魔王補佐官が紡ぐ、愛しくも悲しい物語
夕闇 夜桜
前編
「新しい、魔王……?」
周囲をぼんやり見つめていた少女に、思わずそう呟いてしまった。
もし、彼女が新たなる魔王であるのなら、それは新たなる勇者が現れたという事だ。
――また、人間たちは過ちを繰り返すのか。
せっかく、命を賭けて伝えた人も居るというのに、
そんなことを考えていたものだから、呼び掛けられて、すぐには反応できなかった。
「……あの、貴方はこの城の人でしょうか?」
「っ、はい。そうですが……」
「勝手に入り込んでしまって、すみません。どういうわけか、気付いたらこの場所に居たものですから」
今の所、責めるつもりは無いのだが、「すぐに出て行きますから」という言葉に、「それは駄目だ!」と咄嗟に返してしまい、きょとんとする彼女と目が合う。
「申し訳ありませんが、それは出来ません」
「あ、やっぱり不法侵入で訴えられるんですか。参ったなぁ……」
「訴えませんよ」
話を逸らそうとしていることは分かっているが、いつまでもそうして貰っているわけにも行かない。
少女の前で片膝を着いて、告げる。
「お待ちしておりました。魔王様」
それを聞いたであろう彼女の返答は、といえば――
「うわー。来ちゃったよ、異世界転移。しかも、魔王サイドとか。え、私勇者に殺されて死ぬの? うーん……」
と、何とも言えない返事であり、ついにはそのまま考え込む。
「あ、あの……?」
「『魔王』って言うからには、やっぱり王様なんですよね?」
「ええ、一国の王です。魔族の、ですが」
そこからまた返事はなく、何かを考え込む。
「貴方は、どんな立ち位置の人?」
「一応、魔王様の補佐をやらせてもらっています」
「補佐、ね。それじゃ……っと、名前は?」
漆黒の瞳がこちらに向けられる。
「私、ですか?」
「貴方以外に誰が居るんですか?」
そりゃそうだ。自分の名前以外で聞くとすれば、目の前にいる相手以外に居るはずもない。
「私は、リーンハルトと申します」
「リーンハルト、ね。ハルトさんで良いですか?」
「呼び捨てで構いませんよ。貴女は王なのですから」
「でも、私よりは年上ですよね。
あ、問答無用で呼び方は決定なんですね。
「私は、
にっこりと、彼女は笑みを浮かべた。
☆★☆
とりあえず、あの場に居るわけにもいかないので、場所を執務室へと移す。
「おぉ、見事なまでに書類の山だね。リーンハルトさん」
略さずに呼ばれた。
「まお……マナ様の前任者が、書類仕事をほとんどやらなかった方だったので……」
「ふーん。とりあえず、散らばってるやつを拾って、優先順位が高い方からやっていこうか」
「来て早々、申し訳ありません……」
気にしないで、と返しながら、拾い始めるマナ様。
これは、執務室までの移動中に役職名じゃなく、名前で呼べと何度も言われたからだ。
公的ならともかく、二人っきりの時に『魔王様』なんて呼ぼうものなら、睨まれかねない。
「ハルトさん、ハルトさん」
「何でしょうか?」
「他の人たちも、書類仕事はしているの?」
「ええ。貴女だけではなく、歴代の魔王様お一人に任せていては、居なくなったときに混乱しかねませんからね」
なるほどね、とマナ様が頷かれる。
「この水晶は?」
「ああ、それですか? 勇者の行動を見ることが出来る水晶ですね。この世界では、勇者が召喚されれば、魔王が召喚されますから」
マナ様の手が止まり、こちらに振り返る。
「リーンハルトさん」
「はい」
「この国の成り立ちから今までを知ることの出来る本って、ありますか?」
「図書室にあると思いますよ。後で案内します」
「すみません」
そう言った後、ある程度の書類を纏め、マナ様を図書室へと案内する。
「さすがお城。本がたくさんあるね」
「そうですね。マナ様が見たい本ならこちらです」
そのまま彼女が、鳥の雛のように付いてくる。
「意外とあるなぁ……徹夜すれば、短期間で読み終えるかな」
「徹夜すればって、せめて睡眠ぐらいは取るべきです」
「いや、けど、書類の量や内容から察するに、ここの本は読んでおいた方が良い気がするんだ」
気が付けば、彼女の話し方が丁寧口調では無くなっていたのだが、マナ様本人がその事に気付いた様子はない。
「というわけで、今からこの部屋に引きこもって読んでいくので、申し訳ないんですが、ハルトさんは書類の方をよろしくお願いしますね」
どうやら、決定事項らしい。
「それでは、後程お食事をお持ちしますので」
「ありがとうございます」
それが、彼女がこの城に来た日であり、図書室に閉じこもった初日。
「おい、リーンハルト!」
「……何ですか?」
執務室で書類を仕分けていれば、何やら騒がしい人がやってきた。
「何故、この城に人間が居るんだ!」
もしかしたら、図書室に居るマナ様と会ったのかもしれない。
「ご自身で言っていて分からないのですか? 勇者が召喚され、彼女が魔王として喚ばれたんですよ」
それを聞いて、彼が顔を歪める。
「性懲りもなく、か?」
「ええ」
「あの時の奴らに教えたのに、か?」
「消されたんでしょうね。都合の悪いことは、どこも隠そうとしますから」
ああ、本当に可哀想だ。
今までの魔王様たちも、そして、マナ様も。
真実を知ったら、彼女はどうするんだろうか?
☆★☆
マナ様が図書室に
「マナ様、お食事を……」
食事を持ってきてみれば、倒れていた。
「マナ様ぁぁぁぁ!?」
「あ、ああ、ハルトさん……」
騒ぐ私に、マナ様が青白くも見えない顔を向けてくる。
「何日目に、なりましたか?」
「四日目です」
「四日。そう、四日ね……」
そんな彼女の側には、見終わったのだろう本が積み上げてあった。
「……明日で、多分、終わると思うんで」
「明日、ですか?」
あれだけ関連書籍があったのに、その大半を四日で読み終えるとは――
「マナ様」
「何ですか?」
「まずは、お食事をしてください」
ちゃんと食べているはずなのに、痩せ細って見えるのは気のせいか。
「……食べれますか?」
「大丈夫です。……多分」
不安だ。
「食べさせましょうか」
「却下。拒否します」
そのまま一人で食べ始めるマナ様に、自分も食事を済ませに行く。
「それで、どうだったわけよ?」
「どうって、何がですか?」
先日、騒がしくしながら執務室にやってきた人――クロードさんに目を向ける。
「魔王陛下だよ。他の幹部連中が、図書室に行こうかどうか話してるぞ」
「そうですか。見たかった本は、明日には全て読み終わるそうです。挨拶もその後になるでしょうね」
クロードさんが顔を顰める。
「食事もきちんとなさっているので、彼女については大丈夫だと思いますよ」
「いや、そうじゃなくて」
彼が「あー」とか「うー」とか唸りながら、頭をがしがしと掻く。
「貴方が何を言いたいのか、何となく分かりますが、大丈夫だと思いますよ」
そして、マナ様は仰った通り、図書室に
「この世界は残酷だね」
「どうしました?」
欠伸混じりに言われた言葉に、首を傾げる。
「ハルトさん。この水晶、どう使うのかを教えてもらえますか」
「構いませんよ」
水晶の仕組みは簡単で、見たいものをイメージすれば映し出される。
「『今代の勇者の様子』を」
そして、映し出された人物に、マナ様の表情が変わる。
悲しそうな、残念そうな、そんな感じの表情だった。
「ハルトさんは、歴代の魔王の補佐官をしていたんですよね?」
「はい」
「……私に、言ってないことがありますよね?」
「……はい」
嘘は許さないと言いたげな目と、話すなら早いうちの方が良いと思っていたことから、素直に頷く。
マナ様が
「マナ様の言う通り、話していないことはあります」
「……まあ、普通は知り合って五日で、何でもかんでも話そうなんて思わないもんね」
「マナ様は、知っておくべきです。貴女のような異世界から来た人は特に」
聞いておきながら、何を思って話を逸らそうとしたのかは分からないけど、マナ様は聞かなければならない。
「この世界は残酷です。勇者が召喚されれば、魔王も引かれるようにして召喚される。そして、召喚された勇者と魔王は、異世界では恋人や夫婦、
「……」
「数代前、この城に当時の魔王様を倒しに来た者たちに、その事を話しました。最初は信じてもらえませんでしたが、当時の勇者と魔王が恋人同士だったことにより、信憑性は増したのです」
それが、人間側にどう伝わったのかは分かりませんが、今の状態から、いくらでも察せられる。
「異世界とはいえ、正当な理由も無く、愛し合っていた者同士を引き裂いて良いはずが無いんです……っ」
「……そんなこと言われたら、まるでリーンハルトさんの方が人間みたいじゃないですか。けど、これじゃ、どっちが人間なのか分かりませんね」
話してくれてありがとうございます――……マナ様はそう言われた。
その後、マナ様は幹部の人たちに挨拶に行きました。
「また代替わりすることになるかもしれませんが、次までにはちゃんと仕事をさせてもらいますので、よろしくお願いします」
「これはこれは。随分と丁寧な魔王様が来たものだな。リーンハルト」
「はは……」
苦笑いしか出ない。
「けど、陛下。下手に頭を下げてはなりませんよ? 相手に
「そうですね。忠告、ありがとうございます」
「何かあったら仰ってくださいね? 私たちが相談に乗りますから」
女性幹部からは評判がよろしいらしい。
同性から嫌われれば、やりづらいだろうから、表面上だけだとしても嬉しいのか、マナ様も頷いている。
「ねぇ、陛下。もし、勇者が恋人で無いのなら、俺と付き合いません?」
「ありがとうございます。でも今は、社交辞令として、受け取っておきますね」
女好きからは華麗に避けていった。
幹部たちの所を後にすれば、次は騎士団や文官たちの元を訪れては、幹部たちと同じように挨拶していった。
「みんな優しそうで良かったです」
「ですが、これからですよ。我々はマナ様の器量をよく分かっていませんから、魔王として示されなければ」
「そうだね。じゃ、まずは書類仕事からだね」
執務室に戻ってきて、笑顔でそう仰られました。
☆★☆
マナ様は聡明だ。
書類仕事にも手慣れているように見えたから聞いてみれば、『生徒会』なるもので慣れているかららしい。
「学校の、生徒側代表みたいなものだね」
と説明された。
あと、マナ様が居るからか、怖いぐらいに作業効率が良い。やっぱり、一人で捌くよりは誰かと一緒の方が処理スピードが早いのだ。
マナ様と勇者の関係については聞いていない。
時折、水晶で様子を見ているようだが、「うわぁ、さすが」と洩らしていた辺り、やはり知り合いなのだろう。
「あの、マナ様」
「何?」
「勇者が来たらどうしますか?」
「話がしたいかなぁ」
話? と首を傾げれば、マナ様が教えてくれた。
「実はね。こっちに来る前に話したいことがあって、話そうと思って待ち合わせしてたんだけど」
話す前に喚ばれちゃったんだよね、とマナ様が話す。
「本当……本っ当に、この世界の者として、申し訳ありません……」
本当、人間たちが勝手すぎて頭に来る。
「ハルトさんのせいじゃないよ。それに、先制攻撃とばかりに攻撃されたくもないから、どうにか対策もしないとなぁ」
そういえば、マナ様は魔法を使ったことが無かったはずだ。
「魔法、習得してみます?」
事情を話せば、幹部たちも協力してくれることだろう。
「もちろん。そして、魔王であるからには、目指せ『闇属性魔法の取得』!」
突っ込むのを放棄しました。
そして――
「リーンハルトさぁ」
「何ですか?」
マナ様の魔法習得訓練を見ていれば、最近襲撃の減ったクロードさんがやってきた。
「陛下、好きなの?」
!!!?
「いきなり、何を言い出すんですか!?」
「いや、ふと思ったからであって、そんなマジな顔して返してくるなよ。そうだと言ってるようなものだぞ?」
この人、脳筋なように見えて頭は回るし、鈍感じゃないから自他関係なく恋愛的好意にも気付くんだよなぁ。
「信頼はしていますが、恋愛的好意はありませんよ」
「もしかしたら、今回の陛下なら生き残るかもよ?」
「だとしても、彼女は上司ですから」
ただ、クロードさんの言った様に、マナ様なら――もしかしたら、生き残ってもらえるかもしれない。
そして、この数ヶ月後。
ついに、勇者一行がやってきた。
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