一の巻 黄金の女神
1話 少年皇帝 (皇帝)
蒼天に浮かぶ
我が天空の帝国エルドラシアは、その島々を十基従え、眼下の大陸の三分の一を属領としている。
その偉大なる高祖の名は、マレイスニール。
輝く黄金翼の高祖帝は蒼天を駆けて暗黒帝を打ち果たし、
ここ――帝国王宮の謁見の間を見上げれば、その偉業を描いた天井画が目に入る。
暗黒の機霊の竜翼を神の槍で貫く、マレイスニールの神々しい姿が。
それこそは。五十代一千年に渡る、エルドラシア帝国の始まりの図――
「最低ひとつ、敵将の首を討ち取らないと、お家が潰されるのおおおっ!」
円い大天蓋の天井画を眺める僕の視線が、キンキン声のせいで床に引き戻された。
大理石の床に頭をこすりつけて土下座しているのは、真っ赤な髪の少女。
水晶の玉座に足組んでふんぞりかえる僕の脇で、居並ぶ廷臣たちがしきりに揉み手しながら、ちらちら僕に目配せしている。
「いかかですか?」「この子いかがですか?」と。
少女はさきほど廷臣どもの推薦で、この謁見の広間に通されてきた。
豊かな
赤っていうのもまぁ、きらいじゃない色ではあるのだが。
「なので、どーかどーか! このリアルロッテ・フォン・シュテレーヘンを陛下の代理騎士に! どーか、おねがいなのおおおお!」
礼儀と言葉遣いがなってないのは、ド田舎出身のせいか?
僕の好みを調べて対策を練ってきたのだろうと如実にわかる髪型以外は、お話にならぬ。
リボンたっぷりミニスカート風の
むちっと露出している太ももを覆っているピンクの
この時点でかなりげんなりきたが、問題は背中についているものだ。
これはずいぶんと古そうな機霊だ。
見るからに天使の羽ごとき形をしているが、かなりアンバランスである。
主人の体の大きさと全然合っていなくて、ひと目で接合が微妙だとわかる。
羽の関節はもろに機械めいている。骨格部分は紅銀鉱を使って赤味をだしているが、羽毛一枚一枚は無機質な金属板で筋がない。
つまり品質は並以下――
水晶の玉座にふんぞりかえる僕の口から、深いため息がもれた。
大体にして少女はどう見ても十代前半。手足は細すぎ、背は低すぎ。ひとことで言えばちんちくりん。こんなチビでは……
肘掛に肘たてて頬杖をつきながら、期待感ゼロで命じてみる。
「ではここで、機霊を展開してみよ」
「は、はいっ!
赤毛の少女は立ち上がるやコマンドを唱えて、おのが背に宿る機霊を召喚した。
(うわ……でかい)
ただでさえ大きかったのに、金属の翼がさらに左右に広がる。
「なんと、アホウドリサイズか?」
「ひい?!」「これはでかすぎますな」
脇に居並ぶ廷臣たちの感想は僕と同じ。軒並み額に手を当て、途方にくれている。
この不恰好な大きさにさらにどん引きしたのだが。展開と同時に守護精霊が眼を覚まし、女の子の頭上に顕現するのを見た刹那。
「要らぬ」
ダメ押しノックアウトされたので、僕はまぶたを半分下ろした三白眼でぺっぺっと手を振り、女の子を追い払うしぐさをしてやった。
「ちょ?! ままま待って神帝陛下っ! うちの子の威力を見てちょうだいなのっ!」
「要らぬ」
「こ、今度の戦で活躍しないと! まじでうちは、潰されるの! ですからどーか、私めを陛下の代理騎士に!」
「要らぬ。少女よ、まずは言葉遣いをまともな帝国共通語に直してこい。話はそれからだ」
「えええっ?! この口調、だめなの? 却下なのぉ?」
だめに決まっているであろうが。
代理騎士は僕の、すなわち「エルドラシア帝国今上帝」の名代として戦場に赴く役目を負う。
報道機関がこぞって天界・地上界双方、すなわちこの星全域にその映像を流すのだぞ。
ピンクリボンふりふりミニスカ巨乳娘が僕の分身です、などと言えるか?
巨乳皇帝とあだ名されるにきまっているではないか。勘弁してくれ。
そしてどん引きの最大の原因は――。
『ロッテ。敵か?』
「ちがうのミッくん! 陛下にご挨拶してぇ!」
ミッくんて……おい……
少女の背後に出てきた精霊は、ぎらりとこちらをにらむイケメン。
おまえはどこの芸能事務所からきたのだと、突っ込みたいぐらいイケメン。
つまり僕よりはるかにイケメン。
しかも顕現するなり、飼い主を背後から抱きしめるとか。
うむ。超ドン引きだ。
『へいか? 目の前にいるのはオスのようだが』
「だだだだめミッくん! 攻撃しちゃらめえっ」
土台、知能はまったくお話にならないようだ。
イケメン機霊が、飼い主に指一本ふれようものなら殺す、と無言の圧力をかましてくる。
一瞬、我が背に宿る機霊で砕刃してやろうと思ったが。たかが
「
「ひ……?!」
僕の声紋に反応した機霊が、背中でほのかに熱を放って目覚める。それはたちまち顕現の波動を周囲に放った。暖かく、うっとりするような光を。
玉座から漏れだす
「えっ? ミッくん? ちょっとミッくん!?」
「ふん。やっぱりな。我が機霊の神気を見ただけで怯えたか」
にやりと、口角を引き上げてみせれば、赤毛の少女はうっと怯む。
アホウドリサイズなんて骨董品もよいところ。それだけで物笑いの的だ。
そもそも皇帝軍の師団になど、入れられる代物ではない。
「リアルロッテ・フォン・シュテレーヘン、そなたの生家は我が帝国の属領、島都市シルヴァニアの、由緒ある伯爵家であったな? 取り潰し回避のためにと、朕の代理騎士への立候補。果敢なるその心意気は、認めよう」
「へ、陛下っ。すみませんなのです! ちゃんと挨拶させますからぁっ。ミッくんはほんとすごいんですよっ。我が家に先祖代々伝わる名機で……」
「大儀であった。下がれ」
「えっ。ちょっ。陛下! 陛下ぁー!」
衛兵たちが女の子の両脇をがっしり抱え、ずるずるひきずって広間から出て行くのを、僕はむっすり顔で見送った。
今日は三名の機貴人と引き合わされたが、みな
廷臣たちの狙いはあからさまだ。毎日、僕につりあう年齢――十代半ばから後半の機貴人たちを引き合わせる。今までに一体幾人、こうして無理やり会わされただろうか……
「やはり、代理騎士など要らぬ」
「それはなりません、陛下」
「朕自ら、戦場に降りる」
「ぜ、絶対になりません。高祖たるマレイスニール陛下より受け継がれし翼、国宝『日輪のアルゲントラウム』を衆目にさらせるような戦ではございません。何卒それはご容赦を。帝国の威信が墜ちまする」
もどかしい。
この場にいる廷臣たちも。議会をつかさどる元老院も。
みな一様に、皇帝の出陣などとんでもないとぬかす。
男たるもの、武を誇ることこそがもっとも名誉なことであるはずなのに。
「陛下の親衛隊や典礼騎士団から選べぬのが、難儀なところでございますが」
廷臣たちがガックリ肩を落とし、ため息をつく。
「陛下をお守りする騎士団員の勢力均衡は、薄氷のごときものにて」
「名家出身のだれかひとりにかの称号を与えるとなると、即、内乱が起きますからなぁ」
「血なまぐさい足の引っ張り合い。何年にもわたる内輪もめ。もうこりごりですぞ」
「それで島都市ひとつを焦土にしましたからな……」
「できるだけ血筋はよけれど、さして権力をもたぬ家の子女。選定基準は、これに尽きまする」
大陸への師団投入まであと一週間。
「陛下、それまでに何卒。今までご覧になりました中から、
「まったく……!」
僕は水晶の玉座からいらいらと立ち上がり、廷臣たちにどやしつけた。
「この世に、男の機貴人はおらぬのか!」
問題は。
その一事に尽きる。
「代理騎士が妃とみなされるなど、笑止千万! 代理は帝の伴侶ではない! 分身ぞ! 探せ! 男の機霊使いを!」
見合いは、もうたくさんだ――!
「朕は、男の機貴人を代理とする!」
「陛下お待ちを!」
「それは無理です陛下!」
廷臣達のうろたえ声を背に、広間をずかずか突っ切る。早くこのいらいらを晴らしたい。
「おそれながら機霊はっ」
この世に出でし時から何度も何度も聞いてきた言葉が、我が背に降りかかってきた。
「女性にしか、憑きませぬー!」
「は! 嘘をつけ。僕はちゃんと男だ!」
ふりむきざま怒鳴りつけてやり、続けてコマンドを唱える。
「
広間を出てすぐ。露天の中庭に入るなり、僕は光り輝く翼を広げて飛び立った。
『おはようございます、
蒼天高く舞い上がる中。高祖帝の時代から、その姿を少しも変えぬ女神が現れて、微笑みかけてくる。
ふわりとなびく、豊かな金髪の
透けた布をいく枚も重ねたような、清楚で真っ白な衣。
優しいすみれ色の瞳が、柔らかなまなざしで僕を見つめてくる――
『本日は、いずこへ参りましょう?』
「高みへ」
女神が、僕の手を取る。
あっという間に眼下となる、白い宮殿。島都市の空調圏を突き抜け、僕らは飛ぶ。
高みへ。
もっともっと、高いところへ――。
そうして僕らは。
昼天に輝く星となった。
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