第90話「緑の少女」

腐敗した戦場で、何を見ていたのだろう。

絶望は人々を襲い、希望という光は顔を隠し続ける。

真っ黒な影は空を覆い尽くして、目の前には赤き血潮が溢れてくる。

右も左も同じ景色で、ただ立ち尽くす事しか出来ない。

「――ここは、いったい?」

ここが一体何処かと思った途端、真横を通る誰かの人影。

その人物は黒く塗り潰されていて、誰かという認識は不可能だった。

ただ覚えているのは……。

その人物はまるで、風に包まれたようにその場所を駆けて居た。

「……まっ……て?」

呼び止めようとしたその瞬間、背後から誰かに貫かれて闇へと促された――。


「――はっ?!……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……生きて、る」

夢の中で刺された瞬間、飛び起きるように目が醒める。

身体全体をペタペタと触わり、何もない事を確かめる。

「お兄ちゃん、起きたんだね。大丈夫?」

「フィリス?――あぁ、そうか」

……周囲を確認すると、馬車の中だったけど覚えている。

僕はフリードさんから頼まれ、今この馬車で移動しているのだ。

幸いにも、彼女が馬の扱い方を知っていて助かったのだ。

「あ、起きましたか。大丈夫でしたか?随分とうなされていたようですが?」

柔らかい空気の中に、微かに冷えた雰囲気に包まれている。

それだけで、今の彼女がどっちなのかがすぐに分かった。

なるほど……馬を扱えるのはハクの方なのか。

「何でしょうか?その視線は、馬鹿にしてますか?」

ジト目でこちらを見てくる彼女。

別に馬鹿にしている訳じゃないのだが、彼女が扱えないのは何故か納得がいった。

この場合の彼女とは、もう一人の彼女である。

「馬鹿にしてないよ。何で喧嘩腰なのさ、ハク」

「喧嘩腰ではありません。ただ舐められないようにしてるだけです」

「いや、それを喧嘩腰とも言うんだけど……」

「なにか?」

「いえ、なにも」

起きて早々、なんだこの仕打ちは。

……とは言っても、彼女しか馬車を扱える人はいない。

ここは彼女を中心にして考えないといけないな。機嫌を損ねないようにしないと。

「さて馬、私の為に働きなさい?」

既に手遅れな気もするけれど……。

「フリードさんが言ってた街って、どんな所なの?」

「どんな所と言われましても。あそこは胡散うさん臭い場所ですよ」

「胡散臭いって……まだ着いてすらいないし、伝わらないよ」

「まぁご自分の目で確かめる事をおすすめします。あの場所は、人によっては住みやすい街だそうですから」

彼女の説明は曖昧で、少し分かりにくかった。

ただ少し気になったのは、彼女は何故か話したくないような表情だった。

『ねぇ、君らに聞きたいのだけど』

「「「――っ?!」」」

僕らは言葉を失った。

姿は見えずに言葉が聞こえ、あまつさえ背後から人の気配だけを感知出来た。

感知出来た、というのは語弊があるかもしれない。

一つ言える事は……その気配には殺気しかない事だけだった――。


======================================


陽の光が差し込み、私の元へとその手を伸ばす。

樹木同士が擦り合い、程よく心地よい風が頬を掠める。

寝転がりながら空を見上げるのは、いつ以来だろうか……。

「あら、ここに居たのですか?」

「はい。ちょうど良い場所を見つけたもので――ところでお母様は、どうしてこちらに?」

木と木の間から母に反応し、私はすぐに起き上がる。

そのままでは良いと合図していたけれど、私はそれとなく母の元へと駆け寄る。

母はこの場所では、女王と呼ばれている。

誇り高い存在だという事を忘れさせないように。

私たちの一族が、胸を張れるようにする為に。

母は立ち上がっている。前へ、前へと。

でもそのおかげで、私も自分の存在に誇りというものを持っている。

この場所のみんなも、それを持っている事だと思う。

それを曲げる事は、自分自身を否定する事になる事を知っているから。

私たちはに住んでいる種族なのだから。


もし人間が私たちに名を付けるとしたら――

それは「妖精」という言葉が相応しいと、私は思うのだった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る