第99話「小さな呟き」

その夜は深く、空を見れば満天の星が広がっている。

やや冷たい風が、布で包んだ身体を冷やしていく。

「眠れないの?」

私は岩を椅子にして、その星を眺める少女に声を掛ける。

少女はゆっくりと振り向き、眠そうな表情をこちらに向けた。

「空を見てたの」

「怖い夢でも見た?」

私はそう言いながら、少女の隣へと座る。

冷たい風を遮るように、お互いの肩がくっつく程の距離。

ほんのりと温かい熱が伝わってくる。

「ううん。眠いんだけど、ちょっと寝るのが嫌だなって――お姉ちゃんは?」

自分の膝を抱く少女は、その膝を枕にしてこちらを向く。

若干眠そうな雰囲気が伝わってきて、その様子が可愛らしく見える。

「うーん……シロは、ハクと違ってたくさん寝てるからね。眠くないかな」

「そっか。今は魔法使いのお姉ちゃんなんだね?」

魔法使いのお姉ちゃん、か。

確かにハクという彼女は、魔法の知識はあっても専門ではない。

ただ護身術で魔法に対して、何らかの対策を考えているだけだ。

「魔法使いかぁ……フィリスちゃんは、魔法使いになりたい?」

「うーん……」

私の質問を聞き、少女は考えるように首を傾げる。

だが答えはすぐあったらしく、少し微笑みながら星空を見て言った。

「――フィリスは、お姉ちゃんとお兄ちゃんの役に立ちたい。皆の為に、魔法を自分の為じゃなくて、皆の為に使いたいの。これってダメかな?」

「ううん、良いと思うよ」

「ほんと?」

「うん。すごく!」

私たちは一緒になって笑い、寄り添って真上にある宝石箱を眺める。

やがて私の膝に体重が伝わり、少女の頭がストンと落ちてくる。

小さい寝息が聞こえ、私はその頭を撫でる。

ふわふわしてて、毛並みも綺麗な獣人の女の子だ。

魔法使い同様、彼女たちは忌み嫌われる存在でもあるのだ。

私も、そして彼も……。

「ねぇ、ハク。――シロは、間違ってる事をしてるのかな?」

私は小さい声で、彼女に問いかけるように呟く。

だけど返事は来なくて、私は一人で目を瞑るのだった――。


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「なっ……」

いま……僕は何をされた?

近かった熱が離れ、小さい彼女は後ろに手を回しながら一歩下がる。

その表情には、照れのような恥じらいのような表情を浮かべていた。

「き、君は何をしたのか、分かってるの?」

「……わたしのじゃ、イヤだった?」

小首を傾げ悪戯な笑みを浮かべて、赤く染まりながらそんな事を言ってくる。

「そうじゃなくて。僕の事を怖がってたから、お母さんの後ろに隠れてたんじゃなかったのか?って聞いてるの」

「そうなの?」

少女はまた小首を傾げ、そのままオルフィアの元へと小走りで戻る。

「お母様?エルフィは、彼を怖がってるんですか?」

「そんな事は無いと思いますよ。エルフィはとても幸せそうにを交わしていましたよ」

「……??(ん?今、彼女は何と言った?)」

契約という言葉に対し、身体が反応してしまった。

自分でも詳しくは知らないが、『契約』という言葉には思う所がある。

そう感じざるを得ない時が、僕にはあるんだと感じている。

気のせいかもしれないが……。

「はい。あの人は、大丈夫だと思ったから、その……怒ってますか?お母様」

「いいえ。エルフィの好きにしているのは、私にとっても嬉しい事ですよ」

オルフィアは少女の頭を優しく撫でてそう言った。

その瞬間、僕の脳内に映像が横切る。

それが咄嗟の事で、ノイズ混じりな映像だったけれど。

「エルフィア・オル・バーデリア……?」

僕はその少女の名を、気づいた時には呟いていたのだった――。


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