第94話「眠る前の願い」

「ふむ……今回はどうするか……」

山積みにした本の上で、頬杖をしながら考え込む。

ここ数日で調べてはいるのだが、どれもこれもこの国の事しか記述されていない。

この国の事はどうでもよく、消えてしまったニブルヘイムの事が知りたいのだ。

調べたい事柄が出てこなければ、ここで滞在し続ける意味が正直皆無なのである。

移動を開始するにしても、ニブルヘイムまでは地図上では約三日掛かる。

道中には山も挟んでいるから、馬車がなければ約五日は掛かるだろう。

龍を使って飛ぶのは構わないが、黒龍は大きすぎて目立ち過ぎてしまう。

全く困った話だ……。

考えながら紙を捲り続けた時、目に留まった言葉を見つけた。

ん――?

「『魔眼保持者、過去の暴走の記録。――記録者、ライトフォード』何じゃ?これ」

気になった記述を呟いて、その内容を眺める。

ライトフォードという人物には心当たりが全くなく、その記述は興味深いものだった。

魔眼保持者というのは、その保持する理由などはないらしい。

特定の条件でもなければ、その前兆もない。

ただその保持した子供は、親のお腹の中での成長中に発症する例があった。

保持するタイミングはそれだと思うが、保持していると発覚するのには時間を必要としているようだ。

記述されている物を全て暗記するのは、妾でも苦労する事だ。

「……あ、そうじゃ。あれがおったのう」

本を閉じて、手の平ぐらいの魔法陣を空中に作成する。

「お呼びでしょうか、我が君」

「いきなり呼び付けてすまんのう。お主に調べて欲しい事があってのう、これなんじゃが……」

持っていた本を差し出し、その部分を提示する。

それを見たそれは、数回頷きながら口を開いた。

「私に出来る事である以上、断る事はありません。何しろ貴女のご要望なのです。このジュピターにお任せを」

「うむ。頼むぞ」

そう言うと、魔法陣は消滅する。

情報収集とまではいかなくとも、彼ならば頼んだモノを調べる事を止める事はない。

歴史を辿ったり、物に触れればその過去を知る事の出来る者だ。

「――さて、妾は何をするべきかのう。まぁ……自業自得かのう」

山積みになった本を眺めて、溜息混じりに片付けを始めるのだった――。


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「……っ……ぐすっ……」

両手を見ていれば、その両手は赤く濡れている事が分かる。

霞んだ瞳の奥には、誰かが目の前で倒れている。

自分の手であるそれは、倒れているそれに手を伸ばそうとするが躊躇している。

何を躊躇する事がある。早く助けてあげるべきだ。

そんな感情が出てきた瞬間、自分が何か視ている事を理解出来た。

きっとこれは何かの夢なのだ、と。

恐らくは赤く濡れた両手の者が、この夢の中での主人公なのだろう。

起きる事も出来るのだろうが、この夢を視なくてはならない。

不思議と、そんな義務感のようなものに駆り立てられていた。

何か意味する訳ではない。そうは思っているのだが……。

それでも僕は、目を覚ます事が出来なかったのだった――。


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「ずいぶん寝てるね、お兄ちゃん」

「寝かせておいてあげて?フレアは疲れてるのを隠そうとしたりするから」

「そうなのですか?」

「そうだよ。その人は、正直だけども頑固なの。どこかの誰かさんみたいに、あは」

そう言いながら、彼女は緩やかな風に当たる。

少女は首を傾げて、「うーん」と考えているようだ。

「そういえばフィリスちゃん、今のうちに練習しておこうか」

「え、なにを?」

「魔法っ。ずっと気にしてるみたいだし、そんな事ならいっそ覚えちゃおう!って思ったんだけど――フィリスちゃんは、どうかな?覚えたい?」

両手を広げたり、身を乗り出してそんな事を言った。

彼女の問いを聞き、少女は寝ている彼と彼女を交互に見る。

「私に出来る、かな?」

「うーん、出来るかどうかは分からないなぁ。あ、でも、勘違いしないで欲しい事が一つあるんだけど」

そう言って、彼女は身を乗り出すのをやめて目を細めた。

「――誰かを助ける為の魔法であって、誰かを消し去る魔法じゃないからね。時と場合によるけれど、今の貴女が出来るのは悔やむ事ではないよ。ね、フィリスちゃん」

少女はそんな彼女の表情を見て、言葉を失うほど唖然としてしまった。

今まで陽気に話していた彼女の中に、その笑顔だけは寂しい笑顔をしていた。

「フィ、フィリスは……」

「……明日また聞きに来るから、その時に答えを頂戴?貴女には悔やむ事より、彼に恩返しをしたい気持ちの方が上だと思いたいな」

そう言いながら、彼女は少女の頭を撫でる。

撫でていると少女は眠りの中へ落ち、彼女は眠る少女を見て微笑む。

「ここに居るみんな、本当に頑固者しかいないね」

そう小さく呟いて、彼女は少女の隣で眠りに入るのだった――。

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