第9話 膝枕

儀式を終えた女王は俺から離れ、町民達に指示出しを行なっている。

やっぱり慣れてるんだろう、俺の想像を超えるテンポで家の修復が進み、

いくつもの骨組みが見る見るうちに出来上がっていく。


「シツ、何を突っ立っている」


「ゾデ……さん」


フルメイルのゾデが俺に声をかけてきた。

俺にも作業を手伝えと言うのだろうか。

俺は痩せてるから頭数にはならないし、余計な筋肉が付いても困るので、

チカラ仕事は遠慮させて貰いたい。

所で今平時なんだから、せめて兜くらい取ったらどうよ?


「そこに居ると邪魔になる。

あそこの木陰にでも行って、休んでいると良い」


ゾデが俺の後方を指差す。

良かった、強制労働じゃなかった。

俺が振り返ってその指の先を追うと、

走って数秒程度の所に、樹齢が3桁に達しているであろうゴツゴツした巨木が。


「あれは、メツェンさん……」


巨木の下にはメツェンさんが座っていて、俺と目が合うなりニコッと笑い、

自分の膝をポンポンと叩いてみせた。

あれって、膝枕してあげるからこっちにいらっしゃい、の意味だよな。

それとも俺の知識と全く違う、この国特有の意味を持つボディランゲージなのか。


前者でした。


「あのー……」


「どうしたの?シツちゃん」


「俺、どうして膝枕されてるんでしょうか……?」


しかも頭を撫でられている。

天使の輪っか、邪魔でしょうに。

そもそもウィッグ越しだし。


「嫌?」


「嫌じゃないですけど……」


ある種の理不尽さと気恥ずかしさから、俺は発言の後半になるにつれて声を小さくし、

最後なんかはメツェンさんの耳に届かないほどだった。

この太ももの暖かさと絶妙な弾力は、決して嫌じゃないですけど。


「なら良いじゃない。

ねえシツちゃん、これなあに?」


メツェンさんは天使の輪っかを指でつついて揺らした。

この問いに、俺はどう答えたもんか。

この国、いやこの世界にはコスプレなる文化が存在するのか?するなら話は早いんだが。

あとで面倒な事になっても困るだけだし、無難に正直に行こう。


「特別な意味は無いです。

ただのアクセサリーで……」


「そうなの。

私も付けてみようかしら」


ウィッグの付属品なんだよね、これ。

もしどうしても付けるなら、ウィッグごと装着しないといけないよ?


「今までも何人かのアンチエージェント達に会ったけど、

シツちゃんは特に変わってるわね。

なんだか男の子みたいですもの」


男の子みたいじゃなくて、男の子です。

まあ、女装趣味の俺は性別なんてさして気にしてないし、

女装する上で女扱いされるのはむしろ本望ですらあるから、

ぶっちゃけどっちでも良いしどうでも良いんだけど。


そういや、結局アンチエージェントって何なんだろ。

メツェンさんも知ってるみたいだし、この機会に聞いてみよう。


「あの、アンチエージェントってどういう意味ですか……?」


メツェンさんは俺を撫でながら答える。


「シツちゃんみたいに、別の世界から来た人をアンチエージェントって呼ぶの。

アンチエージェントはみんな、ラスティアンを倒せる特別なチカラを持ってるのよ」


「そのラスティアンって言うのは?」


「シツちゃんが倒してくれたバケモノの事ね」


「バケモノって、あのイセエビですか?」


「……イセエビ?」


メツェンさんが首を傾げ、豊かな緑髪が揺れた。

俺の知る限りだとあれはイセエビで間違いないのだが、

メツェンさんには通用しなかったらしい。

元の世界とここでは、その辺の常識が全く違うのか。


「えっと……」


会話が途切れてしまった。


「この世界にはあんな感じのバケモノが沢山居て、

それを倒せるのはアンチエージェントだけなの」


「ゾデさんが剣で斬っても、再生してましたね」


「そうでしょ?

だからシツちゃん達アンチエージェントは、私達の救世主なの。

一杯可愛がってあげるから、その分頑張ってね」


可愛い顔して腹黒っぽい事言うなぁ、メツェンさん。

やたらベタベタしたり今こうして膝枕してくれてるのも、全部その為っすか……?


「はは……」


俺は苦笑いした。

毎回あのイセエビみたいに上手く行くなら良いんだが、

何分まだ1回しか倒してないからなあ。


それにしても女装癖持ち引きこもりの俺が救世主だなんて、ちゃんちゃらおかしい。

て言うか結局、俺はどうしてここに来ちゃったんだ?

異世界転生なんて、所詮2次元のおとぎ話だろ?

それに、


「メツェンさん、いつまで膝枕を……」


メツェンさんが、またもニッコリ。


「嫌?」


嫌じゃないですけど、このままだと駄目になっちゃいそうです……。

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