道がある。
黄金道とは名ばかりに別に道に金が敷き詰められているわけではないし突如道が黄金に光り輝くわけでもない。
それどころか大人二人がすれ違える程度の狭い幅。100m走さえ出来ない長さ。傍らには葉もついてない木々が閑散と立ち並ぶ。
黄金と呼ぶにはあまりに孤独感や寂寥感が漂う小道だった。
幼い頃、一度だけ祖母に尋ねたことがある。
「あの道はどうして黄金道って言うの?」
そんな些細な質問を。
「道が黄金色に輝くからよ」
祖母は私の髪を梳きながらそう言った。
「えーうっそだー!私あの道が金色に光るところ見たことないもん!」
「私も……一回だけしか見たことがないわ」
髪を梳いていた手が止まる。
振り向くと祖母はどこか懐かしむように目を細め、綺麗な花が並ぶ庭を見ていた。
それ以上祖母は黄金道について話さなかった。
あの日から私は県外の高校に進学するまで雨だろうと雪だろうと台風が来ていようと毎日欠かさず黄金道を訪れたが、結局その寂れた小道が黄金に輝くことはなかった。
「おばあちゃん」
私は祖母の頬をそっと撫で、顔を覗き込むように屈んだ。
「こんなに痩せちゃって。私の顔、ちゃんと覚えてるかな」
木製の箱の中で眠る祖母はただ黙って手を組んでいる。私を撫でてくれた手はもう動かない。
私はよく祖母が私の髪を梳く際に使っていた櫛を祖母の隣に置いた。
「県外の高校に進学して、大学に入って、第一志望の会社に入社して、順風満帆の人生を送って。それを一番に伝えたかったのはおばあちゃんだったのに、おばあちゃんにはだんだん会えなくなって」
祖母の頬から雫が流れる。私は慌てて自分の目元を拭う。
「笑ってお別れしようと思ったのに。言いたいことがたくさんあったのに」
拭っても拭っても私の目から雫が溢れ出す。
「おばあちゃん、おばあちゃん」
私は声を上げて泣いた。我慢はできなかった。
「やっぱりここにいた」
私が落ち着いた頃、後ろから声が聞こえた。
「お母さん……」
「早紀、おばあちゃん大好きだったもんね」
おばあちゃんという言葉を聞くだけで涙が溢れそうだったが、私はぐっと堪えた。
「どうしたの?」
私は今出来る精一杯の笑顔を作って、目元を真っ赤に腫らした母に問う。
母も実の母が他界して相当悲しいはずだ。私だけがおめおめ泣いていられない。
「おばあちゃんからの手紙」
母は手に持っていた白い小さな封筒をこちらに差し出した。
「早紀宛の手紙よ。おばあちゃんの書斎にあったの」
私は飛びつくように母の元へ駆け寄り封筒を受け取った。
封筒には確かに私の名前が書いている。
私はすぐさま封筒を開け、母がいることもお構い無しに読んだ。
内容は全く頭に入ってこなかった。
ただおばあちゃんに会いたい気持ちが込み上げてくるだけだった。
「お母さん、黄金道って知ってるよね」
私が突如黄金道の話をしたのは、手紙の中に黄金道についての話があったからだ。
『早紀の強い気持ちがあれば、きっとその先には黄金色の道が続いているからね』
黄金道には何かがあるんだ。根拠はないのにそう感じた。
「知ってるけど、それがどうかしたの?」
「おばあちゃん、黄金道についてなにか話してなかった?」
母は不思議そうな顔をしていたが私の気持ちが伝わったのか、ふっと短く笑うと話し始めた。
「前に一度だけ話してくれたわ。黄金道が黄金色に輝いたのを見たって」
私は食い入るように母の話に耳を傾けた。
「嘘みたいな話よね。私も信じられなくて、いつ見たのか、どんな時に見たのか、どうしたら見れるのか、たくさん質問したけれどお母さんは何も答えてくれなかった。だから、私も信じてなかったの」
いつかの私と同じだ。あんな寂しい道が光り輝くなんて、どう頑張っても想像できない。
けれど母の話には続きがあるようで、一息置いて口を開いた。
「でもある日ね、今までに見たことのないくらいお母さんが酔っ払っていた時にチャンスと思ってどうしたら黄金色に輝くのかきいたの。そしたらお母さん言ってたわ。『あなたが大切な人と離れ離れになった時、きっとわかるわよ』って。だから私、当時付き合ってた彼氏と別れた時に黄金道に行ってみたの。でもダメだった。道はいつも通り狭くて寂しかったわ。本当に大切な人じゃなかったからかしらね。今となってはわからないわ」
母は話し終えると「これで満足?」と付け加えた。
「うん。ありがとう」
私は斎場を飛び出した。
風の音。虫の声。私の足音。私の息遣い。
そこは諸行無常の中、二十年前から変わらず静かで枯れた木々が立ち並ぶ殺風景な小道だった。
「黄金道……」
懐かしいような、それでいて寂しいような、そんな気分。
けれど……。
「やっぱりだめか」
黄金色に輝くことはない。
本当に大切な人。私にとってそれは間違いなくおばあちゃんだ。
仕事が忙しい母の代わりに私の面倒を見てくれて、いつも笑顔で、いつも優しかったおばあちゃん。
なのにどうしてだろう。
どうして黄金道は相も変わらず私に孤独感を抱かせるのだろう。
とても寂しい。
この世にたった一人でいるような気分だ。
おばあちゃんに会いたい。
もう一度だけでいいから、会って話をしたい。
どれほど時間が経ったのか。
日は既に傾き、遠くの山にその姿を隠そうとしていた。
急に陽の光を見た私はその眩しさに目を瞑った。
ゆっくりと目を開けた私は、驚きのあまりさらに目を見開いた。
枯れていたはずの木々を黄金色のイチョウの葉が木の枝が見えないほどに覆い隠し、なんの工夫もない小道には一面にイチョウの葉が落ちている。
そこはまさに黄金色の道だった。
「早紀」
背後から私を呼ぶ声が聞こえた。
聞き覚えがある声……いや、忘れるはずがない。
「おばあちゃん!」
振り返るとそこには、確かに祖母が立っていた。
祖母はいつものくしゃくしゃの笑顔で、いつもの優しい声で私の名前を何回も呼んだ。
私もそれに呼応するように「おばあちゃん、おばあちゃん」と祖母の身体を抱きしめた。
「おばあちゃん、私おばあちゃんに話したいことがたくさんあったの。聞いてくれる?」
祖母は私の髪を梳いて「もちろんよ」と答えた。
日が沈み、祖母の姿が消え、いつもの静寂に満ちた黄金道に戻って来るまで私と祖母が語り合っていたことは言うまでもないだろう。
祖母に一番伝えたかった気持ちもきっと届いているはずだ。
私はどこか懐かしさを感じさせる黄金道を一瞥し、ひとつ深呼吸して帰路に着いた。
──おばあちゃん、大好き
私の生まれ故郷には黄金道と呼ばれる小道がある。
黄金道とは名ばかりに別に道に金が敷き詰められているわけではないし突如道が黄金に光り輝くわけでもない。
それどころか大人二人がすれ違える程度の狭い幅。100m走さえ出来ない長さ。傍らには葉もついてない木々が閑散と立ち並ぶ。
しかしそこは黄金と呼ぶに相応しい輝きと温かさを私に与えてくれる大切な場所だ。
黄金道 宗真匠 @somasho
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