機霊戦記 ――光と闇の女神たち――

12話 ロッテの憂鬱（テル）

「ろ、ロッテさん。ロッテさん」

　俺はひきつりながら、正体をあらわしたお客さんの首を指さした。

「お願いしますっ。発声変換器だけは、つけててください」

「え、なんで？」

　赤毛の美少女から飛びだす、低い男の声。

　これだよこれ。これやばい。なにげにホラー幻像みてる気分になる。

「声と姿のギャップがぁ」

「おお、わりい。……これでよろしくってぇ？」

「はい！　完璧っす！」

　ピンクのチョーカーをつけなおしたロッテさんから、小鳥のごときかわいらしい声が出てきた。

　大好きなアイドルシンガー、スミ・スミレちゃんの声だ。この高い音域、心地いいんだよな。えへへ。

「しかし俺が作った、お胸もかんぺき完全女装がだめだったとは……とても信じらんないっすよ。もしかして、最後の最後で女装がばれた、とか？　胸がぶしゅうとつぶれたとか？」

　すね毛など一本もないすらっとした足を組み、ロッテさんはむっすりした。

「ばれるはずないわよぉ。さっきいったとおり、テルの変装グッズは完璧。原因は、あたしがクソガキのお好みじゃなかったっていうのと。そうねぇ、ミッくんがちゃんとご挨拶しなかったせい、かもぉ？」

　あ、なんか怒り顔。そういえば、さっき店の前で翼を展開してたとき……

「機霊出てなかった……挨拶しなかったって、それ、調子悪くなったんすか？」

「ああ、皇宮から出たあと、あたしがどえらく叱ったからぁ」

「あ、出禁してるんですね」

「ううん、ミッくんがただすねてるだけ。あーぁ、イケメンミッくんがもっとあいそよかったらさぁ、きっとチャンスあったと思うのよねぇ」

　ためいきをつくロッテさんは現在無職。お家に伝わる機霊を継承してからずっと、仕官先を探している。

　爵位をもつ機貴人ともなれば、一発で士官や将校になれそうなんだけど、今の時代、たんなる血筋だけでは武官になれない。

「まったく……いまどきの機貴人は、女じゃないとだめだっていうのにぃ」

　そう。「男」は、まったく相手にされないのだ。

　伯爵令息リアルロッテくんは、かつてお国の正規軍の士官枠に入れてもらおうとしたら、鼻で笑われ、門前払いされたという。

「なんでミッくんってば、お父様とかあたしとか、男ばっかり主人にえらぶのよ？　なんでお母様やお姉様をえらばないのよ？　時代遅れも、はなはだしいっていうのよぉ！」

　がっしんと、レジスターの卓をはらいせに蹴るロッテさん。と同時に、背中に背負われてるでかい機霊機が、ぶるっとふるえた。中の機霊が反応したんだろうか。きっと聞こえてはいるだろう。

「いまどきの機霊は、融合型じゃないとだめだからなぁ」

「だめじゃなくてそれがふつうよぉ！　ふつうじゃないのは、うちだけよぉ、ぜったい！」

　男性の機貴人なんて、今の世には、ほとんど存在しない。

　島都市の正規武官の入隊規定はどこも同じ、「女であること」。

　これは、国家が騎士たる機貴人たちに与える機霊がすべて、Ｙ遺伝子をきらう融合型であるためだ。

　融合型機霊の性能が劇的にあがった数百年前から、機霊は一気に、融合型が主流になった。

　そのために、男性でも扱える分離型機霊は、もうだいぶ昔に製造停止になってる。

　分離型は、「とうた」ってやつをされたんだと、じっちゃんは言う。

　ほかにも、天界では支配者が男から女にかわっただの、いろいろむずかしいことを言ってたなぁ。

　士官や将軍といった職を代々こなしてきた天界の貴族たちは、今も古い分離型機霊を保有してはいる。でもその機霊機のほとんどは、観賞用のギヤマンのケースの中に保存されてるんだそうだ。

　古くて由緒ある分離型機霊は、戦闘記録だけを抜き出されて、のきなみ融合型に改造されている。

　ロッテさんちも、他の名家がしてるように、改造をしたかったらしい。で、女の人に家督を継がせたかったらしい。

　でも……

「改造費用って、鬼のように高いしぃ……なによりお金を工面して改造したところで、ミッくんがあたし以外を主人にえらぶ可能性はないのよぉ。こいつったら、女がさわったら、まったく起動しないんだからぁ！」

　ロッテさんの愚痴に、機霊機がまたぶるっとふるえた。な、なんか反応してるなぁ。だいじょぶかな。しかし女はガン無視って、逆融合タイプもはなはだしいよな。

　シュテレーヘン家は、数代前からすでにお家存亡の危機にある。

　仕官先がきまらなかったロッテさんのお父さんやおじいさんの代わりに、おねえさんやお母さん、おばあさんらが、公務員職について家計を支えてるらしい。所領からあがる税金も、そこそこあって、普通の生活をする分には、まあなんとか、困ってはいない。でも、機貴人としてシルヴァニアに貢献できないので、シルヴァニア政府から爵位をとられそうになっているのだ。

「とにかく今年中に、エルドラシア帝国のどっかの軍に騎士として入らないと、所領が召し上げられちゃうことになってるのぉ。だから資金を工面して、それなりの融合型機霊を購入してお姉様に埋め込むって計画は進行させてるんだけど、その費用がなかなかたまんなくってさぁ。だってそれなりの機霊って、宮殿何個分建てられるのって価値よ？　最低五年はかかるっぽいのよねぇ」

　それじゃあぜんぜん、まにあわないってやつだよなぁ。　

「だからあたしががんばって、どっかに就職するしかないのよね……ああ……皇帝代理騎士なら、分離型もちでも、なんとかいけると思ったのにぃ……」

「俺も、代理騎士ってんならこれで完璧だと思ったんすけどねぇ」

「皇帝代理騎士って、昔はほんとに戦場にいってたらしいけどさぁ、今は完全にプロモムービー出してるただのアイドルじゃん？　機霊の性能より断然重要なのは、この容姿じゃん？　ほんとあたし、『歌と踊り』の実技はかんっぺきだったのよ？　なのに最後の最後で、まないたのクソガキにこけにされて終わりとか、なんなのよ？！　なんであいつが最終決定権もってんのよ？！　マジ、しんじらんないわ！」

　ってことで、意を決してここにきた。

　と、ロッテさんが言うな否や。背中の機霊機がはげしくがたがた言いだした。おののいてるのか文句をいいたげなのか、ちょっとよくわからない。でもかなり大きく揺れている。

　あわわとたじろぐ俺の様子に気づかずに、ロッテさんはずいっと、身を乗り出してきた。

「もうね、たのむからさ、うちのミッくんの性根をたたき直してちょうだい、テル・シング。ＡＩを改造して！　それがもう、一番手っ取り早いから。ミッくんを、いますぐ。まともな。ごくふつうの。女の子が好きなオトコにしてっ！」

――『ばかをいうなロッテ！』

　ひっ！　でた！

　ロッテさんがはたと体を固める。とたん、背負っているどでかい機霊機ががたがたいって、いきなりぶわっと翼が左右にひろがった。

「きゃあ！」「ぐ！」

　俺の足元と店の奥から、同時に声があがった。プジとアムルの声だ。　

　そりゃあ、狭い店内で翼展開ってなったら、びびるよほんと。さすがに全翼展開じゃなかったけど。

いちおう気をつかって半分だけ開いてくれたんだろうけど。　

　棚がずどおんって……ちょっともう、洒落にならないぐらいずどおんって……。

　ああああ、めちゃくちゃだぁあ！

『君を守るこの高潔なる騎士の魂を、消してしまえと願うなど！　君はわたしの心臓をえぐる気か？！』

　きらきらと、あわい青色の光がロッテさんの機霊翼から放出されて――みるみる、人の姿をとった。　凝縮した光が、黄金の髪をさらりとなびかせるイケメンになっていく。

「いっそ、くそ重たい機霊機を踏みつぶしたい気がす――」　

『それはぞくぞくするがどうかやめてくれ、我がいとしの君よ。君の前に二度と現れることができなくなる』

　そいつは時代がかった口調で吠えた。

『栄光と歴史ある輝かしきわがシュテレーヘンの星！　リアルロッテ・フォン・シュテレーヘンよ！　われこそは君の、絶対なる守護神！　異論はみとめぬ！』

　そいつはまさしく、銀のよろいをまとった騎士だった。

　ファンタジー系の幻像劇に出てくるような、いかにも白馬に乗ってやってきたぞ、というふんいき満々の金髪イケメンだ。

「まったくなにいってるんだか！　だいたいにして、勝手に出てくるんじゃないわよぉ！」

　ロッテさんは激怒したが、俺は唖然とした。

　ふつう、機霊っていうのは主人のコマンドで動くものであって、自分で勝手に判断して出てきたりするものじゃない。だって機霊機の中に入ってるのは、人工知能だ。まさか人間のように心があるわけじゃない。なのにこのアホウドリサイズのミッくんは、自分の意志で出てきている。およそ信じられない性能だ。

「ミッくん！　いますぐ機霊機に戻って！」

『うう、女装も女ことばもうっとうしい。かわいい美少年に早くもどれ、ロッテ』

「はぁ？！　だれのおかげでこんな苦労してると思ってんのよぉ！　あんたが女にとりつかないからでしょおおお！？」

『女の姿は、正直おぞけが走る。みるのもいやだ』

「文句言うんじゃないわよ。あたしがいまだにこんな格好してんのは、あんたのせいよぉ？　イケメンのあんたが愛想よく白い歯みせて挨拶してたら、あのまないた皇帝はきっといちころだったのにぃ！　なのにいつもの反応しちゃってぇ！」　

『かわいい美少年に、悪い女がつかぬようにするのは当然だろう！』

　自信満々に胸をはる銀の騎士ミッくん。がくうとうなだれる主人を前にして、絶世のイケメンはふっと眉根を寄せた。

『しかしロッテ、あれは本当にエルドラシア皇帝だったのか？　まるっきりオスのようだったが』

「男じゃないわよミッくん。あれはただのまないたよっ！」

　ロッテさんがうなったとたん、店の奥から大きな物音がした。

「僕は……じゃない！」

　くぐもった悲鳴が聞こえてくる。バケツをかぶったアムルだ。

「おのれエルドラシアの偉大なる皇帝を愚弄するか、シュテレーヘン！」

　な、なんだか、すごく怒ってる？　どうしたっていうんだ。

　バケツ少年は、倒れた棚の向こうから怒鳴ってきた。

「エルドラシアの皇帝が、女だと！？　世迷言もほどほどにしろ！」

　え……？！　な？　ななな？

　俺たち――俺とプジ、ロッテさんとミッくんは、みんなぎょっと驚いて、いっせいに店の奥をふりむいた。

「なにいってんのアムル」

「え？　女帝じゃないの？」

「女よね？」

　疑問符を飛ばしまくる俺たちの心中を、銀騎士ミッくんが丁寧に総括してくれた。

『そこな少年よ。エルドラシア皇帝は、男ではない。なにを勘違いしているのだ？』

「な……自国の宗主に対してなんたる侮辱！　エルドラシア皇帝陛下こそは、高祖マレイスニール直径の子孫！　帝国の偉大なる支配者！　日輪のアルゲントラウムをその身に帯びる、現人神だろうが！」

　目を真ん丸くして一瞬ぽかんとしたロッテさんが、次の瞬間ドッと笑い出した。

「あ、あらひとがみぃー？　いやいやいやいや、あの国の皇帝は、お人形さんよぉ？　超骨董品のアルゲントラウムを保存するために作られた、ただの入れ物なんだからぁ」

「なっ……何を言っているシュテレーヘン！　アルは骨董品なんかじゃない！　おのれ、最終面接に失敗したはらいせに、へんな戯言を広めるつもりか！」

「はぁああ？　なにわけわかんないこといってんの、ぼく？」

　バケツ少年がひどく動揺してる。なんだか、体ががくがくふるえてる。なんだこの反応？　

　アムルって、相当箱入りのお貴族さまなのか？　まさかこの世で一番メジャーな、下界の俺たちでもみんな知ってる一般常識を知らないなんて。

　アルゲントラウムは、世界初の融合型機霊だ。

　Ｙ遺伝子をきらう、融合型の元祖。つまり男の体には、けっして埋めこめない。

　生命エネルギーを吸収する機体の先駆けで、性能はバカみたいに高いけど、エネルギー消費の効率はものすごく悪いってのもつとに有名だ。起動していなくても、常に主人の生命力を吸い込み続ける、というやっかいな欠点をもっている。常に通電してないと、中に蓄積されてる大事な記録がふっとんじまうらしい。

「アルゲントラウムは、まともに起動したら、たった数年で主人の生命エネルギー絞りつくしちゃうっていう、おっそろしい代物よぉ？　だから高祖帝マレイスニールは、若死にしちゃったじゃないさ？　骨董品どころじゃなく、ぜんっぜん使えない機霊だわよ」

　ロッテさんの言うとおりだ。エルドラシアの初代皇帝は、ネクサス・コロニアの暗黒帝を倒したあとすぐに、死んじまったといわれてる。

「でもまあ、アルゲントラウムは歴史的な名機だから、永久保存されることになったわけよね。でも戦闘記録を失わないためには、常に起動させておかねばならない。だから帝国は、皇帝機専用に作った有機人形の背中にアルゲントラウムを埋めてるのよ。つまり、お人形さんの生命エネルギーを食べさせて、保存してるってわけ」

「な……だれ……が人形だ！　アルの主人は、皇帝と、よばれているではないか！」

　バケツ少年がどなる。声がさっきと変わってる。湿ってるような……ふるえてるような……

「そりゃあ、そう呼ばれるわよ。だってあのお人形は、高祖帝の――」

「……っ！！」

「うぇあああああ？！」

　ひいーっ！

　ロッテさんの声がとぎれた！　なんだこの白いもこもこ。いきなり広がってきたぞ！

　アムルの周囲から突然だ。コンマ一秒とたたない、まばたきの瞬間。目の前にひろがる白いふわふわの壁。

　こ、これ、あれだ。超膨張剤！　水一滴でふくらむあれだ！　

「スポンジっ……ぐぐぐぐふっ！」

　めちゃめちゃぐちゃぐちゃの店内。小爆発やら機霊展開やらで、袋から外にこぼれたやつがあったのか！

「ななななにこれえ！」

『ロッテ無事か？！』

「テルー！　どこなのー！」

　膨張した白いもこもこに圧迫された俺は、店の壁にむぎゅうとおしつけられた。

　たぶん他のみんなも同じ状態だろう。店内はほとんど白いもこもこに埋め尽くされてる。

　でもこの「スポンジ」、水がないとふくらまないはずだ。液体ものは店内にはほとんど置いてなかったのに、いったいどこから垂れたんだ？

「僕は、女じゃ、ない。ましてや、に、に、人形、なんかじゃっ……」

「アム……ル！」

　しゃくりあげてるようなアムルの声が、かすかにスポンジのむこうから漏れてくる。

　ま、まさか、スポンジの種がふくらんだ原因は、あいつの……

「涙か？！」

　ちくしょう！　この白い壁、やわらかすぎて破けねえ！

　ロッテさんがミッくんに結界を展開しろとどなった。とたんに、わずかながら周囲にすきまができる。結界のおかげで、スポンジがぎゅうと押されたようだ。俺ははいつくばって、すきまを進んだ。ロッテさんとミッくんが店外に出ようと動いてくれたおかげで、俺はそのあとをほふくで追うだけでよかった。

「アムル！　大丈夫？！」

「ふげ！」

　いもむしのような格好で進む俺の尻と背中と頭をふみまくって、プジがあわてて先を越す。どうやらアムルは、膨張の勢いで店外にはじきだされたみたいだ。

　しかしあの激しい動揺っぷりはいったい？　

　もしかしてアムルって……性別微妙なあいつって……まさか……

――「なによあんたたち！」『ロッテあぶない！』

　残念なことに。俺の疑問を、アムル本人に問いただすことはできなかった。

　先に店外へ出たロッテさんたちが、不穏な叫びをあげる。何ごとかと、突進していったプジも悲鳴をあげた。

「きゃあああ！　アムルー！」

「どうしたプジ！」

　ようやくのこと路地に出られた俺の目の前に、がらんと銀色バケツが転がってきた。

　と同時に、ぶわ、という翼がはばたく音。

　目のはじっこに入った翼は、ミッくんのかと思ったら……違った。

　同じ青銅級の機霊だけど、アホウドリサイズほど大きくない。

　この翼。みたことある――。

「あはは！　手間が省けたわ！　なんてラッキーなの」

「あ、あんたは……！」

「銀髪にこの顔。やっぱりまちがいないわ。うふふっ」

　頭上から降ってきたのは、なんともつやっぽい声。胸を強調してるような革の胴着に身を包んだ女が、青銅色の機霊を展開して、いまにも飛び立とうとしていた。

　その腕にしっかと銀髪の少年――いや、少女……どっちかわかんないやつを、横抱きにして……。

　そいつはまさしく、ハル兄と戦ったあの女。向かいの工場に盗みにはいった、女盗賊だ。　

　アムルは完全に気を失っている。

　スポンジにはじかれた衝撃のせいか？　それとも、この女が不意打ちをしたのか？

　にんまり顔の女が、赤い唇をアムルの耳に寄せた。

「ふふっ。いらっしゃいませ、皇帝陛下。うちのボスに会っていただくわよ」

　こ……皇帝！　や、やっぱりアムルは！

「ま！　まて！　連れていくなぁ！」

　俺の叫びむなしく。くつくつ笑う女は黒いジャンクビルの路地からしゅしゅんと舞い上がり。

「アムルー！！」

　みるみる、遠ざかっていった。

　少し陽が傾きかけた、黄色味がかった空のかなたに。