14話 騎士(皇帝)

 ハル・シシナエ。

 その名を聞いた瞬間、暗い夜の部屋にぱっと朝日がさしたように、黒髪男のふんいきがガラッと変わった。

 

「まじで?! おおおお! ハルちゃん!」


 黒髪男は、まるで子供のようにはしゃいで端末に話しかけていた。

 

「どうした? うちにもどる気になったか? そうだよな? きっとそうだよな?」


 声はすっかり別人のようだった。


「いまどこにいんの? 電光石火でむかえにいくぜ!」


 そして僕はひとり、暗い部屋に残された。

 イサハヤは女をつれてすぐに出て行ったけれど、女はなぜか服を着るのを渋った。変な行為の続きをしたかったんだろうか。それとも、すごく眠たかったんだろうか。

 いったい何時なのかわからないが、窓の外は夜だ。たぶんだいぶ更けている。

 眠らされていたせいか、僕は少しも眠気をもよおさなかった。寝台にもソファにも身を置く気はなくて、手首をつなぐ鎖の根もとをたどった。

 それは寝台のすぐそばの壁にあり、銅色の金属板から突き出た輪についていた。板は実に奇妙なものだ。板の四隅にはまっている小さな歯車が、ゆっくり回っている。しかし耳を当てなければ回転音がきこえないぐらいの静かさだ。歯車の中央に宝石のようなものが埋め込まれていて、ほんのり光っている。

 大きな鍵穴が板の下についているから、動力機関をとめるには鍵のようなものが必要らしい。それともぜんまいか? ここをこわせば鎖が外れたり、変な封力が出なくなる?

 

「こわれろ」


 なぐってみる。歯車は……止まらない。 


「こわれろ。こわれろ!」

 

 蹴ってみる。歯車の動きが一瞬鈍くなる。

「こわれろ! こわれろ! こわれろ!」


 かかとで何度も蹴ってみた。けれども回る歯車はことのほか頑丈で、衝撃を受けたときだけ止まるものの、またゆっくり回りだす。

 絶対に壊せない。そうと知っているから、黒髪男は扉に鍵をかけていなかったんだろう。

 しかしさすがに今は、扉もロックされている。あたかも宝箱のように内装はきらびやかだが、ここは完全に檻なのだ。

 逃げ出すのは無理なのか?

 がっくり肩を落としたら。じり、と背中がざわついた。


「アル?」


 痛み? 違和感?

 いや、この感覚は生まれた時からなじんできたもの。

 かすかにちりちりと音がする。背中から鼓動が……


「アル! アル、起きたのか?」

 

 アルが出てきさえすれば、ここから逃げられる。扉を使う必要はない。あの窓から悠然と、飛んでいける。空を渡って天へ戻れる。

 期待をこめて窓を見たとたん。突然ぼぐんと、衝撃音がした。

 なんだいまのは。どこから鳴った?

 窓から、だ。寝台の真横にある窓はかなり大きい。そこに何かがぶつかったようだ。でもここはずいぶんと高層にある。こんなところに当たってくるなんて、いったいなんだ?

 

「あ……!」


 青黒い影が窓をかすめる。またぼぐんと、鈍い音がする。なにかが、窓にぶつかった。

 鳥? それとも……

 影を見極めようとすると、べたりと黒いものが窓にはりついてきた。

 上から落ちてきたようだが、窓一面にみるみる広がって……


「光った?」


 反射的に、僕は扉の方へあとずさった。何個も何個も、ほのかに黒光りするものが窓にぶつかってくる。そのまま落ちていくものの方が多いが、べしゃべしゃとはりついたものはじわりとひろがって、窓を覆っていく。

 なにかまずいものだということはわかる。窓にひびが入りだしたってことは、どう考えてもこの状況は、ここの住人が望んでいることじゃないだろう。

 いくらもたたないうちに窓が割れた。寝台に落ちた破片をみたら、ものすごく分厚かった。特殊なギヤマンのようだ。

 端末板を五枚以上かさねたような厚い板。それをあっという間に割るなんてすごい。

 その黒いものがどろどろと、窓枠から流れ込む。生きているかのようにうごめき、壁にひろがり、またびきびきとひびを作っていく。

 

「わっ……風が!」


 なんて強い風だ。うなりをあげて窓があったところから、涼やかな空気がびゅうびゅう流れ込んでくる。

 風と一緒になにか入って来た。黒い塊……いや、人間だ。まっくらだから顔はよくわからないが、男か? ひとり。ふたり。三人、四人。抱えているのは大きな銃。


「潜入成功!」


 くぐもった声。


「目標発見!」


 ちかづく硬い足音。


「確保する!」

 

 軍靴? いや、服装はみんなばらばらだ。黒っぽかったり青かったり赤かったり。

 こいつらは、兵士じゃない。中の一人が頭にはめた銀色の輪に話しかける。


「ボス、見つけました! はい! はいっ! 了解です。すぐにお届けします!」

「やったな。ドラゴギルドのやつら、地団太踏むぞ」

「はは。うちのボスに鼻高々に自慢するなんて、盗ってくださいっていってるようなもんだろ」

「イサハヤは二代目でほんとバカだからな」

 

 

 なるほどな。つまりドラゴギルドと同じような団体というわけか。こいつらのボスも、ここの黒髪男と同じことをしたいのだな。

 僕をとらえて、僕のじゃなくなった帝国に売り渡す――。

 

「こいよお姫さま」


 いやだ。くるな。さわるな。


「こわがらなくていいぜ。ボスがかわいがってくれるさ」


 こっちに向けられた銃口が、冷たく光る。噴き出す青白い炎が、僕の足元を照らす。

 まっくらな部屋にまばゆく火花が散って。


「ほら、これでここから出られるぞ」


 鎖が、切れた……!


「おいこら!」「待て!」「どこへいく!!」


 背後の扉は開かない。でも開いているところはある。

 男たちのすきまを縫って、ひらけたところへ走った。割れた窓はもうあとかたもなくて、どろどろと黒くひろがるものは壁をもあらかた崩している。飛び立つには、十二分だ。こんな高さ、こわくない。宮殿のバルコニーとさして変わらない。

 だから呼んだ。いつもそうしていたように。


「アル! 展開ディストリクト!」


 床のきわで思い切り、足を踏み切った。じゃら、と鎖が鳴っていくばくかの重みによろけた。

 黄金の光は出てこない。でも背中は、ちりちり言っている。


「アル! アルゲントラウム! 起きろ!!」


 浮遊感。その直後に落下感。

 落ちる。落ちる。

 だめなのか?

 このままだと、地べたにべちゃりとつぶれる。

 こんな状況――僕の命がなくなる可能性が高い状況なのに、アルは出てこない。

 出られないのか? 鼓動はきこえるのに。

 だれもが僕を探して売ろうとしている。ラテニアにいってもたぶんそんな輩ばかりなような気がする。味方になってくれる者はいないかも。

 つまるところアルを治してくれる人は、いない。アルにもう会えないなら僕は――

 毛布がふっとんだ。広がっていたものがなくなって、落ちる速度が速くなる。

 悲しくて、両手で顔を覆った。

 死んだら楽になる……んだろうな。

 蟲どものうごめくところでつぶれて果てるとか、最低だ。赤毛少年や黒髪男の言うことが本当ならば、それが妥当な死に様なのかもしれない。皇帝じゃなくて、ただの人形なら。

 ああ、なに弱気になってるんだ。

 アルはまだ生きてるんだ。死んでない。死ぬものか――


「起きろ!!」


 怒鳴ったら、ふしゅっと背中がひりついた。

 ああ、聞こえてる。僕の声が聞こえてるんだ。必死に出ようとしてくれてる。


「顕現しなくていい! 結界だけ展開しろ!」


 地が近づく。ふしゅふしゅと背中が鳴る。パッと黄金色の光がまたたく。

 黄金オーロの翼だ……!

 ほのかに自分のまわりがきらめきだす。輝きが、ほとばしる――


「そこの天使っ!」


 なっ? 影? 黒い? 大きい?

 目の前におりてくる物体。丸くてずんぐりして。ぶんぶんうるさい。

 視界が閉ざされる。ネオンに満ちた地上が、闇色のものにさえぎられた。

 邪魔するな。邪魔するな。邪魔するな!!

 アルが出てきそうなのに。もう少しで! 出……!


「なんて無茶するんだ!」


 黒い革の上着が見えた。ぐいと、腕をつかまれた。革の手袋をした腕が、腰にまわってくる。

 こいつは……!


「起動不良起こしてるのに、飛び込むなんて。地べたはすぐそこだぞ」

「な……なんでおまえが?!」


 ハル。

 ハル・シシナエ、だ。

 ドラゴギルドの黒髪男を呼び出した男が、落ちる僕を受け止めていた。変な乗り物に乗って、ホッとしたような顔で。


「はなせ! 大きなお世話だ!」

「いいや。まにあわなかった」


 ハル・シシナエの腕の力は強かった。小さな銀の板が下がっている胸板に頭をむりくり押し付けられて、手足の動きを封じられた。

 たくましい手が、ずんぐりした乗り物のレバーを引く。蜂の羽のような四つの翼がぶうんと音をたて、ビルの上にあがるのと同時に。僕の背中がふしゅんと、断末魔のような悲鳴をあげた。


「助けなんて、いらなかった!」 


 強がりだ。

 でも僕は、叫んでいた。自分が情けなくて。結局ひとりではなんにもできないと、認めたくなくて。


「僕は飛べるんだっ。こんな、こんな不細工な機械になんか、助けてもらわなくたって!」

「わかってる」

「僕はこんなものよりもっと高く、速く! 飛べるんだっ」

「わかってるよ、きれいな天使」

「飛べるのに!!」

 

 ハル・シシナエの金の髪は、黄金オーロの光のようで。ジャングルのようなビルが放つ明かりに、きらきら照らされていて。 


「もう大丈夫だ。だから泣くな、きれいな天使」


 とても、まぶしかった。


「とりあえずあそこの連中から逃げるぞ。あばれないで、しっかりつかまってろ」

 

 革の手袋をした手が、天をさす。

 頭上に大きな影があった。ふしゅうふしゅうと蒸気を出す、巨大な魚のようなものが。

 

「蒸気船……」


 ひときわすさまじい煙が、胴体から吐き出されて。刹那、僕の視界は真っ白に染まった。

 両目が、つぶされたかのように。






 ずんぐりした乗り物が、ぶんぶん羽音をたてる。金髪のハル・シシナエが操るそれは、ビルの合間をかなりの速さで飛んだ。

 同じような乗り物が四機、僕らのあとを追ってくる。黒髪のイサハヤの部屋に侵入してきたやつらだ。

 ぶんぶん。ぶんぶん。 

 うるさい羽音に混じる怒鳴り声からすると、ハル・シシナエは「うらぎり者」らしい。

 奴らもハルも、ビルの上を飛ぶ巨大な蒸気船からおりてきたようだ。

 

「うらぎり者ってどういうことだ」

「ついさっきまで、あの船にいるボスと話してた。ギルドに入らないかと、誘われたんでね」

 

 蒸気船は、タイガギルドという組織のもの。ドラゴギルドとは常日頃からなにかにつけ、はりあっているという。


「お誘いは丁重にことわったが、それではそっけないかなと思って、ボスにちょっと協力してやったんだ。ドラゴギルドが確保した君をほしがってたから、イサハヤを外におびき出してやった。この飛行機ブンブンは、その報酬ってわけさ」


 盗んだわけじゃない、ちゃんともらったものだと、ハル・シシナエは笑った。

 そうしておいてこの一匹狼は、僕という獲物をやつらの目の前からかっさらったというわけだ。

 ああ、もしかして。


「後ろのやつらのボスに近づいたのって……僕を手に入れるためとか?」

「さっしがいいな。ギルド連中が『落下したお宝』をめぐってばたばたしてる。ちょっとはりついてれば情報はとり放題だし、横から奪えもする」

「つまりおまえも僕を……」

「はは、どうしようかな?」

  

 僕の腰に回る手に力が入る。がくりと、ぶんぶんいう乗り物が斜めにかたむいたとたん、すぐ脇を青白いビームが走った。

 追っ手が撃ってきたのだ。ハル・シシナエは舌打ちして、片手でレバーをいじった。

 

「しっかりつかまれ!」


 微妙にかたむく機体。左右をすりぬけていく、幾本もの明るい弾道。紙一重のところでかわしながら、ハル・シシナエはがつんとかかとを、機械の底に打ちつけた。直後。


「うわっ? 蒸気?!」


 なんて勢いだ。音もすごい。蜂のような船尾から、白い蒸気が噴出している。

 速さが格段にあがった。にもかかわらず、乗りものはビルとビルの狭い隙間へ飛び込んで行く。

 

「ブンブンは機霊よりも速いぞ、きれいな天使」

「でも駆動音がうるさいっ」

「蒸気機関だからそれは仕方ないさ。ずうっと燃焼しつづける、小さな機関石から得られる高圧の出力は――」

「わっ」

「石炭の十倍って話だぜ」


 乗り物がぐるっとひっくり返る。逃げられるチャンスだったのに、思わずシシナエの胸をつかんでしまった。

 なにやってるんだ僕。こいつだってきっと、僕を売り飛ばそうって思ってるんだろうに。

 

「空はまずいな。うようよしてるのは、あいつらだけじゃない。他のギルドにも情報が抜けてる」


 うしろで爆音がした。見ればこちらのスピードについていけなくて、追っ手が一機、ビルに激突していた。ビルの隙間は迷路のようで、シシナエにしがみつく僕の頭もくらくらだ。

 右。左。まっすぐ。左。左。右……

 高度がどんどん下がっていく。

 またうしろで、爆音がした。あんなに派手にビルに激突したら……ああ、黒いビルにも大穴があいているじゃないか。


「ビ、ビル、倒れたりしないか?」

「大丈夫じゃね? 死人は出てるだろうけどな。でもまあ、宝の争奪戦となれば、この街は毎回こんな調子だよ」


 ハル・シシナエがなに食わぬ顔でいう。

 

「ギルド同士の小競り合いや、金づるになるもんの奪い合いなんて、しょっちゅうさ。だから危ない目に合いたくない奴は、街のはじっこか周辺に住む。中心街に住むやつは、みんな覚悟の上だ」


 この街はならず者のたまり場。いつ寝首をかかれるかと警戒しあい、狙い合うやつらの巣窟。

 にべもなく断じるまなざしは、どこかもの悲しい。

 そういえば、一匹狼でいるのは、人殺しをするのはいやだからとかいってたな……


「地下にもぐるぞ、きれいな天使」


 ぶしゅっとひときわすさまじい音をたてた直後、蒸気の噴出が途絶えた。とたんハル・シシナエは僕を抱えて乗り物から飛び降りた。最後に思い切り曲げられたレバーのせいで、乗り物が垂直に天へ昇っていく。

 それが追っ手の一機と見事に衝突して――


「っひゃあ! 大爆発だ」


 涼しい顔で張本人は言ってのけて、とあるビルの二階のひさしに降り立った。それから息もつかせぬ速さで走って。隣のビルのひさしに飛んで。走って。飛んで。走って……

 シシナエは、ビルのそばにある暗い地下道に降りた。じじっと明かりが点滅している、閑散としたところに。


「おまえも、僕を売る?」


 暗い階段を降りていくシシナエは、「どうしようか」と笑った。

 

「正直、金は欲しい。薬でごまかしてるが、俺の母親は手術しないと治らない。そうするには莫大な費用がかかる」

「じゃあ、売るのか」

「そうするのがいいんだろうなぁ。でもテルが大騒ぎしてたからな」

「シングの孫が?」

「おまえを助けないとって。でも俺はあいつのようには思えないな。できれば、金は欲しい」

 

 階段は、どこまで続くんだろう。なんて長いんだ。それに暗い。

 点滅する明かりがどんどん褪せていく。


「僕は……売られたくない」

「そりゃそうだろうな」

「僕を玉座から落とした奴を、倒したい」

「まあ、普通はそう思うよな」

「だからおまえを雇うことにする」


 シシナエの足が止まった。僕の意図に、心底おどろいた顔をしている。


「なんだって?」

「反逆者が取引するなら、僕も取引をするまでだ。おまえを雇う、ハル・シシナエ。僕を守れ。僕のために戦え。僕が帝位をとりもどすまで。僕のために働いてくれれば、それ相応の報酬と地位と、名誉を与えよう」

 

 だってこいつは腕が立つ。蟲にしては、使える奴だ。見たところ僕を売ることに、がぜん乗り気ってわけでもなさそうだし。

 だから僕は思い切って口に出した。

 たしかに状況は最悪で、こちらの分は悪い。でも、アルさえ治ればいちかばちかの勝負をできる。アルは一機で当千の力をもつ。たとえ何百という機貴人の軍勢相手にだって、負けないはずだ。

 

「皇帝機アルゲントラウムは無敵だ。僕はこの機霊を修理して、戦う。帝位を取り戻すために。だから――」

「アルゲントラウムは、無敵?」


 でもシシナエは、信じられないことをいってきた。僕の味方になるなどまったく考えもしない、目を真ん丸くしたおどろき顔で。


「まさか本当にそう思ってるのか? ただほそぼそと、人形の命を食って生きながらえてるってだけだろ? 一千年も前の機霊が戦えるはずがない。治ったって、せいぜい飛ぶのが限界だろ?」

「そんなことない! アルはちゃんと戦える!」


 アルは一千年前、暗黒帝を倒した。いまだってちゃんと戦えるはず。

 だいたいにして、僕には五十代一千年の記憶がある。歴代皇帝はアルとともに生きてきて、帝国に君臨してきたんだ。


「アルは強すぎる。他の機霊と、格が違いすぎるんだ。戦う相手と釣り合わないから、元老院は代理をたてているんだっ」


 ハル・シシナエが階段の途中で、僕を下ろした。ものすごく眉を下げて。まるっきり、哀れみのまなざしを向けながら。

 

「伝説の機霊は暗黒帝を倒したあと、すぐに保存処置された。それ以来一度も実戦には出てない。それは、ぶっこわれて、ただ息をしてるだけのモノになったからだ。そんなの、下界のガキでも知ってることさ」

「ちがう!!」

 

 ちくしょう。どうしてみんな、アルと僕を貶めるんだ。


「アルゲントラウムは、帝国の威光を高めるだけの看板だよ。きれいな天使」  

「ちがうっ! アルはちゃんと飛べる! 戦える! 今はこわれてるけど、僕が落とされるまでこわれていなかった!!」

 

 この世界は嘘だらけで。虚構でつくられていて。

 どこもかしこも鋭い刃だらけで。

 

「後悔などさせぬ! 僕に従えば、おまえは必ず勝利と栄光を手にするだろう!」

 

 むかつくあまり、だれもかれも殺したくなるけれど。

 みんなだいきらいだと、泣き叫びたくなるけれど。

 

「高祖マレイスニールの裔、第五十代エルドラシア皇帝フンフツィグ・ジークフリート・アムルネシア・フォン・エルドラシアの名にかけて! 朕は、嘘はつかぬ! アルゲントラウムはだれにも負けぬ! 千年たった今でも! アルが治った暁には、朕こそが陣頭にたって敵を蹴散らしてくれようぞ!」

 

 僕はこらえた。耐えてごくりと、残酷な剣を呑み込んだ。

 ちりりと背中が痛む。そうです、と答えてくれているかのように。


 アル……!


「ゆえにハル・シシナエ! 我が騎士となれ! 皇帝機が復活するまで、朕を守れ!」


 黄金の乙女に背中を押された気がして。僕は、迷いなく命じた。


「きれいな天使……おまえ……」

「僕はこんな言い方しかできない。お願いしますとかどうか頼むなど、口がさけても言わぬ! ひざをついたり頭を下げたりもせぬ。いまここで朕に与するを拒否するなら、全力でおまえを倒す!」

「た、倒すって……」


 こいつには絶対に勝てそうもないけれど。はったりもいいところだけれど。

 僕は本気でそう言った。

 相手にとっては嫌な奴だろうと思う。えらそうで、でも力はまったくなさそうで。

 でも本当に、こんなしゃべり方しか知らない。こんな態度しかできないんだ。

 だって僕は人形じゃない。僕は。

 僕は――

 

「選べ地上の蟲! 朕の騎士となるか、朕に殺されるか!」


 皇帝、だから。 


「いまここで、おのが運命を決めるがいい!」

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