第88話「食べ物の恨み」

何かを果たす為には、何かを捨てなければならない。

それはこの世の理でもあり、誰もが通る道でもある調べ。

だが稀に、それを両方も通らない道を取る者も存在する。

何かを果たす為に、何か捨てずに道を進む者。

それは全てを拾い続けてきた者。

だがこれは、一つの可能性に過ぎない話でもある。

拾い続けたからといって、全てを本当に拾えたというのは皆無だろう。

屁理屈になるかもしれないが、これは僕が考える主観的考えだ。

例えば僕が、宝くじを当てようと思ってチケットを購入する。

ここで得る物はチケットと可能性という物。

当たるかもしれないという可能性を買い、それを楽しみにして結果を待つ。

だがここで、僕が思うのは得る物はあっても対価として二つ生じている。

簡単な話で、チケットを購入する為には購入する為の資金が必要だ。

そしてもう一つは、待つという事に対しての『時間』がこの場合の対価。

何かを得る為には、必ずしもそれを得るという事は無い。

結果が良ければ全て良しという言葉もあるが、正直な所僕はあまり好きではない。

だってそれは、後悔しなかった場合のみでしか発動出来ない事だ。

これで誰もが後悔せずには生きていないのだと、僕が思う主観であり答えでもある。

「……フレア、まだ寝ていなくて平気なの?」

考え事をしていると、外から心配するような声が聞こえて来る。

本を読んでいる顔を上げると、小さな少女がこちらに駆け寄ってくる。

「大丈夫だよ。ただ寝てるだけじゃ退屈だったから、ちょっと読書をしていただけ」

「本当に大丈夫?嘘吐いてない?」

何で僕が嘘を吐く前提で言うのだろう。

それではまるで、僕が事ある毎に嘘を吐くようではないか。

そんなに信用無いのだろうか?

「身体もなんともないし、頭の回転も普通だよ。僕は丈夫さだけが取り柄だから、そんなに心配しなくても平気だよ。ありがとうね」

僕は自然に妹をなだめるように頭を撫でる。

兄妹などは居た事はないが、彼女は心配性の妹にしか見えないのでまぁ良いだろう。

「むぅ……フレア、頭撫で過ぎ……」

「あ、ごめん。女の子の髪に気安く触れちゃ迷惑だったかな?嫌われる前に止めて置くとしようかな。ごめんね?」

「あ……」

僕が頭から手を離すと、何やら寂しげな表情をしていたが気のせいだろう。

「僕はともかく、フィリスの様子はどう?」

あんな事が遭ったばかりだ。

僕はもう一つの心配を聞いてみた。

ちょうど本を読み飽きた所だし、そろそろ移動も考えないといけない時だ。

「そうですね。表面上はすごく元気で、安心している所です。けど、内面的にはちょっとシロには分からないです……」

「そっか。まぁ自分の所為だと思い詰めないようにして欲しいかな。僕が思うに、彼女に罪は無いと思う。もし彼女が罪の意識を感じているのなら、僕からしっかり言うよ。だからそれまで、彼女の事は頼んでも良いかな?」

他人ひと任せになってしまうが、これは女の子同士の方が解決しやすいだろう。

彼女が何に悩み、何を恐れているのかなんて男の僕に話すのは気恥ずかしいだろう。

まぁ、単に信頼されていないのかもしれないけれど……。

「分かりました。シロ、頑張ります!ふんす!」

「あ、あぁ、宜しく」

空回りしない事を祈ろうかな。あはは……。


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「ふ~む、どちらにするべきか――迷うのう」

その頃一方、ハーベストは何やら苦悩の選択をしている。

目の前にあるのは、魔物の肉を焼いた串焼きのようなものがある。

メニューにあるのは、簡単に言えば豚肉と鶏肉の二種類。

その両方を彼女は、眉間にしわを寄せて交互に睨んでいる。

「こっちの豚は引き締まっているが、脂の乗りも薄く食べやすいというのが売りで――鶏の肉は、脂は無いがこってりとした食べ心地と歯応えという事じゃが……むむぅ」

『どうした嬢ちゃん、まだ決まらないのかい?』

「まぁ待て店主よ、もう少しで決まりそうなのじゃ」

そうは言っていても、店主からしてみれば一人の客に付きっ切りとはいかないだろう。

その証拠に、数人が彼女の後ろに並んでいるのだ。

「よし、決まったのじゃ!」

そう言って、店主に彼女は頼む本数を告げた。

本数は六本で、両手の指の間にそれを持っている状態で歩く。

何やら独眼の戦士で、そのまま無双も出来る持ち方だ。

だが彼女は食べながら、周囲の様子をじっくりと観察しているのだった。

「……むぐむぐ……ふむ、なかなか……はむっ……」

口の中に無くなっては、また片方の串にかぶりつく。

両手に持っている所為か、交互に食べている状態には華が無い。

だが本人は気にもせず、満面の笑みな表情を浮かべている。

「(しかし何じゃ、市場から離れると何処も彼処も囲まれておるのじゃな。まるでここは……)」

ハーベストの見解は、まるでここは鉄で出来た箱庭に見えた。

それがどういう事かは本人にも不明だが、少なくとも彼女はそう思ったのである。

直感的に、あるいは本能的に。

『……おらおらぁ!退け退けぇ!』

「ん?……!?」

そんな事を考えていると、背後から馬に乗った者が街を闊歩してきたのだ。

彼女はそれを避ける為、宙返りしたのだが……。

「はうあっ!?……妾の、妾の肉がっ……踏まれて潰れた生き物のように……」

地面に付き、馬の足跡の形に潰れた串焼き。

それをうるうると眺める彼女は、徐々に走って離れて行く馬を眺める。

その目には、熱く燃えるような何かを決心したような物が見える。

「……人間も、魔族も……誰もが思う事じゃな、これは……!」

彼女は建物を三角飛びで屋根へと登り、走っていく馬車を見据える。

「食べ物の恨みぃ~、晴らしてくれようぞぉ!!うりゃりゃりゃりゃりゃ!」

四つん這いになって、屋根を伝っていく獣のように駆けて行く。

やがて馬の前に降り立ち、仁王立ちのまま馬に乗った者を蹴り飛ばしたのだった。

「馬に蹴られて地獄に落ちるのじゃな、小童がっ!」

手をパンパンと叩き、彼女はその場から離れる。

「――すまんのう。お主は自由にするといい」

馬の首を撫でて、彼女はそう呟いた。

了承の声のような返事をして、馬は何処かへ歩いて行く。

「妾もいつか、自由になれると良いな……」

そんな自由になった馬を見て、彼女は小さく呟くのだった。

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