第50話 ヤツハシラ
自室で女王と駄弁る俺の元をゾデが訪ねて来た。
すっかり忘れてしまっていた大事な話によると、
俺がこの異世界に来てからラスティアンが急増してるんだそうで。
ゾデは俺の転生とラスティアン急増を結び付けた上で、
イサファガから出国する提案を俺に持ちかけた。
「明日にでもって、これまた急ですね」
「ゾデ、何を言っておる。
シツはわらわの魔法具を壊しておる故、その弁償をしなければならないのじゃぞ?」
「お言葉ですが女王。
シツはイサファガにおいて、既に十分過ぎる戦果を上げています。
魔法具の件について僕は全く存じませんが、
シツの実績に見合うだけの報酬を用意するのは……ハッキリ言って難しいでしょう?」
「ぐぬぬ……」
女王が歯ぎしりをしている。
痛い所をゾデに突かれちゃったんだろうな。
つまり、これは魔法具の弁償がこれまでの働きで補填される流れか。
「なら、せめてその魔法具の弁償だけでも無かった事にすると言うのはいかがでしようか」
「……シツ、今ゾデが申した通りじゃ。
数々のラスティアンを倒したそなたの功績を讃え、
壊した魔法具については目を瞑ってやる」
「ありがとう、ございます……?」
そもそもとばっちりと言うか、大目に見てくれても良かったと思うんだけど。
何はともあれ、これで肩の荷が一つ降りたな。
ナイスゾデ。
「シツ、僕の言いたい事は理解できたか?」
「はい。
ラスティアンが俺を狙ってるんなら、ここに俺が居るとむしろ危険……ですよね?」
俺が恐る恐る答えると、ゾデは力強く頷いてみせた。
兜で表情が分からない分、ボディランゲージは重要だね。
「ただ、僕の仮説には根拠なんて無いし、クラス2である以上決定権はシツの手の中だ。
明日にでもと言ったのも僕の勝手だから、余り気にしないでくれ」
「ゾデ!もしラスティアンの急増とシツに一切の関係が無かったら、
このイサファガはどうなるのじゃ!?」
女王が声を荒げている。
それも間違ってはいないと思うよ。
「僕はシツに話しているのです。
女王がそうお考えになられるのは一向に構いませんし、
僕が去った後、シツをイサファガに留まらせる様説得なさるのも自由です。
ですが、シツ程の強いAAをステージ0に留まらせるのはいかがなものでしょうか」
「分かっておる……」
「シツなら或いは……ヤツハシラを超えられるかも知れませんよ」
ヤツハシラ?
そんな名前の和菓子が有ったような、無かったような……。
勿論、ゾデか言ってるのは全くの別物だろうけど。
越えるとか言ってる辺り、危険な土地だったり障害物だったりするのかな?
「そこまで申すか」
「山の様に巨大なラスティアンの攻撃さえ、シツは防いだのです。
率直に言いましょう。
シツは僕がこれまで出会った中で、間違いなく最強のAAです」
「ええっ!?」
俺が最強だって!?
「わらわもそう思う」
「えええっ!?」
女王まで!?
「それなら、シツにはここを出て貰うべきでは?
幸いな事にメツェンはジリンジャーでしたし、ピトセと言う新たなAAも誕生しました。
彼女はシツにこそ遠く及びませんが、この町を守らせるにはあれくらいが妥当かと」
女王は俯き、テーブルに視線を落としている。
シリアスな空気が漂っている為、
ヤツハシラって何ですかとか、とてもじゃないけど俺には言い出せない。
「ゾデ」
「はい」
「そなたの大事な話とやらはもう終わったか?」
「はい」
「わらわもシツと話がしたい。
2人にしてくれんか」
「仰せのままに」
ゾデは女王に従いあっさりと部屋を出て行った。
俺に話がしたいと言った割に、女王は黙りこくっている。
単にゾデを遠ざけたかっただけか。
重苦しいのは嫌いなので、俺は自分から女王へ話しかけてみる事にした。
「あの、女王。
聞きたい事が有るんですけど、良いですか?」
「何じゃ」
「さっきゾデが言ってた、ヤツハシラなんですけど……」
「まだ誰にも聞かされておらんかったのか」
「はい」
女王はようやく体を動かし、俺と向かい合う様に椅子を座り直した。
「ならばわらわが教えてやろう。
ヤツハシラとはな、数百年前にこの星に降りて来たと言われる、
途方もなく長大な8本の柱の事じゃ」
「和菓子じゃないんですね……」
「ワガシ?」
女王が眉を潜めている。
会話は成立してるのに、固有名詞は必ずしも通用してくれないんだよな。
イセエビ然りフナムシ然り。
「あ、いえいえ何でも。
続きをお願いします、女王」
「……一説には、ラスティアン共はヤツハシラの表面を伝って現れるらしい。
その真相は定かでないが、
ラスティアンの出現とヤツハシラが降りて来たのがほぼ同時期なのは確かじゃ。
ラスティアンとヤツハシラには間違い無く何らかの関係が有る」
「ふむ……」
「そなた達AAはクラスが上がる毎に次なるステージへの進行を許可されるのじゃが、
ヤツハシラの手前がステージ3。
その向こうは最も危険なステージ4じゃ。
クラスは全6段階で、
ステージ4進行の許可は最高段階であるクラス5のAAにしか与えられない。
そして、いかなるAAであっても未だにクラス5を冠してはおらぬのじゃ。
誰1人としてな」
ん?
クラスは全6段階で最高クラスが5だと、数字が合わないような。
まあそこは単なる制度だし、別に気にしなくても良いよな。
それよりヤツハシラだヤツハシラ。
いかん、和菓子を連想しちゃって口の中にヨダレが……。
ゴクッ。
「じゃあ、ヤツハシラの向こうには誰も行った事がないんですか?」
女王が小さく頷いた。
「その通りじゃ」
「俺ならその前人未到の危険地帯に行ける……ゾデさんも女王もそう考えていると」
「ああ。
まだ甘い所は多いが、シツはそれだけの可能性を秘めておる」
「甘くて悪かったですね……」
「わらわは正直に申したまで」
イラっ。
「……で、ゾデさんは俺に出国を勧めた訳ですが」
「ですが、何じゃ」
「女王はどうなんです?
俺はこの国を出るべきだと思いますか?」
正直話のスケールがデカくて、今後どうするかなんて俺1人では決められそうにない。
メツェンさんを思うと、ここに留まるのも選択の一つでは有るが。
「それは……」
「正直者なら正直にお願いしますよ?」
さっきイラっとさせられたお返しの皮肉だ。
「う……」
「どうなんです?」
「わらわは、わらわはな……シツを、そなたを王配にしたいのじゃ!
出国は許さん!」
王配って前も言ってたけど、女王の夫の事だよな確か。
……って、あれ冗談じゃなかったんですか!?
しかも出国は許さんって、幾ら何でも正直過ぎやしません!?
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