第12話 キノコの森

俺は群がって来る女性陣から逃げるように、

採集の任務で森へと赴くゾデに同伴した。

だが、その採集する対象が媚薬だとは……。

女王は当然、俺に服用させるつもりだ。

一見逃げ出せたようで、実は追い詰められてしまっているのか。

そう思うと、両肩がガックリと下がる。


「ゾデさん、イキリダケってどんな……?」


「色、形共、隆起した男根に近い外見のキノコ類だ」


「そのまんまですね……」


俺達は薄暗い森の中を進みながら会話をした。

降り積もった落ち葉を踏むと、そこからよく分からない小さな虫が飛び出し、

カサカサと音を立てて走り去って行く。

ちなみにここ一帯の落ち葉、なんと全て正三角形である。

拾ってピラピラと振ってみたい。


「うわ、ビックリした……」


俺が虫に気を取られている間にも、ゾデは先々へと歩く。

ゾデは慣れてるんだろうけど、俺は虫が苦手だ。

うっかり踏んづけてしまわないよう、時折つま先で落ち葉を掻き分けながら、

俺はゾデの背中を追った。

木漏れ日がゾデのフルメイルに当たり、光と影を纏わせている。

これくらい俺の世界でも再現可能だと思うけど、なんだかファンタジックだ。


「どの辺に有ります?」


「落ち葉が盛り上がっている場所を見つけたら、その下だ。

この辺りに生えていてもおかしくはないぞ」


「なるほど……」


ゾデからヒントを聞いた俺は、それ以上無闇に落ち葉を踏もうとせず、

立ち止まって周囲を見渡した。

どこかモッコリしている所は無いかな?


「なあシツ」


「はい?」


俺はモッコリを探しながら答えた。

声のボリュームからして、ゾデはそう遠くには行ってないみたいだ。


「お前が元居た世界について、何か話してくれないか?」


「何か……」


と急に言われてもね。

聞かれたら返すけど。


「全てのAAから聞き出したワケでは無いんだが、この世界に来るAA達の多くは、

死を経験してここに来るらしい。

シツもそうだったのか?」


「ええ、まあ……」


うっ。

いかん、これ以上思い出しちゃいけない。

吐き気がする。

俺は右手で口を、左手でヘソの辺りを押さえ、僅かに姿勢を低くした。


「どうした?」


ゾデがザクザクと落ち葉を踏みしめ、俺に近付いて来る。


「いや、あの……」


「何かお前にとって不都合になるなら、無理に話さなくて良い。

すまなかったな」


「はい……すみません」


「お前が謝る事は無い。

少し休んでいろ」


「はい……」


ゾデの優しさが効いたのか、吐き気は半分くらいに軽くなった。

恐らくもう半分も、休んだら消えてくれるだろう。

ただ、休めと言われても落ち葉の上に座り込むのには抵抗を感じる。

万が一虫が隠れていてそれを潰してしまったら、何万もするコスプレ衣装が台無しだ。

座るとまでは行かないが、適当な木に背中を預けるのはどうだろう。

俺はザッ、ザッと歩き、1番近くの木に手を触れた。


「……駄目だ」


この、軽く俺の胴体以上も有る太い木の樹皮は、

全体的にひび割れたかのような凸凹の形状をしている。

こんな凶悪な面に背中を預けてしまっては、何万もするコスプレ衣装に傷が付いてしまう。

俺は溜め息を吐いた。

町に帰ったら、何か別の服を貰ってそれに着替えよう。

ずっとこれを着ていると汚れや傷が気になるあまり、大きなストレス源になってしまう。

美肌の大敵だ。


「シツ、イキリダケが見つかった。

王国に戻るぞ」


「はい……」


近寄って来たゾデを視界に入れるのも、ちょっとキツい。

なんとか目だけを動かし、ゾデの右腰に下げられている膨らんだ皮袋を注視した。

あの中にイキリダケが入っているのだろう。

そんなに要らんだろうとツッコミそうになるも、

俺だけでなく女性陣にも与える可能性が見えた。


結局もう半分の吐き気は改善せずじまいか。

優しさだけじゃあ、人間の身体症状は治らないのかな。


「歩けるか?」


「なんとか……」


俺は木から手を離して歩き出そうとした。

しかし俺の右足が落ち葉を踏む寸前、何かがそこで蠢いたような気がした。


「うわっ」


俺は虫を踏みたくないが為に力み過ぎてしまい、大きく右足を蹴り上げる形となり、

その動作で俺はバランスを崩し、落ち葉の絨毯にあわや倒れそうになる。

そこを、ゾデが素早く腕を差し出して支えてくれた。


「ありがとう……」


「危なっかしいな。

僕がおぶってやろう」


「へ?」


一切の了承など得ずに、ゾデは俺を背中に担ぎ上げる。

冷たく硬いフルメイルに触れ、俺は一瞬息を詰まらせた。

減量に努めている俺だって40キロ以上は有る筈なのだが、

ゾデはまるで上着を羽織るかのように、軽々とやってのけてしまった。


「もしかしたら、何かの毒虫に刺されたのかも知れない。

メツェンが回復魔法を使えるから、彼女に診てもらうと良い。

王国に戻るまでの少しの間だけ辛抱していてくれ」


「メツェンさんが、魔法……?」


魔法と聞き、俺は内心ワクワクしていた。

しかもメツェンさんが使うらしい。

世話焼きな彼女がヒーラー、微妙に似合っている気がする。

毒は受けてないと思うけど、ここはゾデ達現地人にに任せよう。

俺はまだ、この世界に来たばかりなのだから。


「それでは走るぞ。

しっかり掴まっていろよ」


「えっ?」


申告通り、ゾデは走り始めた。

ゾデが蹴った落ち葉が、俺達の後方にバサバサと撒き散らされていく。

俺と違い、虫の事なんか全く気にしていない。

銀ピカの鎧だが、所詮戦闘服であって観賞用じゃないんだろう。


俺を背負っているのにゾデはかなり疾く走り、薄暗い森を真っ直ぐ駆け抜けて行く。

女王にも言われたが、これじゃあ俺は名前負けだ。

やっぱりアンジェネリックアンジェリカにしとくべきだったかな。


森を抜けて草原に出ても、ゾデはまだ走り続ける。

正直もう大分良くなって来たから、そこまで急がなくても良いよ。

俺達が森に入っている間に陽が傾き、若緑な筈の草原は褐色に照らされている。

この景色、悪くない。

好きでここに来たワケじゃないけど、

引きこもったままだったらこれは拝めなかっただろう。


「うん?」


何かを発見したらしいゾデが徐々に走る速度を落とし、

ついには立ち止まった。


「何か?」


「誰かがこちらに走って来るぞ……」


俺が前方に目をやると、確かに人影が見える。

ただ夕日を背負っているから、シルエットのみ。


「ゾデ!シツちゃぁん!」


シルエットが叫んだ。

間違いなく、これはメツェンさんの声。


「メツェンか?」


とにかく俺とヤりた過ぎて、待ち切れずに追いかけて来てしまったのだろうか。

あの独占欲の強さなら、決して有り得なくはない。

参ったな、今は逆らったり逃げ出したり出来そうにないのに。

ゾデもメツェンへと走り、俺達はすぐに合流した。


「はあ、はあ……」


メツェンさんは膝に手を突き、前屈姿勢で呼吸を整えている。

胸が大きいだけに、走るのも一苦労なんだろう。

女王の方が大きいけど、あっちは体が細めだ。

椅子が好きそうだったし、そもそも走りたがらないだろうけどね。


「メツェン、丁度良かった。

ちょっとシツのーーー」

「町にラスティアンが出たの!

急いで戻って!」


良かったけど良くない!

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